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ミランダが首を傾げていると、王女が口を開いた。
「あの、勇者様。発言、よろしいでしょうか」
「ん……? 別に許可を求めなくてもいいけど。どうぞ」
「その、ですね。勇者様はお姉様……、ミランダ様のことを知っているのですか?」
ぎょっと目を剥いたのは侯爵と伯爵の二人だ。王女の口からミランダの名前が出たことが信じられないらしい。
そんな目を向けられた王女もどういうことかと狼狽している。全てを知る勇者だけが、彼らを興味深そうに眺めていた。
「ん……。私たちはすぐにここを出るから、ミランダと話したことのある三人には、とりあえず全部伝えておこうかと。ミランダ、いいよね?」
今更だめだとは言えない雰囲気なんですが。この勇者、狙ってやったのではないだろうか。
ミランダは頭を抱えたくなりつつも、問題はないだろうと頷いた。
ミランダが処刑されてから魔王に取り憑いたこと、ルークという留学生が魔王本人であること。即ち魔王が協力者だったこと。それを聞かされた三人は様々な反応を見せてくれた。
王女は頭が真っ白にでもなっているのか完全に呆けてしまっているし、侯爵は聞きたくなかったとばかりに天を仰いでしまっている。伯爵は、なにやら今にも泣きそうな顔だ。
「もちろんだけど、他言無用。約束、だよ?」
「心得ておりますとも……」
疲れたようなため息をついて、侯爵が頷いた。
「魔王様には、改めてご挨拶をすることはできますか?」
そう聞いてきたのは王女だ。これには勇者がすぐに首を振った。
「できない」
「何故です?」
「もう帰ったから」
なにそれ聞いてない。王女だけでなく、ミランダも愕然とした。
この話の流れで、寮に帰った、というわけではないだろう。魔王はすでに魔族の大陸に戻ってしまったらしい。
ならどうして自分はここにいることができているのか、と思ったが、すぐに思い当たった。今は勇者の魔力でここにいるのだろう、と。
勇者曰く。さすがに今回の事件で魔王が表に出ないわけにもいかないため、急ぎ転移魔法で帰ったとのことだ。この後すぐに、魔王から留学生ルークへと帰還命令が出されるらしい。もちろん形式上だ。その後の処理はよろしく、ととんでもない面倒事を三人に押しつけてしまった。
「え? 本人がいないのに……?」
「ん。頑張って」
「…………」
あ、王女様から魂が抜けてしまった。まあ、そのうち戻ってくるだろう。がんばれ。
「さて……。最後にミランダ。何か、伝えておくことはある? 私もずっとここにいるわけにはいかないから、ミランダも残ることはできないよ」
私は早く帰ってメルとお昼寝したいのです、という声は聞こえなかったことにしておいた。
目の前のテーブルに置かれているのは、紙片とペンが一つずつ。これは勇者が前もって取り出して置いたものだ。どうやらこのためのものだったらしい。
ミランダはペンを手に取ると、紙片を睨み付けた。さて、何を書こう。
ガネート侯爵への厳罰を求める? いやそれをすると本当に処刑ということになりそうだ。もうすでにその可能性も大きいが、さすがにミランダ自身が原因にはなりたくない。今でもまだ人死にに関わりたくはない。
三人にお礼を言うか? いやそれもどうだろう。この三人はミランダに負い目があり、それを理由に協力してくれたようなものだ。礼を言っても困らせてしまうだけだろう。
それならば。
ミランダはペンをさらさらと動かして、短い文をしたためた。
『私の友人たちを、よろしくお願い致します』
たったそれだけの文章で、何故ミランダがこんな騒ぎを起こしたのか察したらしい。特にその友人の一人を娘に持つ侯爵は大きく目を見開いていた。
「ああ……。もちろんだとも……。感謝するよ、ミランダ」
そう言って、他人の目があるにも関わらず頭を下げた侯爵と、すぐに同じように王女と伯爵も頭を下げる。
それを見て、ミランダはようやく、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
そんなわけで、帰還である。
「なんて懐かしく憎らしいお城。私は今すぐここを破壊したい気持ちでいっぱいです」
「やめてください」
勇者の転移で連れられて来たところは、魔王城。それはもう当然のように我が物顔で城に入り、使用人たちに挨拶をして、そして慌てて駆けつけた宰相に開口一番投げつけた言葉だ。宰相が蒼白になっている。本当にやめてあげてほしい。
「冗談。……多分」
「以前そう言っておいて魔王様と喧嘩して一区画を大破させたでしょうが」
「…………」
そっと目を逸らす勇者。前科持ちかこいつ。
「しかし私は過去を振り返らない女。具体的に言えばメルがいれば満足です。壊していい?」
「脈絡がないにもほどがあります」
「ふははー。わたしは傍若無人なゆうしゃさまだー」
「意味が分かりません」
なんだろう。すごく気安い関係のようだ。
おそらく、宰相は勇者と何度も顔を合わせているのだろう。自然とこんな軽口を言い合うようになったのかもしれない。内容が不穏すぎるし一度やらかしているのが少々問題だが。
「で、魔王は? いる? 戻ってきてないのならとりあえず執務室を壊してくるけど」
「戻っているので壊さないでください。執務室にいますのでとっとと行ってください」
「あいあいさー」
ひらひらと手を振って、勇者が城の奥へと歩いて行く。宰相はそれについて行くことはせずに見送ってしまった。
これは、いいのだろうか。仮にもかつての敵が城の深部へと入ろうとしているのだが。
勇者に聞いてみると、何故か少し笑われてしまった。
「なんですか」
「ん、ミランダは真面目だなと思っただけ。普通はおかしいと思う」
でも、と勇者が続ける。
「今更誰も止めない。本当に戦えば誰かが間に立っても意味はないから」
「そうですか……」
本当に、不思議な関係だ。
壁|w・)次の更新は明日。二話投稿です。




