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06

「で、魔王様。明日はどうやってエルジュ王国へと向かうのですか?」

「転移魔法だ」

「転移!」


 ミランダが瞳を輝かせるのを見て、魔王は口の端をわずかに持ち上げた。

 ミランダのこの反応は、魔法を少しでもかじったことのある者なら当然のものだ。

 転移魔法は他の魔法とは一線を画す魔法だ。任意の場所へと瞬時に移動するこの魔法は、あまりに制御が難しく、全世界、人族と魔族を含めても、使える者は両手の指で数えられる程度だ。魔王や勇者といったある種の超越者を除けば、片手の指で数えられるだろう。


 同じ大陸での短い移動ですらその有様で、さらに大陸間を移動しようと思えば大がかりな儀式魔法となる。巨大な魔方陣が必要なそれは、魔法使いにとっては一種の憧れのようなものだ。

 今回は大陸を移動する転移のため、魔方陣を使うものになる。


「転移、儀式魔法、魔方陣……」


 ミランダは学園では王子と共にトップを争う成績だった。当然、魔法にもそれなりに詳しい。話でしか聞いたことのない魔法を見られると思うと、少し舞い上がってしまう。

 そんなミランダの様子を見ていた魔王は、意地の悪い笑顔を浮かべて、


「なんだ、お前にもかわいげというものがあるのだな」

「だって魔王様! 儀式魔法ですよ転移魔法ですよすっごく楽しみです!」

「そ、そうか……。うん。いや、いいが……。少し怖いぞお前……」

「え……。あ、その……。すみません……」


 魔王の笑顔が引きつったものに変わったことに気付いて、ミランダも我に返った。自重しよう。


「ともかく、明日は転移魔法での移動だ。そのつもりでいろ」

「こほん……。分かりました」


 ミランダが丁寧に頭を下げると、魔王は満足そうに頷いた。




 翌日。ミランダは魔王と共に執務室を出た。

 ミランダは特に移動を制限されていない。この優しい魔王なら、ミランダが城の他の場所を見に行っても、きっと怒るようなことはなかっただろう。

 けれど、ミランダはそれをしなかった。魔王からの心証を考慮したのもあるが、それ以上に、やはり魔族の城となると未知の部分が多すぎて、好奇心より恐怖心が勝ってしまったためだ。


 それを聞いた魔王には小心者だなと呆れられたが、人族なら理解してもらえるとミランダは思っている。

 だからこそ、ミランダが執務室から出るのは実に一ヶ月ぶりのことだ。ちょっとだけ楽しみだったりする。

 一目で高額だと分かる調度品が並ぶ廊下やきらびやかに輝く豪華絢爛な廊下を抜けて、城を出る。大きな広場には、数多くの魔族が並んでいた。


「……っ」


 思わず、息を呑む。まさに魔族の大軍勢。これから戦争でもするのかと思ってしまうほどの熱気。


「どうした」


 魔王が小声で聞いてくる。ミランダは強張った表情を両手でほぐし、魔王へと苦笑を向けた。


「いえ、申し訳ありません。少し、驚いてしまったというか……」

「ふむ?」

「はっきり言ってしまうと、これだけの軍勢を見たのは初めてだったので、怖かったです」

「あー……。理解した。すまん」


 魔王がばつが悪そうに目を逸らす。その魔王の反応を怪訝に思っていると、魔王は近くにいる魔族を呼びつけた。


「おい。総隊長」

「はっ! お呼びですか! 陛下!」

「今日はここで訓練をするな。邪魔だ」

「はっ! 畏まりました! 移動致します!」


 あっさりと、総隊長と呼ばれた魔族は移動を受け入れた。大軍勢を伴って、大きく開かれた門から出て行く。あっという間に、広場に残されたのは魔王と他数名の同行者だけとなった。


「この周辺は頑丈に造られているからな。彼らの訓練には丁度良いらしい」

「あの……。てっきり私は、全員で向かうのかと……」

「必要か? お前たち人族と違い、我ら魔族は魔王である俺自身が最高戦力だ。護衛が必要だと、思うのか?」

「な、なるほど……」


 いくら何でも暴論では、と思ってしまうが、魔王は本心からそう思っているようだ。

 だが、それと同時に、少し納得できる部分もある。そして今となっては決して戦争してはいけない、と強く思う。

 長い平和の時で、人族はそれに慣れてしまった。ミランダも自国と隣国の兵士しか知らないが、魔族と人族の兵士では見ただけで練度の違いが分かってしまうほどだ。


 もちろん、人族も訓練で手を抜いているわけではない。けれど、人族の大陸は多くの国があるために、それぞれの国境でお互いを警戒し続けている。

 対して魔族は魔王を頂点とする一つの国であり、そういった警戒は必要ない。ただひたすらに、次の戦争に備えて自身の能力に磨きをかけていく。

 さらに魔族は長命な種族が多い。それだけ個々人の能力が高くなる。

 もしも今、戦争などしようものなら、人族はかなり厳しい戦いを強いられるだろう。


 せめて、あの軍勢が魔王と同行して多くの国が危機感を持つことができたのなら、また変わったのだろうが、どうやら魔王は護衛すらつけない様子。魔王という超越者だけが特別と思ってしまっているのなら、きっと差はどんどんと広がり続けることだろう。

 このままで大丈夫だろうか。そんなことを考えていると、突然頭に何かを載せられた。見ると、魔王がこちらをじっと見つめていた。


「心配せずとも、今更我らがそちらに攻め入ることはしない。ここの兵士は訓練が好きな者が多いだけだ。あまり気にするな」

「はい……。でも、ちゃんと覚えておきます」

「ふはは。そうだな。覚えておけ。己の国から強くしていくといい」


 はい、と頷きはしたが、幽霊の身に何ができるのだろうか。

 魔王がエルジュ王国へと連れて行くのは、何らかの大臣が三名と、その大臣に従う侍女と護衛が一人ずつの九名だ。魔王は侍女すらいらないらしく、つまりは総勢十名となる。大陸を跨ぐ視察にしては、少人数だ。


「では、まずは魔方陣へと飛ぶとしよう」

「はい?」


 頭に疑問符を浮かべるミランダの前で、魔王の元へと同行者が集まる。そして魔王が指を鳴らした直後、景色が一変した。

 鬱蒼と生い茂る森の中、石造りの祭壇の上にミランダたちはいた。祭壇には幾何学的な模様、魔方陣が描かれている。慌てて周囲を見渡すが、城はどこにも見えなかった。


「転移魔法……? 魔王様は個人で使えるんですか!?」


 思わず叫びながら魔王へと振り返る。そしてすぐに、口を閉じた。


「これより大陸間転移の儀式を始める! 持ち場につけ!」


 今気付いたが、同行者の九名の他にも、大勢の魔族がいたらしい。数十人の魔族が、巨大な魔方陣の外側へと等間隔に並んでいく。

 そうして並んだ魔族たちが床に、魔方陣に触れると、魔方陣が仄かに光り始めた。


「わあ……」


 この光は全てが魔力だ。数十人の魔力によって魔方陣が起動する。あまりに多くの魔力を使うためか、ミランダですらこの場における魔力の高まりを感じるほどだ。


「すごい魔力ですね……」


 ミランダが呟くと、魔王がこちらを一瞥した。小声で応えてくれる。


「大陸間転移はそれだけの魔力が必要なのだ。そしてそれ故に、大陸を挟んだ向こう側でも、大規模な転移魔法が使われようとしていると分かってしまう。戦争で使われなかった理由だ」

「なるほど……」


壁|w・)次こそはエルジュ王国へ……。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 護衛が必要ないくらい強い魔王様 護衛とかお付きの文官連れていかないと殴り込みに魔王がやってきたと思われないか心配です(^^; [気になる点] 転移魔法つまりてんいーの復活の予感 [一言]…
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