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「お初にお目にかかります、勇者アイリス様。私は……」
「ん。王女様。知ってる。これの記憶をのぞき見したから」
それを聞いた瞬間、何故か王女は顔色を悪くした。何か、知られて困ることでもあったのだろうか。
「その……」
「んー……。やり方は褒められないけど、今回は不問にします」
ほっと、王女が安堵のため息を漏らす。側にいるメイドはわずかに怪訝そうにしていたが、しかしすぐに表情を消していた。なかなかに優秀なメイドだ。
それにしても、と思う。一体何のことを話しているのだろうか。
「魔王様、何か知ってます?」
「ああ……。おそらくだが、王女はガネート侯爵に対して軽い洗脳と錯乱の魔法をかけていたぞ」
「両方とも禁忌ですよねそれ……。いつ?」
「俺が夜に起きた時だ。俺にとっては害になりそうにないからな、放っておいた」
「あの時ですか……」
あの夜の言動はよく分からなかったが、あれは魔法を感じ取ったからこその反応だったらしい。納得したところで、勇者と王女の方へと意識を戻す。どうやらこの後はあの馬車に乗って移動するようだ。
「ん。早く」
ふと、勇者が魔王へとそう言った。これに困惑したのは王女だ。どうして学生を、などと思っているのだろう。
「必要だから連れて行く」
「そうですか? 分かりました。ではそこの方も、馬車にお乗りください」
魔王は、それはもう心の底から嫌そうに顔を歪ませて、逆にそれを見た勇者はどこか楽しそうに口の端を持ち上げた。この魔王の反応を見たいがために言っているのではないだろうか。
現在の表向きの立場、つまり学生では貴族、それも王家の誘いを断ることなどできず、魔王も仕方なく馬車に乗った。
向かう先は当然、王城だ。その道中は、誰もが無言だった。王女は緊張を隠すことができずにちらちらと勇者を見ているし、勇者はそんな視線もどこ吹く風と完全無視で欠伸までしている。魔王は魔王で我関せずとばかりに目を閉じていた。
王城に到着すると、王女は自分から馬車を降りて、勇者を案内し始めた。なお、侯爵は引きずったままである。
「いい加減かわいそうに思えてきました」
「そうだな。楽にしてやるか?」
「それ、殺すって意味ですよね!?」
「むしろそれ以外に何があると?」
「え? あれ? 私がおかしいんですか?」
そんな魔王とのやり取りに、勇者が小さく噴き出した。何が琴線に触れたのか分からないが、くつくつと楽しそうに笑っている。唐突に笑い始めた勇者に、前を歩く王女は訝しげにしていた。
「勇者様?」
「ふ、ふふ……。なんでもない……」
ちらりと、勇者がこちらを見て、そしてすぐに視線を戻してしまった。一瞬だけだったが、その目はとても優しいものだった。
階段を上り、広い廊下を通って案内された部屋は、謁見の間と呼ばれる部屋だ。最奥に玉座がある広い部屋で、すでに多くの貴族が集まっていた。
「ようこそ、勇者アイリス。歓迎しよう」
玉座に座ったまま、王が言う。勇者は少しだけ面倒そうにしながらも、立ったまま一礼した。
「初めまして、エルジュの王様」
平伏はしない。口調も少し軽いもので、とてもではないが一国の王に対する態度ではないだろう。
けれど、それについて誰も何も言おうとしない。ミランダも、勇者を見ることそのものが初めてなので少し不思議な感覚はするが、それでもおかしいとは思わない。
勇者は立場を持たない。誰かの下にいるわけでもなければ、上にいるわけでもない。完全な中立、ということになっている。
だがそれは、そういうことになっている、というだけのことだ。
勇者の発言力は、人族の間でなら間違い無く頂点と言える。彼女が悪と断じれば、例え何の関係もない無実な者でも裁かれてしまうだろう。それほどに、勇者の言葉は重い。
そしてだからこそ。もしくはそれが嫌になったのか。勇者はほとんど表に出てこない。死亡説が主流になるほどに。
だからこそ、貴族は誰もが口を閉ざす。彼らからすれば関わり合いになりたくない、というのが本音だろう。
王はそんな貴族たちの内心を分かっているのか、薄く苦笑しつつ勇者へと問う。
「本日はどういったご用件で?」
「ん。引き渡し。こいつ」
そう言って勇者が目の前にガネート侯爵を放ると、誰もが息を呑む音が聞こえてきた。王も、目を瞠って固まってしまっている。
「王女様。紙とペン、もらえる?」
「え? あ、はい! すぐにお持ち致します!」
王女が慌てたように部屋を出て行く。その後は、無言の時間だ。誰もがガネート侯爵を注視している。
しばらく待っていると、王女が戻ってくるのと同時に、ガネート侯爵も目を覚ました。
「う、ここは……。な!? 陛下!?」
「うむ」
鷹揚に頷く王。何を言っていいのか分からない、といった様子だ。
「王よ! お助けください! 私は……」
「黙れ」
勇者のその一言で、ガネート侯爵の声が止まる。勇者に怯えて口を閉ざした、というわけではなく、いかなる手段か物理的に口を閉ざされているらしい。
ガネート侯爵が振り返る。怯えた目で勇者を見る侯爵の顔色は、いまや真っ白だ。
勇者は王女から受け取ったペンで、紙に何かを書いていた。少し気になって後ろから見てみる。勇者がこちらを一瞬だけ見て、そしてわざわざ見やすいように少し持ち上げて書いてくれた。
「ありがとうございます。勇者様」
「ん」
出会ってからここまで、勇者の恐ろしい面しかほとんど見ていなかったが、思ったよりも優しい人なのかもしれない。
「おい。俺にも見せろ」
「あとで教えてもらえばいい」
勇者が常時冷たい相手は、魔王だけのようだ。かつては殺し合った間柄なのだから、それも当然か。
壁|w・)その、なんですか、あれです。
なんか自分でも斜め方向にいっちゃったと思ってます。
ぶっちゃけエタりたいところですが、無理矢理にでも完結させるですよ……!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




