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03.委員会のお仕事ですか?


ザカライアから聞き込んだことをまとめると、『クリスティアナ』はヴィンセントに惚れ込んで付きまとっていた。でも、ヴィンセントは愛らしい天使・アリスちゃんが好きで、『クリスティアナ』の存在を疎ましく思っていたとのこと。ヴィンセントが中々振り向いてくれないのは、可憐な天使・アリスちゃんのせいだと考えた『クリスティアナ』は、清らかな天使・アリスちゃんをひたすら虐めていたそうだ。



──おぅふ…。



聞きながら、私はキリキリキリキリ胃が痛む。あの天然天使をさいなむとは。ヴィンセントルートに入っていたら、間違いなく断罪されていた。何とか、何とかそれは免れたと信じたい。



けれど、『クリスティアナ』が直接関わったのは、恐らくその二人だけだと言う。なぜ?と聞くと、『クリスティアナ』はヴィンセント以外に全く関心を示さなかったからだとザカライアは答えた。おおう、メチャ納得。



──いや、もう二人、迷惑をかけている人がいる。



「…お兄様には?」

「…は?」

「私、お兄様にもとても酷いことを…。あと、お義母様にも…」

「…仕方ない。俺の場合は、お前の境遇もあるからな」

「それでも、許されることではありません。お兄様もお義母様も傷つけて…。私はどう罪を償ったらいいでしょうか?」

「…殊勝なお前は気持ち悪い」


そう言って、ザカライアは私の頭をくしゃりと撫ぜた。


「そうやって感謝と謝罪が出来る人間になればいい。ただ、母上には…『娘』として接してくれれば、喜ぶぞ」

「はい、もちろんです!次のお休みには、侯爵家へ帰りますから!」

「…そうか」


ザカライアは少し嬉しそうに微笑んだ。母親思いの青年なのだ。ありがたくて合掌すると、ザカライアから不審な目つきで見られた。ううん、仲直りはまだ遠いかな…?




**‥‥‥**‥‥‥**




学園に復帰して、1週間。



私は何とか目立たず、騒がず、控え目な生活を営んでいる……つもりだ。



勉強の方は全く問題なかった。日本の短大よりは学園のレベルの方が低かった。もちろん、トップクラスを狙うような頭の良さではないが、この感じだと補習や赤点はないだろう。不安項目が一つ減って、私は大分安堵した。



隣人のレイモンドは、相変わらずうるさく話しかけてきた。どうやら私の落差がおかしいらしい。今までは徹底的に無視されるか、ゴミを見るかのようにあしらわれたとのことだ。……済みません。


「でも今はフツーだね」

「そっ、そうですか?!」


私はほころんだ。フツー!よし、良い感じだぞっ!


「…フツーって言われて喜ぶ女性を初めてみたよ」

「まあ。何事も普通が一番ですわ」

「…そんなもんかね?俺は嫌だけど」

「見解の相違ですわね」


私は苦笑した。「普通」が嫌だというのは、若い証拠だ。二十代になって社会人になってみろ。「普通」が一番だということに気が付くから!


「美人の無駄遣いだな」

「お褒めに与りまして」


レイモンドの茶化しをさらりと流すと、彼は愉快そうに笑った。すると、クラスメイトがこちらを不思議そうに眺めてくる。ヤメテ、こっちを見ないで!くっそ、レイモンドめっ!


これ以上は目立ちたくないので、私は俯いて本を読み始める。すると、一人の女生徒が近づいてきた。


「あ、あの、クリスティアナ様…」

「は、はいっ!」


二人して思わずどもる。隣でレイモンドがケタケタ笑い始めた。


「ほ、本日は、その、委員会ですの」

「い、委員会ですのね。私はなんの委員会でしょうか?」

「びっ、美化委員です」

「わ、分かりましたわ。教えて下さって、ありがとうございます」


「い、いいえっ!」と終始どもりながら、女生徒は自分の席に戻っていった。ふう。緊張した~。今くらいなら、威圧感なかったかしら?控え目だったかしら??うー、加減が難しいな…。


何二人してどもりあってんのさ!とレイモンドはゲラゲラ無遠慮に笑い出す。そんな彼を一切無視して、私は美化委員会に向かった。





理科室で委員会は開かれた。当然、顔見知りはいない。今日は花壇の入れ替えだそうだ。苗とスコップと軍手をもらって、担当箇所に向かう。東の庭園の担当は、学園の2年生。つまり、私だ。もう一人は、切れ長細目のスラッとした男の子だった。


──あっ、好み、かも…。


そういえば、憑依前にハマっていた乙女ゲームの推しは、切れ長細目のイケボだった…。


いやいやいやいや!そういう不埒な心は学園生活には不要!無よ、無になるのよ!クリスティアナ!


「こ、この苗はどこに植えましょうか…?」

「…そうですね。僕が穴を掘るので、順に植えていただけますか?」

「はい、お任せください」


細目の男の子が掘る穴に、私は丁寧に苗を植えていく。土を優しくかぶせて、ポンポンと軽く叩いて完成。私は黙々と作業を進めた。


──これよ、これ!


こういう、地味な作業がクリスティアナには必要なのよ!あー目立つ委員じゃなくて良かった…!


最後に水を撒いて終了。1時間くらいの単純作業だった。


「明日から、毎日水を撒きに来ます」

「はい、分かりました」

「朝と夕方のどちらが良いですか?」

「私はどちらでも。えっと…あなたが決めてくださってよろしいですわ」


……そういえば、彼の名前を知らない。クラスメイト…だと思うけど、いかんせん誰にも関わらないようにしているからなー。


「ネイト・グラスプールです。では、僕が夕方撒きます」

「私は朝ですね。明日から頑張りますわ」

「…よろしくお願いします」


どうやら、ネイト君にも不信感が溢れているようだ。そりゃ一朝一夕とはいかないよ。水撒きをキチンとやって、信頼を得るしかないよね、うん。


二人で道具を片づけて、この日は終了した。





翌朝、ヘレンさんにいつもより早く起こしてもらって、朝イチで学園に登校する。東の庭園の水撒きは、思ったより気持ちがいい。朝早く無心で水を撒くのは、心が洗われる行為である。水だけにね!……すみません。


爽やかな朝当番を譲ってくれたのは、ネイト君の優しさだろう。胸がジーンとする。


二次元の推しより少し声のトーンが高いけれど、彼は私の好みの顔立ちだ。ヴィンセントやレイモンド、ザカライアなどの美青年(イケメン)は、鑑賞用である。アリスちゃんみたいな美少女とイケメンのつがいを見るのは大変眼福で至福だが、個人的な好みはつり目とか細目だ。ああっ!攻略途中の推しに会いたい…。


「おはようございます」

「おはようございます…っえ?!」


花壇に無心で水を撒いていたら、ネイト君が現れた。うわ、今まさにあなたのことを考えていたよ!ちょっと照れますな…。


「水撒き、ありがとうございます」

「いえ…当番ですから…」


──ああ、なるほど。私がちゃんと水撒きしてるか、確認に来たわけだ。


私が当番に来なかったら、彼が水撒きするつもりだったのだろう。信用ないって、結構ツラいね…。


カチリとホースのスイッチをオフにして、私はホースを片付け始めた。それを不思議そうにネイト君は眺めている。──うん、呆れ顔と不思議顔と不審顔で見られるのは、もう慣れたよ。


「では、教室に行きましょうか」

「はい」


私たちは連れ添って教室に向かう。互いに無言で歩いていたが、私はちょい好みのネイト君と並んで歩けて、少し嬉しかったりした。




**‥‥‥**‥‥‥**




明くる日は休日だったが、朝水撒きをしてから侯爵家へ向かう。ザカライアも一緒に帰るというので、私たちは同じ馬車に乗り込んだ。


「…馬車って、案外お尻が痛い…」

「…何だって?」

「いえ、何でもありません」


乙女ゲームでは、馬車に乗ってるシーンで「尻が痛い!」とか言わないもんね。スプリングが無いから、振動がダイレクトに伝わるよ!


「そういや、お前、朝なにやってたんだ?」

「美化委員ですので、水撒きです」

「…美化委員?」


ちょ、その「しーんじらんないっ!」っていう表情はやめてくれませんかね?


「美化委員など、務まるのか?」


あ、直接言いやがった。


「はい、頑張っております」

「ふーん、美化委員、ね…」


はいはい。地味で素敵でしょう?そういうあなたは生徒会ですものね。ザカライアは優秀ですから。学年首席ですものねー!


などと他愛のないことを少し話していたら、侯爵家に着いた。よ、良かった…。あと1時間馬車に乗っていたら、間違いなく痔になったと思う…。


ザカライアの手を借りて馬車から降りると、侯爵夫妻が外で待っていた。


「お帰り、二人とも」

「ただいま戻りました」

「た、ただいま戻りましたわ…」


ザカライアに手を握られたまま、私はお義母様の前に立つ。お義母様は、黒髪で茶色の瞳の優しげな方だ。ザカライアに似て大変美しい。うっ、緊張するけれど…謝らなくっちゃ!


「お義母様、いままで本当に申し訳ございませんでした!」

「えっ…クリスティアナさん…?」


お義母様の声が動揺している。私が記憶喪失になったのを、知らなかったのかな…?


「お兄様に聞きました。私がお義母様にとってもとってもご迷惑をおかけしていたことを」

「迷惑だなんて…」

「私、心を入れ替えました。お義母様、どうか、これまでのことをお許しくださいませ…」

「クリスティアナ…」


お義母様は優しく私を抱きしめてくれた。私を呼ぶ声が震えている。お父様は涙ぐんでいた。ああ、これで私たち家族になれるかな…?


「さあ、中に入って。二人が帰ってくると聞いて、私ケーキを焼いたのよ」

「うわぁ!ありがとうございます、お義母様」

「ふふ、一緒に食べましょう」

「はいっ!」


私とお義母様は微笑みあって、家の中に入る。その姿を見て、使用人たちが一斉に涙を流していたことを、私は知る由もなかった。





お義母様のケーキは最高に美味しかった。素直に褒めちぎると、また作ってくださるという。わーい!お義母様は懐が深ーい!


ランチも家族和気あいあい食べた。日本では独り暮らしが長かったから、なんかこういうの良いな。家族って、大事だな。『クリスティアナ』ってば、こんな良い家族を泣かしていたとは…。もったいない人生だったな…。


バルコニーで休んでいると、ザカライアが飲み物を持ってきてくれた。


「…よく母上に謝ったな」

「それは、当然ですわ。私がずっと悪かったのですもの」

「母上のあんなに嬉しそうな顔は初めてみた。……その、ありがとう」

「お兄様…」


ザカライアが泣きそうな瞳で、私にお礼を言った。…もう、『クリスティアナ』ってば!家族をちょっと大事にするだけで、こんなに幸せになれたのに…!


「お兄様、こちらこそ、色々ありがとうございます」

「いや。俺はなにもしていないさ」

「私、お義母様もお兄様も好きですわ」

「えっ…?」


暖かい家族。手を伸ばせば、周りはこんなにも優しい。


──『クリスティアナ』。


あなたはなぜ、手放してしまったの…?



俯く私の手を、ザカライアがそっと握る。そして私を見つめて名を呼んだ。


「クリスティアナ…」

「お兄様…私たち、これで本当の家族になれたかしら…?」

「か、家族に?!そ、そうだな、家族だな」

「ああ、良かった…!」


お兄様も『家族』と認めてくださった!嬉しいな。私…ここに帰ってきても良いんだ。



手放しで喜ぶ私を、ザカライアは複雑そうに見つめていた。



お読み頂きまして、誠にありがとうございました。

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