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王城の奥。高位貴族ですら入ることが許されない区画。そこは王族が暮らす区画であり、入ることができるのは王族やごく一部の貴族、そして厳しい試験をくぐり抜けた使用人のみとなる。
その区画を、王の案内に従って進んでいく。ミランダにとっては初めて入る場所だ。好奇心に従って周囲を見回しているが、王族の暮らす区画のわりには落ち着いた雰囲気だ。
「今までの場所と違って、やすっぽい」
「勇者様!?」
同じことを勇者も思っていたようだが、言葉の選び方に遠慮がない。ミランダが思わず叫んでしまうと、勇者は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「もっと言葉を選びましょう……」
「選んだよ?」
「ええ……」
選んでそれなのか。本人が毒を吐いているのかと思ったが、どうやら勇者に悪気はないらしい。
ミランダが頭を抱えていると、王が苦笑と共に言った。
「ここは我らが暮らす区画です。誰かを招く場所でもありませんし、金をかけても意味はありますまい。必要最低限があれば十分ですよ」
「そう。まあ、いいことだと思う」
「ははは。そうですか」
王は朗らかに笑うが、勇者は相変わらずの無表情だ。
ここまで一緒にいると、何となく勇者の人となりが分かってきた。どうやら勇者は、あまり感情を表に出さない人らしい。常に淡泊な対応だ。感情はあるのかと疑ってしまう。
けれど、義娘を溺愛していることも知っている。感情がないわけではない。表に出さない人というだけなのだろう。どうしてそうなったのかは、ミランダには知る由もない。
通路を歩き、そうして案内されたのは、最上階の部屋の一つだ。その部屋の前では兵士が二人、警備していた。
「通るぞ」
王が言うと、兵士は素早く敬礼すると道を空けた。その動きだけで、一般の兵との練度の違いがよく分かる。王は満足そうに頷くと、扉をノックして開け放った。
部屋は小さな部屋だ。それでも最低限の家具は揃えられている。そしてその部屋の奥で、一人の少年が本を読んでいた。
「あ、陛下」
少年が顔を上げる。その少年を見て、ミランダは息を呑んだ。
なぜ。どうして。どうやって。そんな言葉が、ミランダの心の中で繰り返される。
少年は。ミランダの弟、ロニキス・フォン・エルメラドは、不思議そうに首を傾げて、王と共に入った勇者を見ている。
「えっと……。そちらの方は?」
ロニキスが聞いて、勇者は膝を折って視線を合わせて答える。
「初めまして。私は、アイリス」
「もしかして……勇者様?」
「ん……。そう呼ばれることも多い」
よろしく、と勇者が手を差し出すと、弟は嬉しそうに手を握って頷いた。
弟は勇者の伝説がとても好きな子だ。満面の笑顔から、弟が喜んでいるのがすぐに分かった。
「勇者様はどうしてこちらへ?」
「ん……。ちょっと用事で。王様に挨拶をしに来たら、ここに案内されたの」
なるほど、嘘は言っていない。
「少し、驚いた」
「何がですか?」
「ん……。えっと……。君の家族のこと、聞いてるから」
「ああ……」
得心したといった様子で弟が頷く。そうだ、自分もそこが気になっていた。
弟は自分と一緒に処刑されたはずだ。それがどうして、ここにいるのか。
「それは私が後ほど説明させていただきます」
王がそう言って、一歩前に出る。そうしてから、弟へと言った。
「ロニキス。勇者殿に例の件で力添えをしていただいた。明日からは、自由に外に出歩いて構わないぞ」
「え……」
弟が目をまん丸に見開いた。例の件、というのはガネート侯爵のことだろう。弟は王家に匿われていたらしい。ミランダが処刑されてすぐに保護されたのかもしれない。
弟はまじまじと勇者を見つめて、
「すごい……。やっぱり、勇者様はすごい……」
でも……。
「もう少し、早く来てほしかったです」
そう言って弱々しく笑う弟。勇者は何も言わずに優しく頭を撫でていた。
弟はミランダの処刑後すぐに、王によって処刑が止められたらしい。本当はミランダの処刑も止めるつもりだったらしいが、あと少しのところで間に合わなかったそうだ。
名目としては、法とはいえ子供を見せしめにするようなことは避けたいため、王家によって秘密裏に処刑する、ということになっていたらしい。
実際のところは、そうして保護した弟を外国に留学させ、ほとぼりが冷めた頃、それこそ十年ほど間を置いてから呼び戻すつもりだったとのことだ。
「魔王様の予想通りですね……」
「ん?」
「いえ、こちらの話です」
かつて魔王が、有望な子供なら国外に留学をさせて折を見て呼び戻す、ということを言っていた覚えがある。王は実際にそうしていたらしい。
もしかしたら。処刑のあの時、みっともなく泣きわめいて命乞いをしていたら、王が間に合って助けてくれたのかもしれない。
そこまで考えて、すぐに首を振った。例えそうだとしても、それは最早過去の話だ。選択の時は過ぎ去っており、やり直すことなどできはしない。故に今は今できることを。
そうして、気持ちを落ち着かせた。
さて、現実逃避はやめましょう。
ミランダが目を開ける。ここは、王城の一室。華美な装飾の目立つ、国賓を招く部屋の一つだ。
その部屋にいるのは、ミランダという幽霊を除けば、四人。
時折眠そうに欠伸をしている勇者。
その勇者をちらちらと緊張の面持ちで盗み見ている王女。
忙しいところを呼び出されたためか見て分かるほどに苛立っているらしいアトメシス侯爵。
何故ここに呼ばれたのか分からないといった様子の、パール伯爵。
侯爵が勇者を見て、口を開く。睨みたいのを堪えたのはすぐに分かった。
「そろそろ用件をお聞かせ願えますか? 私はこれでも忙しい身です。かの侯爵の罪の証拠品を集めなければならないのですよ」
「ん……。まあ、そう怒らないで。私においしいところを持っていかれたからって」
「…………」
うわあ、侯爵の頬がひくひくと痙攣している。
それにしても、おいしいところ、というのは何だろう。
「ん。侯爵はミランダのためにガネートを捕まえようとしてた。すごく頑張ってた。で、それを私が横から来て台無しにした。笑える」
「いや笑えませんから」
どうして勇者はこう口が悪いのか。ミランダがそう呆れていると、唖然としている他三人の表情に気が付いた。どうしたのだろう。
壁|w・)本当は弟君はこの後も出番があったはずなのですが、私が冒頭に出すのを忘れるという致命的なやらかしをしてしまったため、その部分は全カットです。すまない弟君。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




