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さて、と魔王は級友たちへと振り返った。ディーゴしかろくに知らないが、とりあえずは仲間の予定だった者たちだ。挨拶ぐらいはしておこう。
「どうやら俺は別行動らしい。とても残念ではあるがな」
「そんな……」
魔王に何か言おうとしていた女子が見てわかるほどに落ち込んでいるが、これは触れない方がいいだろう。魔王にだって、対応したくない事柄というものがあるのだ。
「大丈夫ですか?」
ディーゴが不安げに聞いてくる。誰でも分かるだろうほどに怪しいのだから、彼の心配ももっともだろう。
しかしそんな必要はない。問題ないと丸く手を振れば、ディーゴは小さく頭を下げて一歩下がった。これ以上は言うつもりはない、という意思表示か。
「では行こうか」
兵士へと促すと、彼は小さな舌打ちをして歩き始めた。
兵士が手配したという馬車に乗り、王都を出て二時間。いい加減黙って揺られるのも面倒になってきた。
馬車の中には荷物の一つもない。遠征訓練だというのに、だ。どうせ使わないだろうと思われているのだろうが、そうであってもカモフラージュとして買う必要はあったと思う。
こいつ、いやこいつらは、騙すつもりがあるのだろうか。
「魔王様。本当に大丈夫なんですか?」
ミランダは先ほどから何度も同じことを聞いてくる。心配かけているというのは分かるが、少しばかり鬱陶しいとも思えてしまう。
「お前は本当に、俺がどうにかなるとでも思っているのか?」
「それは思っていませんけど」
即答。信頼してもらえていると思えば、いいものかもしれない。それはそれで少し寂しい気もするが、これぐらいの扱いの方がまだまだ接しやすいというものだ。
「では何を心配している?」
「やりすぎないかどうかですが」
「まあ、そうだろうな。案ずるな、今回俺からは手出しをしない」
「はい……?」
これにはミランダも驚いたようだ。わずかに魔王の口角が持ち上がる。人を驚かせるというのは、やはりなかなか楽しいものだ。
「あの、魔王様? なら、どうするつもりなんですか?」
「襲われるなら襲われるつもりだが」
「いやいや待ってください、さすがに危ないです!」
焦ったようなその声を、魔法は鼻で笑ってやった。今更何を恐れているのか、と。
「そもそも、襲われはするだろうが……」
「ついたぞ」
御者台からの兵士の声。先ほどの兵士だ。魔王は口を閉じると、すぐに了解した、と返事をする。
「魔王様!」
「ああ、そうだ。ミランダ。人族にとって、勇者とはどういうものだ?」
何故唐突にそんなことを、とでも思っているのだろう。ミランダは訝しげに眉をひそめていたが、時間がないことが分かっているのかすぐに答えた。
「英雄です。どんな人かは分かりませんが、全人類の英雄であり、皆の憧れです」
「ふはは。憧れか。そうかそうか」
「いえ、魔王様、そんなことよりも……」
それ以降はミランダを無視して、魔王は馬車を降りた。
兵士に促されて、馬車の前まで行く。そこで待っていたのは、
「ふむ。これはこれは、お久しぶりですね、ガネート侯爵」
ガネート侯爵と、そして数十人の兵士たち。なるほど、彼らが侯爵の私兵らしい。屋敷にいるのが精鋭だと聞いていたが、他の者も勝るとも劣らない者たちだ。よく鍛えられている。
「それで? 随分と物々しい様子ですが、俺に何かご用ですかな?」
「ふむ。いや、なに。遠征訓練だと聞いたのでな、協力してやろうと思って来たのだよ」
侯爵が、笑顔でそう言ってくる。嫌悪感を覚える笑顔だ。醜い笑顔であり、そして人間らしい顔。
「ほほう。何をなさるおつもりで?」
「そうだな。まずは模擬戦といこうか?」
「模擬戦か。悪くない。筋書きは?」
にやにやと、意地の悪い笑顔でもって聞けば、侯爵は笑顔を凍り付かせた。一瞬の無表情の後に表れたのは、憤怒の表情。
「なぶり殺しだ。我らの誇りを穢した罪、その命で償ってもらおう」
「正気か? 俺は正式な留学生だ。魔族と戦争でもしたいのか?」
侯爵は鼻で笑うと、隣の兵士から渡された紙を広げてきた。それは見覚えのあるものだ。先日、侯爵の屋敷で書いた契約書だった。
「これに、期日を書かなかったな」
「それを免罪符にするつもりか」
「いかにも。お前は遠征訓練で、もう一度模擬戦がしたいと言ったそうだ。そこで今回、我らもしっかりと準備を整えて、応じることにした。装備さえしっかりとあれば、問題なく勝つことができた。しかし残念ながら、その模擬戦の際に頭を強く打ってしまい、亡くなってしまった」
「ははは。それがまかり通ると、本気で思っているのか?」
もしも本当にそういったことがあれば、魔王なら全力で真実を追究する。必要なら国そのものを滅ぼすことすら視野に入る。敵対者に容赦などするつもりはないのだ。
「間違い無く通るとも」
しかし侯爵はそう信じて疑っていないようだ。誰かのお墨付きでももらったのだろうか。
「ふむ。では俺も今回は全力で抵抗しなければならないな。半数は最低でも道連れにできるぞ」
「できるものならやってみせるといい」
侯爵は自信を持って言っているようだが、気付いているのだろうか。周囲の兵に、動揺が広がっていることに。
本当に。下らないことになってしまった。もう少し楽しい催しになるかと期待していたのだが。
侯爵の目を見る。狂気に彩られた瞳。禁忌の魔法にも精通している魔王だからこそ分かる、魔法の痕跡。
かなり無理矢理な方法ではある。しかし最短であり、ある意味では合理的だ。利用される形になってしまったことに不満はあるが、こちらとしても長引かせるのは面倒だと思っていたところだ。これもまた、人間の選択である。
「よかろう。俺は一切の手出しをしない」
侯爵が目を見開き、ミランダが慌てたように魔王を呼ぶ。それらの反応がなかなか心地良い。
「正気か?」
「無論だとも。しかし、よく考えて行動することだ。今からお前らがやろうとしていることは、無抵抗の魔族を殺す、ということだからな。化け物が動くぞ?」
なお、その化け物は自分自身だが。こういう言い方をすると、少しだけ自己嫌悪に陥る。化け物。化け物か。少し寂しい。
「戯れ言を……。やれ! 殺せ!」
「はははついに訓練の形すらなくなったなははは!」
魔王の笑い声に兵士は戸惑い、固まっていたが、
「いくぞ! 侯爵のご命令だ! 俺に続け!」
一人、おそらくは隊長などといった上位者だろう、男が剣を持ってこちらへと走り始め、続けて他の数人も前に出る。慌てたように魔法の詠唱を始める者たちもいた。
「ははは! 心地良いほどの殺意を感じるぞ!」
「魔王様! それっぽいこと言ってますけど、どうするんですか! さすがに殺されますよ!?」
「ん? まさかミランダ、本当に俺を心配しているのか……?」
「心配ぐらいしますから!」
これは驚いた。まさか心配されるとは思っていなかった。魔王と勇者がどれほど規格外か、教えたつもりだったのだが。
しかしさすがに今は時間がない。
「どうもしないとも!」
「なんで!?」
もちろん、必要ないからだ。
「おおお!」
魔王へと剣が振り下ろされ、そして大きく切り裂いた。魔王の体から血が溢れ、斬りつけてきた男を濡らしていく。
「ふむ……。すまんミランダ、意外とまずいかもしれぬ」
「えええ!?」
驚くミランダの前で仰向けに倒れる魔王。さすがに一切の容赦なく斬られるとは思わなかった。人族というのは薄情なものらしい。煽ってきた自分が言うのもおかしいか。
さて。まだか?
魔王がそう考えた直後、頭上から、声が振ってきた。
「ん……。何やってるの?」
少しぼんやりとした声。気付けば兵たちの声が聞こえなくなっている。いや、狼狽えているようなざわめきは聞こえてきている。
魔王が少し視線を上向かせると、すぐに乱入者の姿があった。
「わざわざ斬られたの? 魔王、もしかしなくても、馬鹿だったりする?」
「お前はなかなか情け容赦なく罵倒してくるな」
この少女は本当に変わらない。昔も、今も、そしておそらくこれからも。魔王をただの一人の人間として見る、希有な存在だ。
そして、魔王と同じ、規格外。
「待ったぞ、勇者」
白銀の勇者は、ん、といつものように、短い返事をした。
壁|w・)きちゃった。
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