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第8話 バレてはいけない。


「おかあさぁん! ワンピースが無いんだけど」

 

 妹のそんな声が、響いてきた。僕は思わず、これから洗うつもりで床に投げっぱなしだったワンピースを、タンスに押し込む。

 

 現在、朝八時半。暑さのせいか今日は早めに目が覚めてしまった。父さんは既に仕事に出ており、母さんもそろそろ家を出る頃合い。志乃舞は確か、クラスの友達と映画を見に行く約束をしているとか言っていたっけ。


「ワンピースって何よー。あんたのタンスの中じゃないのー?」

 

 苛立ちの混じった母の声。そりゃそうだろう。出かけ際に探し物の相談なんかされたら。


「無いのー。水色のチェック柄のやつ……」

 

 うぐっ。心臓が痛む。どうしてピンポイントに、アレなんだよ。今までちっとも着てなかったじゃないかよ。と心の中で叫ぶ。


「無いなら他のでいいじゃないの」

「他のは小さいのー。どうしよう、今日集まる子、みんな服のテイストがガーリーな感じだし、一人だけTシャツにジーンズじゃ、浮いちゃうよ。前々から着ようと思ってて、こないだアイロンかけたばっかりだったのに……」

 

 どきり、と心臓が高鳴る。そのワンピース、今グシャグシャになって僕のタンスに突っ込まれてまーす。


「タンスの奥のほうにあるんじゃないの?」

「もう探したけど無いし」

「乾燥機の中は?」

「無いし。だからアイロンかけたって言ったじゃん!」

「じゃ、他の誰かの洗濯物と混じっちゃってるのかしら? お母さん気づかないでシャツかなにかと勘違いして、お兄ちゃんの部屋に持ってっちゃったのかもしれないわ」

「ええー」

「お兄ちゃんの部屋見せてもらったら? 間違えるとしたらお兄ちゃんのとこくらいしか無いと思うけど」

 

 え、いやいや。サイズも小さすぎるしデザイン的なこともあるし、僕のと間違えるわけねーだろ……。


「わかったー」

「じゃ、行ってくるわよ」

「はーい」

 

 ――バタン。

 

 僕はどうしようかと、迷う。とりあえず、まだ洗っていなくて使用感丸出しのチェック柄のワンピースを見られるわけにはいかない。くっそ、みんなが出かけたらこっそり洗濯するつもりだったのに、まさかこんな事になるなんて。

 しかし妹がせっかく準備しておいた服を僕が使えなくしてしまったというのはなんとも心苦しい。いや、しかし、どの程度の皺かによって、実は着られなくもなかったり、しないものだろうか? あーでも駄目か、蝉のやつ、めっちゃ汗かいてたし……。

 タンスを開き、ワンピースを手にとり目視で確認。

 イケるような、イケないような……。

 鼻に当て、匂いを嗅いでみる。こ、これは……。


「お兄ちゃーん」

「?!」

 

 ドアノブが回転し、妹がドアから顔を覗かせる。最悪のタイミングだ。


「ちょっと訊きたいんだけど……あ、それ!」

 

 ちなみに僕の鼓動は今、身体に悪いくらいにバクバク高鳴っている。あまりの衝撃に一瞬だけ視界がホワイトアウトしたが、意地でどうにか意識を戻す。


「なんでお兄ちゃんが持ってんの?」

 

 そう言いながら妹はズカズカと室内に足を踏み入れ、僕の手からワンピースを横取りした。そして眉をひそめ、こちらを睨む。


「ち、ちがうんだ志乃舞。僕はそんな、妹のワンピースの匂いを嗅ぐような変態じゃ」

「どうしてくれんの? これ皺くちゃじゃないのー」

「ご、ごめん……」

 

 顔をしかめる妹に、とにかく僕は平謝りに謝った。


「あーあ。アイロンかけ直さないと。ていうか心なしか生臭いんですけど。雑巾みたいな臭いしてるし最悪。お兄ちゃんのタンスってカビでも生えてるんじゃないの」

 

 ああ、きっと汗をたっぷり吸いこんだまま放置してたせいだな。家の中に人気がなくなってから洗濯機にかけようと思っていたのだが、間にあわなかったのだから、仕方がない。


「そ、そんなに酷い臭いか? 別に平気だろ。消臭スプレーでもかけとけば」

「大丈夫かなぁ」

 

 心底不安げな顔をする志乃舞。ごめん、と僕は心の中で頭を下げた。もしこれで、妹が「あの子ってクサいよね」なんて理由で友達から苛めを受けることになってしまったとしたら、それは僕のせいだ。


「しかもなんか、胸んとこ伸びちゃってるんですけど」

 

 確かに、胸のあたりの生地がビローンと伸びっぱなしになってしまっている。どう説明すればいいのかとオロオロしてしまったが、妹はそれを僕のせいだとは思っていないようだった。


「ま、わたしも成長してるってことかな♪」


 とってもポジティブな捉え方だ。あんなの自分の胸に当ててみるまでもなく、それが自分の胸の仕業ではないことくらい分かりそうなものなのに……。まあ今回の場合は気が付かれなくて何よりなのだが。


「どうしよう、これじゃ着られないなー。でも他のワンピは小さいし、ブラウスとスカートとかってどう組み合わせればいいのかわかんないし」

「あ、僕が見てやろうか? おかしくないかどうか」

 

 妹へのせめてもの償いとして、僕はなにかをしてやりたいと切に願っていた。こう見えて、女の子のファッションにはうるさいつもりだ。特にガーリーな路線のファッションであれば、おかしくないかどうかくらいなら、判別できると思う。

 とはいえそんなので妹が納得するわけがないだろう、と僕は思っていたのだが……。

 予想に反し、妹は嬉しそうな顔をした。


「ほんとに? 助かる! ありがと! ちょっと待ってね、持って来てみるから」

 

 そう言って妹は、上機嫌で自分の部屋へと去っていった。


 ――ふぅ。

 

 僕からコーディネートについてアドバイスを受けた妹は、「いってきまーす」とめずらしく声を弾ませながら、先程家を出て行った。

 

 どうやら何も疑われずに済んだようだ。妹のタンスを勝手に開けてワンピースを盗み出したなんてこと、決してバレるわけにはいかない。僕は安堵してベッドに腰掛けた。

 全く。何もかも蝉のせいだ。


「今日は、僕の服を着てもらおうかな」

 

 独り言を呟いて、大の字になってベッドに倒れる。

 

 たった二日間一緒に過ごしただけなのに、蝉の存在は僕の中でかなり大きな存在になっている。ひきこもっている僕にとって、この夏休みという膨大な空き時間を共にする奴って、家族以外では蝉しかいないもんな。

 

 昨日はセクロスとか言い出すから驚いちまった。いくら蝉なのだとはいえ、自分が年頃の乙女なんだってことを考えて行動すべきだよな。

 

 ていうかあいつがもしも、本当に蝉だとして、蝉の年齢で言ったら何歳くらいなんだろうか。抜け殻から羽化したて、ということを考えると生まれて間もない幼女? いや、でもセクロスするために蝉は羽化するのだ、と考えれば、女ざかりの二十代前半くらいか? それとも、死が近いということを考えると、婆さんなのか!?

 

 人間の姿からすれば、僕と同い年くらいの女の子なんだけどなあ。いまいちその辺は良く分からない。

 

 それから、昨日の説明でいくと、羽化してから蝉はさほど長くは生きられないのだから、奴だって早く求愛活動に勤しむべきなのではないのだろうか。他の仲間たちが命をかけて繁殖に力を注いでいるときに、僕の蝉嫌い克服、なんてどーでも良さそうなもんに付き合っていていいのだろうか?

 

 まあそもそも、あいつが蝉なのかも分からないんだけどさあ。


 なんて考えていたら、またいつのまにかうとうとと眠りに落ちていた。




 

 夢の中で僕は、女の子と一緒に河原で遊んでいた。

 

 どこの川なんだろう。木々や山に囲まれた、自然豊かな清流だった。


「ほら見て! またガラスの石だよ!」

 

 僕は得意になって、透明の石を拾い上げて女の子に見せている。


「ほんとだー。すごいね」

 

 女の子の顔も、川の水面も、キラキラと眩しいくらいに光り輝いていて、よく見えない。

 

 だけどその時、ぼくは思った。

 

 この子、本当はこんなに明るい子だったんだな、と。

 女の子はぼくがそんなことを考えているとも知らずに、夢中でガラスの石探しを続けている。彼女はまだ、一つも見つけていないのだ。


「ないなあー」

 

 スカートからパンツが覗いてしまっているのにも構わず、カエルみたいに地面に貼り付いてじっと石を目で追う彼女のあまりの懸命さに、ぼくは思わず噴き出し笑いした。


「ちょっと、なんで笑うの!」

 

 女の子がぼくを、睨む。


「ごめんごめん。ぼくも一緒に探すからさ」

 

 僕らはギラギラと日の照る中、河原の石をまるで仕事かのように真剣に見つめていた。

 しばらくたって。


「あ、あった!」

 

 女の子が、一つの石を拾い上げる。

 それは綺麗な丸い形をした、ガラスの石だった。


「すごい! それ、綺麗だね」

「うん」


 得意げに彼女が笑った。

 その時。

 空から、石が降ってきた。

 ギリギリ、ぼくたちには当たらなかったけれど、河原の上を跳ねた石は、コロコロ転がって彼女の足にぶつかった。


「誰だ」

 

 見上げると、橋の上に数人の男の子がいて、こちらを見てゲラゲラ笑っている。


「おい、早くそこをどけよ!」「お前も呪われちゃうぞ!」

 

 そう言って男の子たちは、ぼくにその場から去るよう指示する。


「コタ、いいよ、行って」

 

 女の子がぼそりと、呟いた。振り返ったら、その子はとても寂しそうな目をして、笑っていた。


「コタ、石ぶつけられちゃうよ。早く逃げた方がいいよ。わたしは大丈夫だもん」

「でも……」

 

 ぼくはその場から、動く気にはなれなかった。


「もういいから投げちゃおうよ!」

 

 男の子の一人が、はしゃいだ声でそう叫ぶ。

「そうだな」

 そして彼らは、あらかじめ集めておいたらしい小石を手に握り、その手を振りあげる。


「おばけ女! おばけ女!」

 

 石の一つが、ぼくの脇腹をかすめていった。

 あいつら、本気なんだ。それが分かった。


「危ないっ!」

 

 ぼくは彼女を庇うように上から抱きしめる。そして、そんなぼくの視界に映るのは。

 彼女の頭の上でちょこん、と結ばれた、イチゴの飾りのついたヘアゴム。


 「コタ! 川の中に逃げよう!」

 「わかった」

 

 ぼくと彼女は、急いで川の中へと飛び込んだ。

 

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