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01.ここはどこ?わたしはだれになったの?

初めての転移(憑依)ものです。主人公には何のチートな能力もありませんが。


ようやく今日の業務が終わった。外は真っ暗。今日は残業になってしまった。



通常9時から18時までの業務だが、今日は定時5分前にかかってきた電話への応対に、2時間を要した。ふう。



一日の最後の業務がクレームって、心折れるわー。



こういう日は、ちょっと豪華なコンビニ弁当とスイーツ、発泡酒じゃなくて贅沢にもビールを片手に大好きな乙女ゲームにふけるのが一番だ。ヤンデレ切れ長細目の推しキャラが私を待っている!



……うん、分かってる。ちょっとイタイ女だってこと。



でも、現実は厳しいのよ。短大卒では一流企業なんて入れない。それでも名の知れた中小企業に就職出来た!と喜んだのもつかの間、配属先はカスタマーサポート部署だった。(上司はここを『左遷先』だと言っている。)それでも、給料は悪くないしノルマはないし一日座っていられるし、私は2年ここで頑張っている。残業だってそう多くないから、ブラック企業とは言い難い。私も疲労は感じているが、決して過労ではないからね。



ただ、出会いは全くなかった。会社内の花形は、カスタマーサポート部署なんて見向きもしない。当然、この部署には飲み会の声すらかからないのだ。就職したてはクレームに辟易して、何処かへ寄って気分を晴らすとか出来ず、ただひたすら早く帰宅したかった。──そして、それがそのまま習慣化した。



人はこうして二次元に救いを求めるのだ!と私は思う。それだって悪いことじゃないさ。誰にも迷惑かけてないしね。



大好きな推しのイケボを聞きながら、美味しいお酒を飲もう!と私は帰宅を急ぐ。んー、でも、なんかすごく眠い…。









意識がゆっくり浮上する。



それは、温かなプールの中をゆっくりと浮かび上がる感覚に近い。



目を開けると、白い天井が見えた。



──ああ、そろそろ仕事に行く準備をしなくちゃ…。



今日は苦情が少ないと良いな。「ありがとう」って言われると良いな。──さて、起きますか……。



「お目覚めですか?!お嬢様っ!」



──はい、お目覚めです。


ですが、間違いが二つありますよ。


一つ、私はもう『お嬢様』という年齢ではありません。


一つ、私は一人暮らしです。



──あなたは、だれです?



私は不思議に思ってゆっくり起き上がると、頭がズキンズキンと激しく痛む。



「いったぁ…!」

「お、起き上がるのは危険です。どうぞゆっくりお休みくださいませ」


──いや、誰なんです?あなた。

でも、私のことを心配しているみたい。すまないね。


「あ…ありがとう、ございます…」

「……へっ?」


メイドさんの格好をした人にお礼をいうと、ものすごく驚かれた。まるで未知の生物でも見るように、目を大きく開いてドびっくりされる。


──なんで?


激しい頭痛に私はのっそり横になると、メイドさんが優しく布団を掛けてくれた。──だから、あなたは、誰なのでしょうか…?


「あ、あの…あなたはだれですか…?」

「…お嬢様…。新手の意地悪でしょうか…?」

「い、意地悪?!どうして…?」

「いえ、失礼いたしました。私はお嬢様の侍女で、ヘレンでございます」


ヘレンさん。美人さんですね。


「こ、ここは…?」

「ここは聖ローレンス学園の寮です」

「わ、私は…どうしてここに…?」

「お嬢様は階段から落ちたそうです。強く頭を打って、もう3日も意識が戻りませんでした」


お目覚めになって良かったです。すぐに侯爵閣下に伝達しますね、とヘレンさんが微笑んだ。


──侯爵閣下?


現代日本に貴族がいるの?すげー。マジか。…でもなんで伝達する必要が?


それに、聖ローレンス学園?なんじゃそら。なんで学生集まる学園で、社会人の私が階段から落ちるんだ?!


打撃による痛みか、考えすぎによる痛みか。ズキズキズキズキととにかく頭が痛い。すると、そこへノックも無しに扉が開かれて、叫び声が上がる。


「大丈夫かぁぁあ?!私の可愛いクリスティアナぁああ!」


入って来たのは、アゴひげが似合う美しい中年。


──もはや知らない人しかいない。


そして、クリスティアナって誰のこと?



「クリス、クリスぅぅ!ああ、目が覚めて良かったよぉぉお!」


美中年が私にすがっておいおい泣く。──ん?クリスティアナって私を呼んでるの?違うよ、私は阿久津 百合。こんな美中年に泣かれるような覚えはないのだが…。


「ど、どうした?クリスティアナ…どこか痛むのか…?」

「あの…」

「うん、なんだい?」

「貴方はどなたですか?」

「……………………………………え?」



ええええええええええええ──?!!



と大きな大きな侯爵閣下の叫び声が上がった。うう、それ、めっちゃ頭に響くよ、美中年…。




*-----*-----*-----*-----*-----*-----*-----*




目が覚めたらそこは異世界でした。……とか、小説の世界だけだと思ってた。実際体験すると混乱の極みですね、ははは…。夢オチとか、そんなんだったらなー。



でもでも!ライトノベルでは異世界に転生だの転移だのしても、チートな能力で何とかなるはずなのに。なんで私は『クリスティアナ』の記憶が無いのさ!記憶のサービス、プリーズ!



……いや、現実は世知辛いものさ。幸い階段から落ちて記憶喪失で周りが納得してるから、これを利用して色々知識を補完するしかない。



私は寝ながらしゃべるには問題ないと言って、侯爵閣下と話し合う。


「何も思い出せない?」

「はい。済みません。自分の名前すら、全く分からないのです」

「記憶喪失、か…」


美しいアゴひげを撫ぜながら、侯爵閣下は呟いた。その姿が様になっていてメチャ格好いい。


「それならば、少しずつ思い出していけばいいさ。君はクリスティアナ。ウィンターソン侯爵である私の娘だよ」

「お父様…」


ここは、空気を読んで敬称を付けた方がいい。なにせ、相手はお貴族様だ。──ん?てことは、私は侯爵令嬢なの?!うへー、面倒くせー!


「うんうん。お父様だよ、クリスティアナ」

「あの、他に家族は?」

「クリスティアナの母は、小さな頃亡くなった。後妻とその連れ子がいる。連れ子は、お前の一つ年上だ」

「兄、ですか」

「ああ。名をザカライアという」


この学園にいるから、何かあったら頼りなさい。ザックにはよく言っておくから、と侯爵閣下は笑う。血の繋がらない息子だが、愛しく思っているようだ。


──良いお父さんだな。


私は少し嬉しくなる。


──ん?ザカライア…?どこかで聞いたことがあるようなないような。んー、気のせい?



「私は何歳ですか?」

「17歳。学園の2年生だ」

「この学園は…?」

「ああ…ではザックを呼ぶか。──君、ザカライアを呼んできたまえ」


はい、とヘレンさんが返事をして部屋を出て行く。──そういえば、ここは学園の寮と言っていたな。高校生の寮にしては、妙に広い。いや、広すぎる!なんでメイドさんとかいるの?!貴族すげー!と改めてキョロキョロ周囲を見渡して、ザカライアの到着を待った。




十数分後、体躯の大きな美青年がやってきた。お父様には似ていないが、黒髪に茶色の瞳がセクシーで、鼻筋が通ってアゴはシャープ。顔面偏差値の高い青年だ。思わずまじまじ見てしまう。──うーん、どこかで見たことがあるような気が…。


「ザック、クリスが記憶喪失になった」

「はあ?」

「自分の名前すら思い出せないのだ。色々教えてやってほしい」

「…………………分かりました」


ザカライアは渋々、といった表情を隠さずに引き受ける。──これは、嫌われているな。


では頼んだよ、と侯爵閣下は部屋を去る。どうやら、忙しいのに私が目覚めるまで寮に留まってくれていたのだ。私はお父さんにお礼を言って、別れた。



代わってザカライアが私の寝台の脇にあるイスに座る。「それで」と冷たい声、冷たい視線で話し始めた。家族の話、学園の話。意外と丁寧に分かりやすく話してくれる。


ザカライアは私が10歳の時に再婚した義母の連れ子だった。10歳から私はワガママ放題で、義母も義兄もほとほと困っていたそうだ。


──クリスティアナ…!この、大馬鹿者っ!



「そ、それは…申し訳ございません…」

「は?」


私が謝ると、ザカライアはヘレンさんと同じ顔をした。──ちょっと、どんだけだよ、クリスティアナ。アンタ、性格すげー悪かったんだね。


「お兄様、私、心を入れ替えます。これからは家族仲良く暮らしたいと思います」

「それが、口先だけでないことを祈るよ」


と呆れた口調でザカライアは言った。──ですよね。これから頑張ります。


「お、お兄様。私、頑張りますので、色々教えてくださいませ」

「…まあ、父上から頼まれているからな。仕方ない」

「あ、ありがとうございます」


とりあえず何かあったらザカライアを頼ろう。ほかに知り合いがいないし。


「…そういえば、お前が階段から落ちたのは、お前がアリス・マクィーン嬢を突き落とそうとしたからだ、という噂だが?」

「ええっ?!そ、そうなのですか?!」

「…噂だ。だが、お前の素行から、そう信じる者が多いであろうな」

「ひぃぃっ!」


ちょ、クリスティアナ!マジでアンタは何したんだよぅ!突き落とそうとするなんて、殺人未遂じゃあないかっ!


──ん?『アリス・マクィーン』…だと…?


聖ローレンス学園

アリス・マクィーン

ザカライア・ウィンターソン


あ、あれ?ここって、もしかして…。


……いやいや、そんな馬鹿な。乙女ゲームの世界に憑依したとか、どこのライトノベルだよ。


とりあえず、人として正しい行動から始めよう。



「お、お兄様…、私、アリス・マクィーン様に謝ってきます!」

「あっ、おい!」


ガバッと起き上がって、私は寝台から下りようとする。だが、身体がついていかず、よろよろと倒れる──のを、ザカライアが支えてくれた。


「…慌てるな。元気になったら謝ればいい」

「うう、済みません…」


ザカライアは私をそっと抱き上げて、布団の中に入れてくれて。──うう、良い人だ…!


「お兄様…ごめんなさい…ありがとう…」

「…いいから、早く治すといい」

「はい」


最初より幾分柔らかい声になったザカライアに微笑んで、私は目を閉じた。



とりあえず今は身体を治して、元気になったらお詫び行脚だわ!『クリスティアナ』め!



お読み頂きまして、誠にありがとうございました。お話は王道が一番だよね!と思いながら書いてます。

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