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11.悪行は返ってくるもの?


結局、悪行は巡り巡って己に返ってくるものなのだと、私はようやく思い知ることになる。



『阿久津 百合』だったときは、善行を積んできたわけでは無いが、なるべく人様に迷惑をかけないような生き方をしてきた。真面目に誠実に接してきた。イジメとかやっかみとか、酷い仕打ちを受けたことはほとんど無い。



カスタマーサポート部署では、酷い言葉やなじり言葉、果ては脅迫まで様々な案件があった。私はどの案件にも一つ一つ丁寧に対応した。──それしか出来ない、ということもあるけれど。時には上司の手助けを借りながらも、最後は納得してもらい業務を終えてきた。



だから、私は甘く考えすぎていたのかもしれない。



──悪意とは、時に人を殺せるということを…。




*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*




朝の水撒きに訪れた私は、呆然と立ち尽くす。



東の庭園は、きれいさっぱり花が抜かれていた。なんにもない。根こそぎ奪われたどころか土ごと奪われたようで、土の量が花壇の半分だった。


──誰が、何のために?


私は驚きのあまり声も出ない。せっかく丹精込めて育ててきたのに…。大事な子どもが誘拐されたような無力感や虚脱感に襲われる。こんなこと、どうして…?



辛くて悲しくて虚しくて、私はホロリと涙を流した。だが、美化委員として報告しないわけにはいかない。私は足取り重く教室に向かった。





教室に入って、私はまずネイト君に今朝のことを話した。


「花壇が、根こそぎ?」

「は、はい。私が水撒きに来たときには…一面すべて…」

「昨日の夕方には、いつも通りに咲いていたよ。すると、夜中か明け方に盗まれたんだね」

「でも…花を盗むなんて、あまり意味が無い気がいたしますの」

「確かにね。なんでそんなこと…」


私とネイト君はうーんと唸って考える。以前もこんなことあったのかな?ストレスを動植物にぶつけるような、哀しい心の持ち主がいるのかな?


「…とりあえず、放課後に美化委員長に報告いたします」

「うん、そうしよう。それから花壇も復元しないとね」

「はい」


私たちは沈痛な面持ちで自席に戻る。まずは花壇を復元しよう、とそればかり考え、私は授業に全然身が入らなかった。





放課後になって美化委員長へ報告に行く前に、逆に委員長から呼び出しを受けた。──きっと、朝の件だろう。すぐに荷物をまとめ、私は呼び出された理科室に向かう。「僕も行くよ」とネイト君に声をかけられて、私は不謹慎にもキュンとしてしまった。


そして理科室には美化委員全員がいて、私が入室すると一斉にこちらを睨む。その鋭さに私は身体を震わせながら、委員長のもとに向かった。


「…ウィンターソン嬢。貴女を呼び出した理由は分かっていますか?」

「あの、ご報告しようとしておりました。私が朝水撒きに花壇に行ったところ、花が根こそぎ盗まれていたのです…」

「その犯人が、貴女であるという証言があります」

「えっ?!」


なんですとぉ?!


「わ、私が育てた大切な花です!そのようなこといたしませんわ…!」

「ですが、とある生徒から、貴女が明け方に花をむしる姿を見た、という証言があります」

「そんなこと、決してあり得ません!」

「…平行線ですね」


委員長はため息をついて、私に軽蔑の視線を向ける。周囲の委員も、まったく同じ視線を私に向けた。


──ああ、『クリスティアナ』だから…。


「貴女ならさもありなん」ということですね。解けない誤解に、私ももう説得を諦めた。


私は委員長に向かって、深く腰を曲げて謝罪する。


「…いずれにせよ、私の監督不行き届きによって皆様にご迷惑をおかけしたことは事実。責任をもって花壇を復元いたします」

「…もう予算はありませんよ?」

「はい、もちろん自費でいたします」


皆様にもご迷惑をおかけしました、と他の委員にも謝って、私は理科室を出た。





私はすぐに購買部に行って、土を注文する。明後日には届くそうだ。さすがに苗は自分で探してくれと言われ、休日に苗を買いに行く予定を立てた。


とぼとぼと帰る道すがら、私はしゅんと落ち込んだ。


──こういう扱いも、きっと仕方ないんだろうな。


『クリスティアナ』が今まで何をしでかしたのかは、本当のところは分からない。だが、メイドさんとザカライアの話や、周囲の腫れ物に触るような態度を見る限り、まあ悪行しかしてないのだろう。


こんなことで泣きはしないが、心は浮上しない。いまは花壇を復元して、少しずつ信頼を得よう、と私は己を励ました。




*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*




翌日、しょんぼりする私に、可愛い女生徒が話しかけてきた。


「クリスティアナ様、なにやら花壇が無くなった、とお伺いしたのですが…」

「あ、はい…私の監督不行き届きで…」


ああ、噂が広まるのは早いやね。──ていうか、東庭だけあれだけごっそり花がなくなれば、誰だって気付くか。トホホ…。


「私、いい花屋を知っておりますわ。今度の休日に、一緒に行きませんこと?」

「まあ!本当ですか?!」


うわー!ありがたい!捨てる神あれば拾う神ありだね!


「助かりますわ!…えっと…」

「…キャロラインですわ。キャロライン・ペスラーです」

「ペスラー様、どうぞよろしくお願いいたします」


私が祈るようにキャロラインさんを見つめて頭を下げると、テノールのイイ声がかけられる。


「それなら、僕も一緒にいこう」

「えっ…!」

「まあ、ネイト様…」


振り向くと、すぐ近くにネイト君。…うう、いまは気まずいデス…。


俯く私に、ネイト君は良い笑顔で了承を求める。


「いいかな?クリスティアナ嬢、ペスラー嬢」

「もちろんですわ!」

「…ご迷惑をおかけします…」


思わず謝ってしまった。もう五体投地したい気分だ。あの花壇は、私だけではなく、ネイト君の汗と努力の結晶でもあったのに。ごめんねごめんね!



そんな私に苦笑して、ネイト君は頭をポンと叩いて励ましてくれた。「君のせいじゃないよ」と囁いてくれた。



えっ…ネイト君、私を信じてくれるの?!…ヤバい、ホロッときた。



なんだか週末が楽しみになってきた私とは裏腹に、キャロラインさんは段々機嫌が悪くなっていった様子だった。





さて、週末。晴れ。



やたらと付いてきたがる過保護兄(ザカライア)を振り切って、待ち合わせ場所に急ぐ。ネイト君とキャロラインさんはすでに到着していた。


「お、お待たせいたしました。今日はよろしくお願いいたします」

「やあ、クリスティアナ嬢」

「ご機嫌よう、クリスティアナ様」


早速キャロラインさんの案内で花屋に向かう。こじんまりしているが、陳列が美しい。色々な種類の苗と切り花が、とても綺麗にまとまりよく並んでいた。


「素敵ですねぇ…」

「ありがとうございます。ペスラー家と取引している花屋ですの」

「さすがはペスラー様ですのねぇ…」


何がさすがだか分からんが、とりあえずキャロラインさんを持ち上げておく。キャロラインさんも得意気だった。よしよし。


「では、こちらとこちらと…」


私は五種類の苗を選んで、発注した。明日学園に届けてくれるという。ありがたい。しかも、ちょっと安くしてくれた。ありがとう!キャロラインさん!



買い物を終え安堵した私は、二人に「お茶でもいかが?」と誘う勇気もなく、挨拶して解散しようとした。


「お二人とも、今日はありがとうございました」

「いえ、お役に立てて嬉しいですわ」

「ペスラー様、本当に助かりました。…ではまた学園で」

「さようなら」


腰を90°曲げて御礼を言って、私はその場を去る。後ろで「ネイト様、お茶でも」「いえ、用がありますから」というやり取りがかすかに聞こえた。──用があったのね。良かった、誘わなくて。



週が明けたら、早速花壇の復元をしよう。よし、頑張ろう!と空元気と空ヤル気を出すのであった。




*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*




花壇を復元しても、また花盗人が訪れたらどうしよう、とネイト君に相談する。ここには防犯カメラとか防犯ブザーとかないから、犯人特定も防犯も難しい。だからといって、花壇に警備を置くわけにもいかないからなぁ…。


すると、ネイト君はにっこり笑ってこう言った。


「多分、もう大丈夫だよ。それに、監督不行き届きは僕も同じだから。クリスティアナ嬢は気にしなくて良いんだよ」


それより復元してくれてありがとうね、と優しくねぎらってくれる。


キュンです、ネイト君…。


惚れてまうやろー!って叫びたくなるけれど、自重、自重…。






「花盗人事件」が収まった頃、今度はとある女生徒のノートが破かれる事件が起こる。もちろん、私のクラスで、私に嫌疑がかけられる。──何か悪いことが起こると犯人がクリスティアナだと思われるのは、まるで仕様のようだった。



この時は名指しで糾弾されなかったが、みんなの視線が『クリスティアナ嬢がまた…』と訴える。私に心当たりはないのだが(なにせ標語が『目立たず騒がず控え目に!』だ)、否定しても当然信じてもらえない。ここでも私は解けない誤解の説得を諦めた。



そんな中、アリスちゃんだけが心配そうに声をかけてくれる。うう、泣きそう…。天使よ、ありがとう!でも、私と一緒にいたらアリスちゃんまで悪く言われちゃうよ。



だから私は「大丈夫ですよ、ありがとう」と笑ってアリスちゃんと距離をとる。ボッチ飯だって慣れてるもん。私は、大丈夫…。



あとで振り返ったら、このボッチがいけなかったのかもしれない。



──とうとう、他者に犠牲が出たのだから…。






ある日の授業中のことだった。



それは体育で、男子はクリケット、女子はテニス。近くのコートで互いに授業をしていたから、たまにボールが飛んでくる。避けたり取ってあげたりしながら、仲良く楽しんでいたときだった。



「いったぁ…」


私は座ってテニスボールを拾っていると、背中にクリケットのボールが当たる。…クリケットのボールって、コルクの芯にウールの糸を巻き付けて皮革で包んでるから、かなり硬くてめちゃ痛いんだぞ!背中に当てるなんて酷い~!


絶対赤くなってる。もう涙目だ。私はクリケットのボールを拾って、男子側に投げようとしたその時。


「キャアアアッ!」


と悲鳴が上がった。驚いて近づくと、右腕を押さえてうずくまるアリスちゃんが!


「あ、アリス様っ?!大丈夫ですか…?!」

「近寄らないでくださいませ、クリスティアナ様!」


キャロラインさんにそう叫ばれて、私はビクッと動きを止める。アリスちゃんの周りにいる女生徒が、一斉に私を睨んだ。


「酷い仕打ちですわ、クリスティアナ様…」

「最近は大人しくなさっておりましたのに…」

「アリス様の優しさにかこつけて…」


えっ、なに?なにを言っているの?!


「な、なんの話ですの…?」

「とぼけないで!…アリス様にボールをぶつけたのは、クリスティアナ様、貴女なのでしょう!」

「ええっ!違います、そんなこと、絶対にしていません!」

「…では、なぜ貴女の手にクリケットのボールがあるのでしょう?」

「こ、これは、私もぶつけられたからですわ!」


私は必死で弁明した。だって、アリスちゃんに…あの愛らしい天使に何かするなんて、そんなの無理無理!ああ、アリスちゃんの怪我も心配だ…!


でも、誰も彼もが犯人をクリスティアナだと決めつけている。──ああ!『クリスティアナ』のこれまでの悪行が返ってきたのだわ!


と必死になったその時、弱々しい声でアリスちゃんがみんなに言う。


「わ、私は大丈夫、です…。クリスティアナ、さまでは、ありません、わ…」

「アリス様、どうかしゃべらないで!お怪我に障りますわ!」

「い、いえ…クリスティアナさまでは、ない、の…」

「アリスちゃん!」


私は思わず心の中で呼んでいた呼び名で叫んでしまう。私を気遣うその心が嬉しくて愛しくて…私はポロポロ涙を流した。


「ごめんね、アリスちゃん、ごめんね…!私が直接ぶつけてはいなくても、これまでの私の悪行が、アリスちゃんに迷惑をかけたのかも…!」

「いい、え、ちが、う…」

「アリスちゃん、アリスちゃん!」

「も、もう、クリスティアナ様どいてください!皆様、アリス様を保健室に運んでくださいませ!」


呆然と見ていたクラスメイトは、のろのろとキャロラインさんの言うとおりに動く。私がそばに付こうとしたら、キャロラインさんにスゴイ顔で睨まれた。


「厚顔無恥とは、貴女のことですわね。アリス様に近寄らないでくださいませ!」

「うう、アリスちゃん…!」



授業にならなくなって、皆が教室に引き始める。私はその場で立ち尽くし、ひたすら涙をながしていた。



お読み頂きまして、誠にありがとうございました。

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[一言] お約束とはいえ上級貴族の娘に濡れ衣着せるとかよくやるわ
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