09.カフェですか?
社交界デビュー後、私は裏庭でアリスちゃんとお昼を食べた。第1王子が控え目になってくれたから、カフェで目立つことはなくなった、と報告してくれる。
「そういえば、アリス様はオルグレン様にエスコートを受けたのですか?」
「はい。夜会ではずっとクライヴ様とご一緒させていただきました…」
ポッと顔を赤らめる姿は、危険なくらい可憐である。トンチキがハートを射貫かれたのも、ストーカーになるのも、無理からぬことだ。うんうん。
ああ!でもクライヴですか!あー、夜会のスチル見たかったー!スクショしたかったー!…スマホないけど。私、クライヴルート好きだったからなぁ。現実で見ることが出来たら、鼻血ものですよぅ!うう…。
「クリスティアナ様は?ザカライア様とダンスを始めたところまでは拝見したのですが…」
「わ、私ですか?!そ、その、目立つわけにはまいりませんので…すぐに帰宅しましたわ」
俯きかげんでゴニョゴニョ言う。──嘘はついていない、嘘は。ネイト君のことを隠しているだけで。
「…そうですか。ザカライア様はよほど…(ご執心なのね)」
「……?あの、兄が…どうかしまして?」
語尾を濁したアリスちゃんの言い方が気になって、つい追求してしまった。夜会のザカライアも少しヘンだった。アリスちゃんなら知っているのだろうか?
私の訝しむ視線に気付いて、アリスちゃんはニッコリ笑う。
「いえ、ずいぶん過保護だと思いまして」
「あっ、やはりそう思いますか?」
どういうわけかやたらと心配するザカライアは、まるで父親のようだ。記憶喪失の後遺症ってあるのかな?……あ、私、記憶喪失ってわけじゃなかったわ。誰にも言えないけど。
「ふふ。仲良しですね。グラスプール様がお近くにいることを、あまりよく思っていないのでは?」
「ネ、ネネネネネイト様は、お近くにはいませんわ!委員会が、一緒なだけで…」
「まあ…」
アリスちゃんの瞳が大きくなる。『そんなわけないでしょ?動揺激しいよ?』と目が言ってる。うう、好みな男性だからな。ついそばにいるとテンションがおかしくなるんだよぅ。
でもダメ。とにかく卒業までは、誰とも恋愛フラグは立たせない。NO!Love!
首を大きく横に振る私に、アリスちゃんは心配そうに問いかける。
「クリスティアナ様は…なぜそのように怖がっているのでしょう。私はクリスティアナ様に罰など与えませんよ?」
「あ、いえ、アリス様が怖いのではなくて…」
その周辺の攻略対象が怖いのだ。やたら身分も権力もコネもツテも持っていたりするからなぁ…。
なにしろ乙女ゲームには、断罪やらざまぁやらがあるんでしょう?……ん?それはラノベか?
ま、まあいずれにせよ、大人しくしているに越したことはないのだ。
「…その。記憶喪失になる前の自分にならないよう、抑えていると言いますか…」
「そうなのですね…。素敵です、クリスティアナ様…」
──え?どの辺が?
なんだかうっとりした瞳で見つめられる。一体どこに素敵を感じたのかサッパリわからん。
アリスちゃんは案外不思議ちゃんなのかも、と私は思い、むぐむぐと昼食を食べ急いだ。
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ホームルームの時間は、再来週の文化祭についての議論になった。文化祭。懐かしい響きだ。私は高校生の頃、お化け屋敷のお化け役をやったなぁ。驚いてもらえないと流れるあの気まずい空気。ああ、懐かしい…。
このクラスは何をやるんだろうな?と黙って聞いていると、どうやらカフェを催すみたい。おお、なんか青春っぽいな。私は装飾担当とか調理担当とか、裏方でお願いします。
メイドカフェにするか、執事カフェにするかで揉めている。……あのね、フツーのカフェでいいじゃん!なんで『メイド』とか『執事』とかにしたがるのさ!
──え?イベントスチル?
あっ……、そ、そうですか……。
でも結局まとまらなくて、フツーのカフェになった。今度は担当決めだ。給仕6:裏方4の配分である。まずは裏方から決めるとのことで、私は真っ先に挙手した。立候補は少なかったので、私は至極あっさり裏方になった。いえーい!
「クリスティアナ嬢、なんで裏方なの?」
「まあ!裏方だって大切なお役目ですわ!」
「目立たず騒がず控え目に、だっけ?」
「…そうです」
レイモンドは隣でニヤニヤしている。ヤツもちゃっかり裏方に挙手していたが、女生徒から総拒否されて給仕側に決まった。ざまぁ!
アリスちゃんは当然給仕だった。天使を出し惜しみするな、ってことね。分かります。
それから裏方組と給仕組に分かれて話し合いになる。裏方組には、なんとネイト君がいた!ラッキー!……い、いいえいいえ!自重よ、自重するのよ、クリスティアナ!
「裏方組20人は、看板担当と装飾担当に分けよう。文化祭当日は、全員が交替で調理だ」
ネイト君がキビキビ指示を出す。それが様になっていて、超格好いい!……ってだから、自重しようね。
私は装飾担当になった。一人50個造花を作るノルマ。どんだけー?これは週末実家に帰ってお義母様に教えてもらおう。
同じく装飾担当になったネイト君が、造花の材料の買い出しに行くという。「クリスティアナ嬢、一緒に来てくれ」と有無を言わさず連れて行かれた。はう…強引なネイト君もまた、いい…。
──まあ、どうせ購買部までの短い距離だけど。
購買部はかなり混んでいた。文化祭まで日がないから、皆戦々恐々としている。取りあえず私たちは布のコーナーで吟味し始めた。
「どれくらい必要かな?」
「一人50個、10人ですものね…」
「10種類の色があれば華やかだね」
「でしたら、華やかな色を選びましょう」
そう話し合って、10種類の生地を探す。すると、トントンと肩を優しく叩かれた。振り向くと、そこにはザカライアが。
「クリス、偶然だな。文化祭の準備か?」
「はい、造花用の布を。お兄様も?」
「いや、俺はただの買い物。それより、造花に布?」
不思議そうにザカライアは布を眺める。予算オーバーなら紙にする予定だけどね。布で丁寧に作ってみたい。
「ふふ。花びらの形に切って、それを重ねるのですよ」
「へぇ。凝ってるな。母上が好きそうだ」
「良かった!週末、お義母様に教えてもらおうと思ってますのよ」
私は手を打って喜んだ。わーい!さすがお義母様ー!淑女の嗜みはかーんぺきぃ!
「そうか。では俺も…」
「クリスティアナ嬢、ちょっとこっちの生地を見てくれないか?」
「はい。では、お兄様、また」
「……ああ」
ザカライアは一瞬渋い顔をしたが、黙ってドリンクコーナーに向かう。そして私はネイト君の近くに戻った。そうそう、生地を買いに来たんだもんね。この色とこの色と…と二人で指を差し合って生地を選んだ。
「クリスティアナ嬢は、何色が好きかな?」
「私?」
「うん。買い出しに付き合ってくれたから、好きな色を取っていいよ」
「まあ、ありがとうございます!」
私はパッと破顔して、好きな生地を取った。私が好きな色は、空色。プレイ中だった乙女ゲームの推しの瞳の色だ。私は生地を抱きしめてほくほくする。隣でネイト君がクスッと笑った。──うひょう!
こうして嬉し恥ずかし買い出しイベントは終了する。教室に戻った私たちは、購入した生地を担当者に配って作成をお願いした。
んー、なんか私、『クリスティアナ』生活を楽しんじゃってるな。他に謝るべき人とかいないかなぁ…?
なんとなく不安を感じながら、何事も無いように、と小さく私は祈った。
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さて、週末。何でも出来るスーパー淑女・お義母様に造花の作り方を教えてもらう。とは言え、緻密な作業は結構好きで、花びらを縫い合わせていく作業は楽しい。地味だけど。しかもお義母様の美味しい美味しい手作りケーキを食べながら、のんびりと作成する。
「んーいつもながら本当に美味しいケーキです!お義母様は何でも出来るのですね」
「ふふ、ありがとう、クリス。たくさん食べてちょうだいな」
「はいっ!」
花びらを縫う手を止めて、私はケーキをもぐもぐ食す。いやー、本当に美味しいケーキですよ。幸せだにゃー。
ご機嫌で食べていると、お義母様は家宰に呼ばれて離席した。入れ違いにザカライアが入ってくる。そして私の隣に腰掛けた。
「お、それが造花か?」
「はい。私の好きな空色です。中々綺麗だと思いませんか?」
「ああ、案外綺麗だな。クリスは器用だったか」
「あ、あはは…」
──いや、多分『クリスティアナ』は不器用だ。
なぜならこの指は思うとおりに動かない。以前の私なら、お義母様並にかんっぺきな造花を作れたのになぁ…。もう!色々サボるからっ!
ジィッと造花を見つめるザカライアに、私は話しかけた。
「お兄様は、文化祭で何をなさいますの?」
「俺か?俺のクラスはサーカスだ」
「サーカス?!」
えっ、なにそれ!楽しそう~!
「ジャグリングとか玉乗りとか。パフォーマンスショーだな。面倒くさいがな」
「ふふっ。お兄様は何をなさいますの?」
「道化師だ」
「まあっ!」
思わず高い声を上げてしまった。道化師!こんなに美青年のお兄様が、道化師!いやーん、ナイスセンスだよ!お兄様のクラスメイトっ!
「素敵ですわっ!」
「…素敵か?道化師が?お前のセンスは分からんな」
「お兄様ったら!サーカスの主役は道化師でしてよ!あーん、楽しみですわね」
「…そうか」
ザカライアはホッとして嬉しそうに返事をした。道化師なんて、嫌だったのかな?素敵なのにな。
道化師のザカライアを妄想してニヤついていると、ザカライアに手を握られる。
「クリス、文化祭を一緒に回ろう。記憶が無いなら、俺といた方が安全だ」
「え?でも、お兄様は人気がありますでしょう?妹と回るなんて、勿体ないですわ」
ていうか、アンタと回ったら絶対目立つから!
「そういうのはどうでもいいんだ。俺はお前と一緒に回りたいからな。…それとも…他に回る男がいるのか…?」
「ひぃぃっ!い、いません、いませんっ!」
手を握るザカライアの力が強まる。痛い痛い!それに悪寒が走るほどの冷気がっ!怖い怖い!やーめーてー!
おっかなびっくり返事をすると、フッとザカライアの力が弱まる。そして極上の笑みを浮かべて、私を熱く見つめた。
「そうか。それなら決まりだな。休憩を合わせよう」
「は、はい…」
ザカライアはご機嫌で私の腰を引く。くってり脱力した私は、少しだけザカライアに寄りかかった。
なにこの展開。どうせ目立つなら、ネイト君と一緒に回りたかったよー!
お読み頂きまして、誠にありがとうございました。