14.なんか色々ゴメンナサイ?
ぼんやりしていたある日の昼だった。
踊り場でのキャロラインさんとのやり取り後、クラスメイトとの雰囲気が良くなるかといえば、そうでも無かった。クリスティアナは『横暴で高慢で非常識な女性』という認識は、中々に根強い。
…まぁ、もうそれはそれとして受け止めているから、熱い友情なんて期待しないけれど。
ただなー。キャロラインさんとは推しが同じだから、二人でキャーキャー言いたかったなー。推しのどこがいいか、語りたかったなー。残念。
…というか、キャロラインさんはあの時ネイト君に告白してた…んだよね?どうなったのかな??ドキドキ。って思ったんだけど、二人ともこれまでと態度がまったく変わらなかった。…青春とは何ぞや。
花壇も復元して、また毎日のルーティンが始まる。今度は家の庭師に肥料をもらったんだ!花が咲くのが今から楽しみだよ。いつか野菜を育ててみたい。
アリスちゃんとの仲は良好だった。たまに一緒にお昼を食べる。…え?なんでたまに、なのかって?そりゃー、アリスちゃんは好きな人と一緒にランチするからだよ。クライヴとね。もうすーっかり第1王子は鳴りを潜めたらしい。良かったね、アリスちゃん!幸せになってねー!
そして時々クライヴとの美麗スチルをのぞき見させてねー!
そして私はいそいそと弁当を持って東の庭園に行く。水撒きしていたときに、目立たない薄暗いベンチを見つけたのだ!東屋と違って全然人気ないから、ボッチにはピッタリの居場所だ!
ボッチってさ、そういう埋もれた場所を探すの上手いよねー。アンテナがあるのかな?不思議だ。
ご馳走様。お弁当の蓋をしめると、急に影が出来る。ふと顔を上げると、そこには第1王子が!
「…良いご身分だな。のんびりして…」
「ひぃぃぃぃっ!」
久しぶりに恐怖の雄叫びを上げてしまった。眉間にシワを寄せた第1王子は、美形過ぎるゆえに凄味が増している。こえー!王子こえーっ!
「…ずいぶん学園で楽しそうにしているな?己の罪を忘れたか?」
はい、きれいさっぱり。
「…記憶が無いなどと、都合の良いことを。アリスを手酷く虐め、私にまとわりついては無礼な振る舞いを続けてきた、己の罪は消えぬっ!」
「ひぃぃぃぃっ!ご、ごめんなさいぃぃぃっ!」
ペコペコ腰を折りながらひたすら謝る。あーうー、よく考えたら『クリスティアナ』は第1王子にも失礼を働いていたんだね。本当に済みませんっ!
「最近では私を『トンチキ』呼ばわりするし…」
…ん?それは君が悪いような…。
「私の威厳は地に落ちたぞ!風評被害に侮辱罪!貴様はどう償うのだ!」
「はぅぅっ!す、済みません──っ!」
『トンチキ』はやっぱりマズかったか!まだ多感な18歳の青年の心をズッタズタに切り裂いてしまったか!ごめん、マジごめん。
「…とすべてを断罪出来たら楽なのだがな…」
「ひっ?」
ストンと第1王子…いやヴィンセントは私の隣に座る。──ん?断罪しに来たんじゃないの?
「あ、あの…」
「…なあ、クリスティアナ嬢。私の何が悪いんだ?」
え?急になに?顔以外の全部じゃない?(※超酷い)
…とは口が裂けても言えないので、無難な回答をいたします。
「そ、そんな、殿下に悪いところなど…」
「ならば、なぜアリスは私を好きにならぬのだ?」
「そ、それは、好みの問題としか…」
「…好み、か…」
金髪碧眼の超絶美形がションボリしてる。…なんか、可愛いな。まだ18歳…日本だと高校生だもんね。青春真っ盛りだね。
「アリスは優しくて可憐で愛らしい。媚びたりせずキチンと自分の意見も言える。──私はすぐに彼女に惹かれたのだ」
「ええ、分かりますわ」
私は大きく頷いた。ですよね、あんな愛くるしい天使に恋の矢、貫かれちゃいますよね!分かるぅ~!
「…分かるのか?貴様、本当に別人のように変わったな」
「はあ、そうですね」
別人ですから。魂が。
「気のない返事だな。まあいい。それで私はアリスに好いてもらうために、彼女と行動をともにしたのだ」
「な、なるほど…」
好きだから、追いかけました。──それ、ストーカーの言い分だよね。
「だが!いつの間にかアリスのそばには、クライヴが張り付いていたんだ!なぜか私たちは3人で居ることが多くなったのだ!」
「ああ、結構最初からオルグレン様もアリス様がお好きだったんですね…」
…ていうか、クライヴもヴィンセントと同じじゃねーか!ストーカーが二人。なんか、乙女ゲームらしいわ。
「身分も外見も包容力も!私の方が上なのに…」
ポソリとぼやくが、最後はどうだろう?そしてそれだけではないと思うのだけれど。
なんだか哀愁漂うヴィンセントに、あまり厳しいことは言えない。
「…男女の仲は、難しゅうございますね…」
「…そうだな」
そう言って、二人でしんみりしてしまった。『好き』という感情だけでは、ままならないよね。誰も彼も幸せに、なんて理想論だよねー。
だからといって、相手の幸せを思って身を引く、っていうのもちょっと奇麗事すぎて私は賛同出来ない。身を引くというよりは、新しい好きな人を見つける方が建設的だ。
「殿下はとても素敵な殿方ですもの。新しい恋を見つければよろしいのですわ」
「新しい恋、ね…」
少しウンザリしたように、ヴィンセントは呟く。君は引く手数多なんだから、サッサと諦めたまえ!
そう苦笑していると、ヴィンセントが私をじぃぃーっと見つめる。…嫌な予感っす。
「身分も年齢も外見も問題ないクリスティアナ嬢は、次のお相手としてどうか?」
「え?パスで」
「…即答するな!そしてお前が断るな!」
怒るならこっちに振るな!
嫌がる私を見て、ヴィンセントは悪魔のように微笑む。
「なるほど。よく見れば本当に美しいな、クリスティアナ嬢は。積極的だった頃は嫌いで仕方なかったが、こうして落ち着いた貴様は案外悪くない。…昔の熱い気持ちを、思い出したりしないのか…?」
「し、ししししません」
「くくっ、動揺しているぞ?」
悪い男のように笑って、ヴィンセントは私の頤を持ち上げる。ビクッと身体が跳ねて驚くが、ヴィンセントをよく見ると瞳に熱っぽさがない。──からかっているだけだ。睫毛が長くて超絶美形だよ、ホント、顔だけはパーフェクトだね。
「私の妃になるか?」
「な…」
「なりません」
ベンチの後ろから声が聞こえて、私はベリッとヴィンセントから剥がされる。え?誰?
振り返ると、そこには推し──ではない、ネイト君がっ!
「殿下、ふざけるのも大概にしておきましょうか」
「…ふん、ふざけてはいないぞ」
──そう。からかわれているだけだ。
「そもそも、クリスティアナ嬢が私に迫っていたのだからな」
「…記憶喪失までは、ですよね?いまは見る影もありませんよ」
「…だから、それを確かめていたのだ。だいたい、お前に何の関係があるのだ?」
「それはもちろん」
ネイト君は背後から私の肩を抱いて、ヴィンセントに見せつけるように言う。──ふぉぉっ!推しの息が耳元にぃぃぃ!
「私がクリスティアナ嬢を好きだからですよ」
「は?」
「ええっ?!」
思わず私はネイト君をジッと見つめてしまう。ネイト君は少し顔を赤らめて微笑んだ。
キュンです、その笑顔…。
──じゃないっ!推しから、告白っ!
「なので、殿下はクリスティアナ嬢に手を出さないでくださいね?」
「…まぁ、その気はない」
「クリスティアナ嬢は、僕が好きですか?」
ネイト君は私の目を見て尋ねる。ああっ!切れ長細目が糸目になって微笑んでるっ!クリティカルヒット!はいっ、そりゃあ好きですよ!貴方はめちゃくちゃ素敵ですよっ!
でもでもその手を取って良いものか…。悪役令嬢って、どんな立場なら安全なの?!
…と逡巡していると、今度はまた別の誰かにベリッとネイト君から剥がされる。
「…何をぬかしてる、このクソガキが…!」
「お、お兄様?!」
「何って?クリスティアナ嬢に告白したんだけど?」
にっこりと、それはそれは良い笑顔でネイト君は答えた。…あの、ザカライア、鬼の形相なんすけど…。こ、怖くないのかな?ネイト君。私はすっごく怖いので、もう俯きます。ひーっ!誰か助けて…!
「ん?ザカライアは、もしかして…」
「…ヴィンセント、それ以上発言したら飛ばす」
ひっ!と殿下の小さな悲鳴が聞こえた。ザカライア、誰を脅してるのさ!?不敬罪とか言われちゃうよ?!
あーうーと大混乱になっていると、正面に回ったザカライアにグッと腕を引っ張られた。──ひぃぃっ!
「クリス、帰るぞ」
「えっ?!でもまだお昼…」
「か え る ぞ」
「……………は、はい……………」
ザカライアのあまりの迫力に、私に何が出来よう。ネイト君には即答出来ないし、そもそも殿下と話していたのだし!もう、なんか、色々ゴメンナサイ。
「あ、あ、あの、殿下!」
「ん?」
「殿下は、素敵な方だと思いますよ」
結局は、私を断罪したりしなかった。トンチキ呼ばわりされても、不敬罪に問わないしね。──まぁ、よく考えたら殴られたから、あいこか。
失恋を乗り越えて、良い王子になってね!
「…ありがとう」
殿下はその完璧な美貌に優しい笑みを浮かべて、ぽつんと雫をこぼすようにそう言った。
──そして怒ったザカライアに、私は馬車の中で懇々と理由を問われるのであった…。
お読み頂きまして、誠にありがとうございました。次回、最終話です。