12.犯人はだれ?
校庭の隅で泣いていると、授業中にも関わらずネイト君とレイモンドが近づいてきた。
「クリスティアナ嬢?どうしたの?」
「あぅ…っ…ア、アリス様がっ…怪我を…っ!」
「あー、もしかして、クリケットのボールが当たった?」
「は、は、はい…」
ぐずぐず泣きながら、私はなんとか答える。すると、ネイト君がふんわり私を抱きしめてくれた。
「泣かないで、クリスティアナ嬢…」
「あ、ずりーな、ネイト。ところで、なんでクリスティアナ嬢が泣いているの?」
「わ、私、の、これまでの、あ、悪行が、アリス様を、不幸に、させて、しまった、の、かも…っ」
「んな馬鹿な」
ひっくひっく泣き続ける私に、レイモンドは呆れながら一刀両断する。──そうなら良いんだけれど…。
私を抱きしめるネイト君が、頭の上で呟いた。
「ああ、これは…」
「ん?なんか知っているの?」
「まあ、ね。──クリスティアナ嬢、もしかして、マクィーン嬢の怪我の犯人扱いされた?」
「は、はい」
「……ふーん、そう……」
ネイト君もレイモンドも、ものすごく怖い声になってくる。ううっ、ここで二人に怒られたら、私、もう立ち直れないかも…!い、いえいえ!気を強く持つのよ!私は強い子!カスタマーサポート部署のエース!(※うそ)
「俺、その犯人見たよ」
「ええっ!」
「だから、クリスティアナ嬢は気にしなくていい。堂々としていなよ」
「で、でも、私、間接的にアリス様にご迷惑を…!」
「んなわけねーって。大丈夫、大丈夫」
レイモンドがポンポンと頭を叩いた。…慰めてくれるのか。案外良い奴だな。
ネイト君は私の耳元で「僕は貴女の味方ですよ」と囁く。はぅっ!推しの密着+囁き=頭沸騰!
──恥ずかしながら、あっという間に涙が飛んでった。推しの魅力、ハンパねぇ…。
私は顔面を真っ赤にさせたまま、二人に手を引かれて教室に戻って行った。
あれからこっそり保健室を訪れて、誰もいないすきにアリスちゃんの様子をうかがう。右腕が真っ赤に腫れ上がって痛々しい。また涙がにじむ。そんな情けない私の姿を優しく見つめ、アリスちゃんは言ってくれた。
「…私、実は犯人を知っています。だから、クリスティアナ様ではないことは分かっていますわ」
「ア、アリス様…」
「ふふっ、どうか“アリスちゃん”とお呼びください」
「で、では、私もクリスと…」
はい、とアリスちゃんは超、超超超超可愛い笑顔で了承してくれましたっ!もう一生貴女を愛すると誓いますぅぅ!アリスたん、かわゆす!はぁはぁ。
こうして私はアリスちゃんと友情を深めたけれど、クラスに戻れば非難の目にさらされる。気にしないようにしてはいるけれど、やっぱり悲しいな。
──ん?でもよく考えたら、『クリスティアナ』って、いつもこんな視線に耐えてきたのか?!KYってメンタルすげー!
そう考えると、やっぱり『クリスティアナ』の魂がなぜ消えてしまったのか、さっぱり分からない私であった…。
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クラスでは相変わらず冷たい視線を浴びながら、次のイベントが訪れる。
男子は剣術大会で、女子は組紐作成大会である。各学年の剣術優勝者に、女子の優勝作品をプレゼントするのだ。
昨年の剣術優勝者は、ネイト君だった。
──え?!ネイト君?!!
はー、彼は本当になんでも出来るんだなー。この間の定期考査も首席だったし。スゴイなぁ…。惚れてまうやろー…。
残念ながら、決勝戦まで見学不可である。女子はそれまでの時間を使って組紐を作るのだ。そんなわけで、私たちは教室で黙々と組紐を作る。組紐作成大会は、デザインと色合い、完成度で勝敗が決まる。優勝者には男子優勝者へ贈るご褒美のほかに、試験に加点される。だから、女子も決して手を抜かない。
ふとアリスちゃんを見ると、利き手が震えていた。──クリケットボールの怪我が、まだ痛むのだろう。
私はせっせと自分の作品を作り、納得した完成度になると、サッとアリスちゃんの隣に座ってこっそり手伝った。
余計なことだったかな?と不安げにアリスちゃんを見ると、アリスちゃんは「済みません」と言って素直に手伝いを受ける。
だが、やはり利き手の踏ん張りがきかず、アリスちゃんの組み目は多少緩い。意匠は可憐で凝っているんだけれど。
そして、終了の合図が鳴る。
──私は自分の作品とアリスちゃんの作品を見えないところで入れ替えた。
も、もちろん私の作品が素晴らしい出来だとは言い切れないけれど、怪我をしたアリスちゃんの作品よりは、少し良いかもしれない、と思う。あー、余計なお世話だったらどーしよー?!どきどき。
そして30分後、評価が告げられる。
優勝者は、アリスちゃんだった。──やった!余計なお世話にならなかったー!
だが、戻ってきた組紐を見つめて、アリスちゃんは驚いた。そして私を見つめる。私はただ苦笑して頷いた。
そして私は先生に失格を告げられる。アリスちゃんの手伝いをしたからだ。「それなら、私が失格です!」とアリスちゃんが食い下がるけれど、私が勝手にやったことだから、とその判定を受け入れた。──アリスちゃんは涙目だ。ごめんね、なんか、私ってば、何やっても上手くいかないなぁ。
評定が終わったので、女子は全員で剣術大会を見に行く。すでに1年生は終了し、これから2年生が始まるところだ。
決勝戦は、ネイト君とクライヴだった。クライヴが優勝したら、アリスちゃんがクライヴに組紐をあげられるんだね!──あ、私の作品だけど。メンゴ。
アリスちゃんは手を組んで祈りを捧げていた。クライヴの優勝を祈っているんだね。いや、クライヴの無事を祈っているのかな。──優しいもんね、アリスちゃんは。
じゃあ、私はネイト君の優勝を祈るね。ネイト君、頑張って!いつも優しくしてくれてありがとう!どうか怪我無く優勝してね!──無茶な。
30分の対戦で、ようやく決着がついた。優勝者は…ネイト君だっ!やったー!
バチバチバチと私は思いっきりネイト君に向かって拍手を送る。すると、それに気付いたネイト君が、少し照れた表情で片手を振ってくれた。あーん!キュンキュンですぅ~!
アリスちゃんには本当に申し訳ないが、私の作品がネイト君に渡されてスッゴく嬉しい。ごめんね、ありがとう!
ちなみに、3年生優勝者はザカライアだった。ザカライアは3年連続の優勝で、別に表彰もされていた。3年生のお姉様方がキャアキャア騒ぐ。…うーん、やっぱりザカライアって人気あるんだな。
ザカライアにも惜しみない拍手を送る。すると、ザカライアも嬉しそうに私を見て、大きく手を振っていた。──ヤメロ、目立つから。
教室に帰ってきた男子を、女子は拍手で迎える。「おめでとう」とか「お疲れ」とか、方々で声が上がった。
私の隣にどっかり座ったレイモンドは、少し落ち込んだように見える。
「…お疲れ様でした」
「ほんっと、疲れたね。くっそ。ネイトもクライヴも強すぎだよ…!」
この言い方だと、多分レイモンドも強いのだろう。だが、あの二人が突出して強いのだ。
「オルグレン様が強いのは、騎士の家系なので分かりますが…ネイト様が強いのは、何故なのでしょう?」
「完璧主義だからだろ?あーみえて、スッゴい努力家だからな、ネイトは」
「なるほど…」
私は大きく頷いた。確かに、スッゴく完璧主義だけど、それ以上に努力していそう。出来ない自分が許せない的な。
考え込んだ私に向かって、レイモンドは言う。
「クリスティアナ嬢に朗報。ネイトって、脱いだらスゴイよぉ~」
「ふぇっ?な、な、なにを…?!」
「細マッチョ♪」
にやぁ~とスケベそうに笑うレイモンド。くっそ、その術中に落ちてたまるか!と思うのだけど…妄想したらヨダレが…!
──細マッチョのネイト君っ!
もうもうもうもう~!どれだけ私の好みなのさっ!キャーもう格好良すぎる~!!
でもさ、これだけなんでも出来るネイト君だから、すっごく人気あるんだろうな…。競争率高そう…。
──はっ!いけない!自重、自重…。
妄想モードに入った私にため息をついて、レイモンドは呟く。
「…俺の方が良い男だと思うんだけどな」
「……?なにか、おっしゃいまして?」
「いーや!クリスティアナ嬢は見る目がないなって言ったのさ!」
…悪口か。ごるぁ。
と口をとがらすと、レイモンドは私の鼻をつまんで笑った。──その笑顔がなんだか悲しそうで、私は切なくなってしまう。
そしてホームルームが終わり、いつものように私はさっさと荷物をまとめて、そそくさと教室を出て行った。
帰宅途中の階段の踊り場で、甲高い声に呼び止められる。振り向くと、キャロラインさんがいた。
「あの、なんでしょうか…?」
「クリスティアナ様、これまでの横暴な振る舞いの数々、目に余りますわ」
「そ、それは…どうも…」
そう糾弾されると、つい俯いてしまう。『クリスティアナ』がどれだけ横暴だったのかなんて、私知らないもん!もー謝るしかないじゃない!ごめんなさい!
「花壇といい、女生徒のノートといい、あげく、アリス様に対する暴行!許されることではありませんわっ!」
「えっ…?それは全部私ではありませ…」
「言い訳は無用ですわっ!」
ビシィ!と指を差されてしまった。…この世界ではどうか知らんが、日本では人に向けて指差しちゃいけないんだぞ!
「私ではありませんっ!」
「そうやってごまかして、ネイト様の同情をひいてますのね!」
「えっ、ネイト様の同情?」
「ネイト様が許しても、私は許しません!これは、皆様の総意ですわ!」
……んなこと言われても。違うったら違うもん!自分のしたことには責任もつけど、そうじゃないことには謝れないよっ!
私はキッとキャロラインさんを睨んで叫ぶ。
「私は己でしたことには責任を持ちますわ。けれど、ペスラー様のご指摘なさったことは、すべて私の行いではありません!」
「こ、のぉっ!」
キャロラインさんの振り上げた右手が見えた。──くっそ!また殴られるの?!そんなのごめんだわっ!
と私は避けようと身体を傾けた。すると、足の踏ん張りがきかずにグラリと階段に向かって倒れそうになる。
──落ちるっ!
来たる衝撃に備えて、私は固く目を閉じた。
お読み頂きまして、誠にありがとうございました。