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「お前らは勇者に幻想を抱きすぎだ」
ふと、魔王が言った。楽しそうに勇者を眺めながら、
「勇者は、昔は確かに人間のために戦っていたが、平和になった今はかなり独善的だ。自分の欲望に素直だ。邪魔されると、それはもう当然怒る」
「はあ……」
「奴も言った通り、今の平和は薄氷の上に成り立つ。だがそれでも、平和だ。それ故に、俺と勇者にはこの平和を維持する責任がある」
「なるほど?」
「うむ。で、だ。争いの種になりそうなことは事前に潰す必要があるわけで、そうなると奴も動かざるを得ないということだな。つまりは娘との時間を邪魔される。怒る」
「ええ……」
勇者のイメージが崩れてしまう。それはもう粉々に。
けれど、まあ、それでも。悪いイメージには、ならない。
「勇者も人間ってことですね」
「ふはは。そういうことだ」
勇者に視線を戻すと、勇者の右手からいつの間にか剣が消えていた。そして、代わりに侯爵の首を掴んでいた。
「え。なんで?」
驚くミランダと、慌てる兵士たち。恐怖に目を見開く侯爵に、勇者は静かに告げる。
「ん……。ちゃんと、私の目を見てね?」
勇者の瞳が仄かに光っていることに気が付いたのは、恐らくミランダと魔王だけだっただろう。
読心の魔法。
「間違ってはいないが、あれはより強力にしたものだ」
「強力、ですか?」
「うむ。本来読心の魔法は、相手に気付かせないようにするために、ある程度調整して使うものだ。だが今回のあいつの読心は、もはや隠すつもりもないらしい。つまりは、強制的に記憶をのぞき見ている」
「うわあ……」
やりたい放題だ。あの勇者、魔王よりも遠慮も容赦もないのでは。
「今回は事が事だからな。やつも、何もなければそんなことはしない。というよりも、何もなければ世俗に関わることすらしないからな」
「はあ……」
そんなことを話している間に、勇者の魔法は終わったようだ。侯爵の首から手を放し、そしてその頭を踏みつけた。
それを止めるべき兵士たちは、身動き一つ取っていない。ただ、息を潜めて、成り行きを見守っている。自分が標的にならないようにとしているかのように。
「ん……。ガネート侯爵。これから、この国の王様に会いに行こう」
「な、なにを……」
「君の罪を、私が証言してあげる。今回のことも、そして、人攫いのことも。安心していいよ、例えこの国で許されても、私が、絶対に許さないから」
それを聞いた侯爵が、ついに気を失ってしまった。勇者は鼻を鳴らして、侯爵の足首を掴む。そしてそのまま、引きずりながら歩き始める。そうして、魔王の元へと歩いてきた。
「歩いて王都に行く。そっちは?」
「うむ。楽しそうだ。同行しよう」
それはもう、心底楽しそうに笑いながら、魔王は頷いた。
「あの、勇者様。私のことは見えていますか?」
少し緊張しつつも、勇者に声をかけてみる。勇者はミランダを真っ直ぐに見て、淡く微笑んだ。とても綺麗で、優しい笑顔だ。
「ん。見えてるよ。魔王から聞いてる。大変だったね、ミランダ」
「あの、えっと……。ありがとう、ございます? いえ、それはいいんですけど、歩いてというのは……侯爵は……?」
「ん? 引きずるけど」
何を当然のことを、とばかりに首を傾げる勇者に、ミランダの頬は自然と引きつった。
「諦めろ、ミランダ。勇者はこういう奴だ。敵対した者には容赦しない」
「理解しました……」
侯爵を引きずりながら歩き始める勇者。その足はまっすぐ王都へと向かっている。さすがに侯爵が不憫に思えてくるが、しかしこの先待つのは勇者が認める罪の裁きだ。まだまだこれから、である。
「さて、この国ではどこまで騒ぎになることやら」
「え?」
「あいつは、姿を隠す気はないからな。このまま王城へと向かうと思うぞ」
「え」
勇者を見る。引きずられる侯爵を見る。なるほど、と頷いた。これは、大変だ。
「でもどうしましょう、魔王様。ちょっぴり楽しみです」
「ふははは。気が合うな。俺もだ」
ミランダと魔王は、鼻歌交じりに歩く勇者の後を追った。
侯爵の私兵たちは、結局最後までそれを見送ることしかできなかった。
のんびり歩く、ようなことはなく。途中で走ったり飛んだり侯爵を落としたりを繰り返しながら、昼過ぎには王都にたどり着いた。なお、侯爵に怪我はない。防御魔法なりなんなりかけた、とは勇者の言だ。なんなりとは。
その侯爵も何度か目を覚ましている。覚ましてすぐに飛んでいる最中に落とされたりして、必ず気絶しているが。
そうして勇者が門までたどり着くと、門の前に立つ兵士は困惑したようだった。
「え? は? ゆ、勇者様……?」
「ん。王様に会いたいから、通りたい。いいよね?」
「あの……。その、ガネート侯爵は……」
「それで話がある。だから通りたい。……いいよね?」
「は、はは! もちろんです!」
慌てたように敬礼をする兵士。勇者は片手を上げて挨拶をして、そのまま通っていく。
そうして勇者が街中に入ると、一瞬だが音が消えてしまった。
多くの本に勇者の姿絵は載せられている。その伝説上の勇者が、突然現れたのだ。無理もない反応だろう。そんな静かな街を、勇者は気にせず歩いて行く。もちろん、侯爵を引きずって。
次第に音が戻ってくるが、それはほとんどが囁き声だ。誰もが、本物の勇者なのかという戸惑いと、あの引きずられている男は誰だ、という話を口にしている。
王城まであと半分、というところになって、向かう先から馬車がやってきた。豪華な装飾の施された馬車だ。その馬車は勇者の目の前でとまり、仕方なく勇者も足を止めた。
まずはメイドが降りてきて、そしてそのメイドに手を取られて、王女が姿を現した。
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