06.相談ですか?
ここ数日、私は大層悩んでいる。
ここは、乙女ゲーム『日はまた昇る、あなたの傍で』の世界。ということは、あちこちにヒロイン用の恋愛フラグが隠されているはず。
さて、ここで全乙女ゲームユーザーに問いたい。
設問:先日の「トンチキ事件(※命名・ネイト君)」は、一体何だったのでしょうか?
答え:ヴィンセントの恋愛フラグ
……だったのではなかろうか、という私の半端知識。やべぇ、やっちまった感がハンパねぇ。
第1王子への罪悪感は皆無だが、もしアリスちゃんの本命がトンチキ…もとい、ヴィンセントだったら…!
「はぅぅっ!」
「うわ、どうした?!」
実家のテラスでお茶を飲みながら苦悩していると、私の雄叫びに驚いたザカライアが向かいに座る。──ん?いつの間に入室したのだ…?気付かなかった。
「お、お、お兄様…私、大変なことをしてしまったかも…」
「あ?またか?!」
「うう、その返しが痛いです…」
そうね、『クリスティアナ』がしでかすなんて、いつものことよね!でも、私にとっては重大かつ危険なやらかしなんですよぅ…。
「ほら、話せ。一体どうしたんだ?クリス」
「お兄様…」
ザカライアの大きくて優しい手に頭を撫でられて、単純な私はペラッと自供する。──警察よ。もし女性を逮捕したなら、イケメンに応対させるがいいぞ。ペラッと自供するぞ!
「せ、先日の、その…裏庭の…」
「ああ、『トンチキ事件』か」
え?その名前、公式採用?!
「私、余計なことをしてしまった気がしますの」
「余計なこと?マクィーン嬢をかばったことが?」
「はい。私がかばわなければ、アリス様は殿下にかばわれたことでしょう。もしかして、私…お二人の邪魔をしたのでは…」
「あのトンチキの、邪魔?」
ブハッ!と声を出してザカライアは笑う。…ヴィンセントはすっかり『トンチキ』呼ばわりされてしまった。すまん、トンチキ。でも君の素行が悪いのだ。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて…と申しますでしょう?わ、私…腹を切ったほうが…」
「は?何でそうなるんだ?!」
「ア、アリス様の恋の邪魔をするつもりなど、1ミクロンもありませんのよぉっ!私ってば、どうしてかばってしまったのかしらぁぁ…!」
私はテーブルに突っ伏して泣いた。うう、アリスちゃんの恋愛フラグ折る→クリスティアナの断罪フラグ立つ、なんて展開になったらどうしよう!ブルブル…。
震えていると、つむじに柔らかな感触を受ける。──ん?
「…それは、お前が優しいからだろ、クリス」
「…いいえ、優しくなんて」
「多分、大丈夫だろ。トンチキはマクィーン嬢が大好きだが、マクィーン嬢の方はあまり乗り気ではないからな。むしろ、クライヴの方が好きなんじゃないか?」
「そ、そうなのですか…?」
それなら、あのトンチキ(※すっかり定着)はお邪魔虫ってことか!顔面だけなら誰より偏差値が高いのにな!残念王子だよ、ホント。
それに、アリスちゃんの本命がクライヴなら…むしろ、王子のフラグへし折った私は救世主?!ちょっと心が浮上する。
「ならば、私…腹切りしなくても良いのでしょうか…?」
「…なんでそんな物騒な思考になるんだ。腹切りなどするんじゃないぞ」
コツン、と軽く頭を小突かれた。なにこのやりとり。まるで乙女ゲームのような…。
なんだか気まずくて、私はつい聞いてしまった。
「お兄様は、アリス様がお好きではありませんの?」
「ありませんね」
にべもない。──ザカライアって、もしかしてソッチの人…?!
「…お前がいま考えてる方でもない。別に男が全員マクィーン嬢が好みとは限らないさ」
「うーん…」
でも、ここは乙女ゲームの世界。攻略対象には何らかの強制力が働くと思っていたけれど、そうでもないのかな?
「それより、来月はお前の社交界デビューだろう。ちゃんと準備出来ているのか?」
「……え?シャコウカイデビュー?」
ザカライアの信じられない言葉を聞きながら、目が点になる私。ナニソレオイシイノ?
…お約束の台詞、叫んでもいいですか?
聞いてないよー!
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作法もダンスも分からないと正直に伝えると、ザカライアは唖然とした表情になる。これも記憶喪失のせいだ、ということにしておいた。ふぅ、私の名誉は守られた。
そんなわけで、3週間後に迫る社交界デビューのために、ヘレンさんやザカライアから付け焼き刃の知識を叩き込まれることになった。そんなに恐ろしいのか、デビュー!
…と戦々恐々としていたら、とりあえず礼儀作法は同じだった。夜会は男性にエスコートされて入場し、その参加者で一番身分の高い人間がファーストダンスを踊ったら、デビュタント全員でのダンス、自由行動、という流れだった。お辞儀などは、この1ヶ月ちょっとで完璧に覚えたもん!
だから、目下の悩みはダンスだった。日本人の風習にはないのよ、社交界。社交ダンス。『クリスティアナ』の身体に刻まれた記憶に賭けたい!……望み薄だけど。だって、あのクリスティアナが真面目に教育を受けていたとは思えない。
案の定、ダンスをしてみると、身体は動かず右も左も分からない。リズムも取れない。──要するに、何にも出来ない木偶人形だった。
ザカライアはため息をつきながら、根気よく教えてくれる。しかし、私はリズムを取ると脚さばきが悪くなり、脚さばきに気を取られるとリズムに乗れない、という極めて劣等生だった。
そんなある日の昼下がり、いつものように裏庭でボッチ飯をとっていると、光がさし込んだ。──な、何事?!
と目を眇めたら、正体はアリスちゃんだった。アリスちゃんは私の前に立って、もじもじしている。うっひょー!かーわいーっ!
「あ、あの、クリスティアナ様、お隣よろしいですか…?」
「あ、は、はい、もちろんですわ、アリス様…」
ヨイショッと私は少しズレる。「失礼します」と言ってアリスちゃんが隣に座る。すんすん。はー、ヒロインって良い匂いの補正もあるのだろうか…。
しばらくお昼ご飯を黙々と食べていると、ついにアリスちゃんが切り出した。
「あの、私、クリスティアナ様に相談したくて…」
「へ?わ、私に、ですか?!」
アリスちゃんは私の目を見てはっきり頷いた。な、何でしょう…ドキドキ。女子トークなんて初めて、かも…。
「今度の夜会で、クリスティアナ様もデビューなさると聞きまして…」
誰に?……とは聞けない。
「あ、は、はい。そうなりました」
「わ、私も、一緒にデビューすることになりましたの。でも、その…エスコートが…」
「ああ…トンチキなんですね…」
はい、と小さな声でアリスちゃんは頷いた。…『トンチキ』は公式名称で決定か。メンゴ。
「私、殿下は嫌いではないのですが…他に、エスコートして頂きたい方が…」
「あ、もしかしてクライヴ様ですか?」
かああっ、と分かりやすく赤くなる。
き…
きゃわゆいいいっ!
「わ、私、クライヴ様にも…エスコートのお誘いを、受けておりまして…」
「うんうん」
「そ、そちらを受けたいのですが…王子様をお断りして良いのかどうか…不安で…」
「なるほど。そういうご事情ですのね」
あー良かった。トンチキのフラグをへし折ったのは、とりあえずアリスちゃんへのダメージはゼロのようだ。腹切りせずにすみそうだ。
…とはいえ。
恋愛経験ゼロの私に相談するのは、アリスちゃん間違ってるよー。超役に立てないよー。
「そ、そうですわ!お兄様に相談しましょう!」
「あっ!」
ザカライアは殿下やクライヴと友人だし、冷静沈着、賢明な人だから、きっと良い立ち回りをしてくれる!あら?我ながら良いアイデアですっ!
「あ、あの、クリスティアナ様、お願いしても…よろしいですか…?」
「もちろんですわ!私、アリス様のお役に立てて嬉しゅうございます!」
私たちは微笑みあって、次の休みに会う約束をした。えへー!嬉しいなー!
「あの、ところでアリス様は…私のお兄様をどう思いまして?」
「え?ザカライア様ですか?学年首席で素敵な男性ですよね」
にっこり良い笑顔でアリスちゃんは言った。
そうそれは。
完璧な社交辞令だった。
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週末、約束通りにアリスちゃんが侯爵家にやって来た。手作りのクッキー持参だ。おお、さすがヒロイン。肝心なトコ押さえてますね!
「アリス様、私のお義母様も菓子作りが得意ですのよ。今日は一緒にケーキを食べましょうね」
「まあ、素敵ですね!」
花がほころぶような美しい笑顔のアリスちゃん。ま、眩しいっ!
早速応接室に向かって、ザカライアと3人で作戦を練る。──いえ、済みません。完全にザカライア任せですぅ…。
「そうか。マクィーン嬢はクライヴが本命か」
「そ、そんなっ!本命だなんて、私如きがおこがましいです!そ、その、か、勝手に憧れて、おりまして…」
ゴニョゴニョと語尾が濁るアリスちゃんは、抱きしめたいほど愛らしい!…と思うのに、隣のザカライアは涼しい顔だ。やっぱり、ソッチ系?
あ!ひらめいたっ!
「私、ひらめきましたわっ!お兄様がアリス様をエスコートして、その後こっそりクライヴ様にお引き合わせになればよろしいですわ!」
「え…」
「却下」
あ…なんか二人とも微妙なお顔。お兄様にいたっては、あからさまに嫌な顔をしている。ちょっとそれは失礼じゃない?!
「俺が彼女をエスコートしたら、お前はどうするんだ?」
「え?私、ですか?…まあ、なんとかなると…思いますわ」
そういえば私のエスコートはザカライアだった。別にお父様でも良いですし、も、もしかしたら推し…いえ、ネイト君にお願い出来るかも…
はっ!ダメよ、ダメダメ。恋愛フラグなーしっ!
なーんて物思いにふけっていたら、ザカライアがなぜかこちらを睨む。
「…心当たりがあるのか…?」
こ、怖い怖い!冷気飛ばすなっ!
「お父様ですわ」
「ああ…そうだよな」
「………まあ」
ザカライアはホッとした様子で座り直す。くそ。私がボッチだと思っているな?その通りだけど!
パッと顔を上げると、アリスちゃんは何だか良い笑顔でこちらを見ている。
「ふふ。仲がよろしいのですね」
「そ、そう見えますか?」
「ええ、見えますわ」
「………」
私の声が明るくなる。よしよし。家族仲良しだぞ!
「それより、件の話をしよう。断りにくいなら、エスコートはヴィンセント、入場したらクライヴにすればいい」
「え…でもお兄様、あのトンチキが引くかしら…?」
「トンチキでも王子だからな。夜会が始まってしまえば、複数の女性に囲まれて身動きとれんだろ」
「でも…ファーストダンスを踊ることになります…」
あ。私はザカライアと異口同音で発した。そうか、王子。ファーストダンスはトンチキになるわなぁ…。トンチキなのに。
フーッとザカライアは大きく息を吐いて、アリスちゃんに告げる。
「…分かった。ヴィンセントは何とかする。クライヴのエスコートを受けて良いぞ」
「あ…」
「その代わり、この貸しはデカい。いつか、君にお願いごとをするかもしれないが、それでも良いか?」
「…私に出来ることであれば」
ちょっ、アリスちゃん!ダメよ、安易に引き受けちゃ!男は狼なのよ!
「お、お兄様、アリス様は私の命の恩人です。ご無体なことは…」
「…何を想像しているか知らんが、無体なことなどしないと誓おう」
「はい。ザカライア様をお疑いなどしておりません。私に出来ることであれば、何でもご用命くださいませ」
「ありがとう」
ザカライアとアリスちゃんは契約成立の美しい笑みを浮かべる。……何だろう、この悪寒は……。腹黒い御仁が二人いるような…ま、まさか、ねえ。天使のアリスちゃんと紳士のザカライアよ?
私は冷や汗をかきながら、お義母様のケーキをもぐもぐもぐもぐ一心不乱に食べるのだった。
お読み頂きまして、誠にありがとうございました。