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ここでようやく、部屋にいる者たちは魔王の存在に気が付いたようだ。魔族の留学生が何故ここに、といった様子で戸惑っている。無理もないと思う。何も知らなければ、無関係の者がいるように思えるだろう。
さて、と勇者が書いた文面を読む。
「うわあ……」
思わずそんな声が漏れた。
魔王曰く、記憶をのぞき見る魔法とやらで見たのだろう。侯爵が今まで行ってきた悪事がつらつらと書かれていた。
人攫いから始まる不法な人身売買は当然として、各屋敷に自分の息がかかる者を忍び込ませていることや、それらを使った悪事の数々、今回勇者が直接出てくることになった経緯とその原因、そしてそれらを裏付ける証拠がどこにあるかなど。これはひどい。ミランダが知らない悪事も大量だ。
これは、貴族にとっては恐怖だろう。必要悪故に見逃されている貴族も当然ながらいる。勇者がその気になればそれらも全て暴かれるというわけだ。
もっとも、実際のところは勇者にそれをするつもりがないことは何となく分かるのだが。
「ん……。これもついでに。君は知りたいだろうし」
勇者がミランダだけに聞こえる声でそう言って、さらに書き加える。
エルメラド公爵家が連座となった理由は、何かしら情報を持っているかもしれないことを恐れたガネート侯爵が強く勧めたからのようだ。父はそういったことがないようにミランダに渡る情報がないようにしていたが、結果的に裏目に出てしまったのは何の皮肉か。
アトメシス侯爵の名を使ったのは、自分にたどり着けないようにするため。
なるほど、とミランダが頷いていると、さらに自分の目の前に薄い文字が浮かび上がった。魔王が時折自分と会話をするために使っていた方法だ。
『君にだけ補足。魔王がこんなに回りくどいことをしていたのは、私が正当な理由がない限り、どちらの陣営にも肩入れできないから。これは王族なら誰でも知ってる』
「え……?」
『種族間の戦争の理由にならない限り、私は介入できない。今回は魔族が殺されそうになった、という建前で、介入した。だから魔王のことは秘密』
魔王がガネート侯爵を挑発したり煽っていたりしたのはそういった理由かららしい。
ミランダが一人納得している間に、勇者は少し離れて王へと先ほどまで書いていた紙を渡していた。その際、何か耳元で囁いたのがミランダからでも見て取れた。
王の顔色が真っ青になって、扉の側にいる王女を見る。つられて振り返ると、王女は沈痛な面持ちで俯いてしまった。
きっと、禁忌の魔法のことを伝えたのだろう。さらに勇者が何かを囁いて、王は安堵のため息をついた。
勇者がこちら側へと戻ってくる。ミランダの目の前に立つと、少しだけ、本当に少しだけ、微笑んでくれたのが分かった。
それだけで、察した。きっと勇者は、魔王からミランダのことを聞いているのだと。
勇者は再び王へと振り返ると、
「私がするのは、こいつが悪事をしていたことを保証してあげること。対外的なことは、自分たちでしてほしい。証拠集めも含めて、だよ。任せるから」
「畏まりました。すぐに対応させていただきます」
王がそう言って、何事かを指示し始める。すると誰もが慌ただしく動き始めた。数人を残して、勇者へと一礼して退室していく。
そうして残されたのは、王と王女、宰相、大臣二人だ。あとは護衛の兵士が数人。こちらは勇者と魔王がいるままになっている。
「そこの魔族の少年が件の子だ。対応を頼む」
王が言うと、畏まりましたと大臣二人が魔王へと歩み寄ってきた。
「勇者。ミランダを預けるが、構わないな?」
「ん」
「はい?」
何故か自分は勇者に預けられることになった。いや、取り憑く相手が変わったわけではなく、単純にここに残れということなのだろうが。けれど、何の用事だろう。
ミランダが首を傾げている間に、魔王は大臣二人に案内されて退室していった。
「お前たちも、全員下がれ」
王の声。すぐに、護衛の兵士たちも退室していった。何か言いたげな様子ではあったが、さすがに勇者を疑うようなことはしないらしく、一礼して出て行った。
これは、なんだろう。どういった状況だろう。自分は何をすればいいのだろうか。
「ん。それじゃあ、王様。ここに、ミランダがいる」
あっさりと。勇者は王様に自分のことを伝えてしまった。
「勇者様!?」
「ん?」
いや、そんな不思議そうに首を傾げられても。見た目だけは正真正銘の美少女なのでとてもかわいい。今までのことを見ていると鬼か悪魔にしか見えないが。
「ん……?」
「いえ何でもありません」
この勇者、目を合わせていなくても心が読めるのではなかろうか。不機嫌そうに眉根を寄せた勇者に、ミランダは慌てて首を振った。
「ミランダ」
王がミランダを呼ぶ。気付けば王は、椅子から立ち上がり、こちらをじっと見つめていた。わずかに視線が逸れているのは、見えないがためだろう。
「今、この場にいるのは娘と勇者殿、そして君だけだ」
どうしてわざわざそんなことを言うのか。
いや、なんとなく、分かる。王として、してはいけないことをしようとしているのだと。
そう察した直後に、王は深く頭を下げた。
「君と、ご両親を助けられなくて、すまなかった。言い訳は、しない。最終的に処刑の命令を下したのは、私だ。私が殺したようなものだ」
「…………」
「私が、最初から彼のことを信じることができていれば、こんなことにはならなかったはずだ」
王は後悔しているようだった。
王が父のことを信用して、全てを話してくれていれば、父は謀反を企てるようなことはしなかっただろう。そう考えると、王の判断が元凶のように思える。
「でも、それを言い始めると、きりがないじゃないですか。もっと言えば人攫いなんてしていたガネート侯爵が悪いですし、彼にも何か理由があったもしれません。陛下がそこまで気にする必要はありません。……謝罪だけ受け取っておきます」
そう言って、頭を下げようとして。
王は一切反応しなかった。それも当然だ。ミランダの声は届いていないのだから。
「えっと……。勇者様、伝えてもらっていいですか」
「ん。分かってた」
勇者は苦笑すると、先ほどのミランダの言葉を正確に伝えてくれた。
「ありがとう……。そして、もう一つ、話しておかないといけないことがある」
「はい?」
「君の弟についてだ」
壁|w・)読み直して投稿してさあ予約だ、という段階であることに気がつきました。
慌ててプロローグから読み直しました。
そして愕然としました。ちらっとでも触れている予定だったはずの弟君がかけらも出てきてない。
公爵一家でいっしょくたにされてやがる……。
本筋には入ってこない添え物なので強行突破です(開き直り)
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




