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なるほど、とミランダは頷いた。一体いつから、ガネート侯爵は計画を立てていたのだろう。それとも、本当にただの偶然なのだろうが。ミランダには判別のつかないことだ。
「貴重な情報の提供、感謝するよ。ミランダ。私はこれから少し調べることがある。一週間以内に形にしてみせよう」
なんだろう。侯爵の笑顔が、魔王の笑顔と同じように見えてしまう。とても悪い笑顔だ。いわゆる、目が笑っていないというあれだ。誰かの上に立つ人はこの笑顔ができないといけないという決まりでもあるのか。
「いい度胸だガネート……。ふふ、ふ、くくく……」
どうしよう、怖い。逃げたい。
『何か分かりましたら、教えてください。また、来ます』
「ああ。期待して待っておいてほしい」
ミランダは侯爵の返事を聞くと、すぐにその場を後にした。アトメシス侯爵は信じられる。だから、きっと大丈夫。笑顔が怖いけど。
「そう言えば、昔フローラが言ってたっけ。お父様はたまに笑顔が気持ち悪いって」
次の機会に忠告をしてあげよう。少しは改善されるはずだ。
なお、後ほどこの話を魔王にしたところ、やめてやれと止められてしまった。どうしてだろう。
・・・・・
「いいかい? ルーク。騎士たちの言うことをしっかり聞くんだよ? 絶対だ。約束だよ?」
「分かった分かった。お前は俺の母親か」
朝。魔王がそろそろ行こうかと部屋を出ようとしたところで、ロイドが訪ねてきた。そしてそれから、同じ事を何度も何度も繰り返し言われている。そんなに自分に信用がないのだろうか。
「魔王様。胸に手を当てて過去を振り返って下さい」
「ふむ。何も問題はないな」
「だめだこいつ。手遅れだ」
失礼なやつだ。だがこの遠慮のない言葉を、魔王は意外と気に入っている。普段は、誰もが膝を折り、敬ってくるからだ。まあ、宰相はまだましだが。
「ルーク。聞いているのか!?」
「お前も本当にしつこいな……」
一国の王子がこれだけ心配をしてくるとは。もしかすると、魔王の行動を心配しているというよりも、その周囲の動きを気にしているのかもしれない。騎士が周囲にいれば、滅多なことはできない、そう考えているのだろう。
「とてもどうでもいい」
「なんだって……?」
「すまん。何でも無い」
これはお小言が長くなる。魔王はおざなりに手を振ると、さっさと部屋を出ることにした。
「ルーク! 本当に! 頼むから本当に頼むよ!」
「もはや意味を成していないぞ……」
ロイドの心配性に呆れながらも、魔王はさっさとその場を後にする。
そうして寮の前へと行ってみれば、今回の遠征訓練のメンバーが集まっていた。魔王の他は、魔人のディーゴと、人族が三人。計五人だ。
「やあ、ルーク」
ディーゴが手を上げて挨拶をしてくる。彼もようやく魔王への態度に慣れてきたようだ。何よりである。
人族の三人も次々に挨拶をしてくる。そのうち一人は女子なのだが、こちらを見る視線が妙に熱っぽい。ディーゴへと視線で問いかけると、小声で教えてくれた。
「魔王様に気があるらしいです。今回の遠征訓練の間で告白すると聞きました」
「そうだろうとは思っていたが、どこにそんな要素があるのだ」
「格好良いからだと思いますよ?」
そういうものか。比較的人に近しい姿を選んだので、そういうこともあるかもしれない。
とりあえず先ほどから急激に機嫌の悪くなったミランダをどうにかしたいところだ。
ミランダへと視線を向ければ、人を殺せそうな目でその女子を睨み付けていた。
今朝方、アトメシス侯爵との話を聞いたが、ミランダも十分目が怖いと思う。自覚はないだろうから、魔王からも何も言うつもりはないのだが。というよりも、言うと魔王の方の身が危ないような気がする。こんなことを思ったのは勇者に同じことを言った時以来だ。
もっとも、あの時は身の危険どころか本当に死にかけたが。
「それで? この後はどうすればいい?」
魔王がそう聞くと、態度を戻したディーゴがすぐに答えてくれる。
「もうすぐ、教導役の兵士たちが来てくれるはずだ。あとはその人たちの指示に従えばいい、はず。少なくとも前回はそうだったから」
「ふむ。なんとも、つまらんな。馬車で砂漠に連れて行って放り出すぐらいすればいいものを」
「いや、さすがにそれは……。え? 待って、もしかしては以前はそんな訓練があったのですか?」
最後の方は小声での問いかけだった。意地の悪い笑みを浮かべ、肩をすくめてやる。明言はあえてしない。
だがそれで何かを察したのだろう、ディーゴは少しだけ顔を青くしながら、今の時代に生まれてよかった、と呟いていた。軟弱だ。
「あ、あの! ルーク君!」
そうしている間に、例の女子が話しかけてきた。それはもう、顔を真っ赤にして緊張しているのがすぐに分かる。
「魔王様。こいつ殺しましょう」
ミランダ、お前は何を言っているんだ。
復讐ですら人死にが出ないようにしていたのに、沸点が低すぎではなかろうか。
「あ、あのですね! よければこの後……」
「失礼」
その女子の声を遮ったのは、聞き覚えのある声だ。見ると、こちらに歩み寄ってくる兵士がいた。
「久しぶりだね。ルーク君」
それは、ガネート侯爵の私兵の一人だった。あの時魔王が何もさせずに叩き伏せた兵士だ。会話はしていなかったが、声だけ聞くと優しそうな声音だと思う。
「ああ……。お久しぶりです」
とりあえず丁寧に対応しておく。ぎょっと目を剥いたディーゴで色々と台無しだが。
「用件は何でしょう?」
「うん。遠征訓練だけど、君は特別枠に入ることになった。俺たちと同じ班さ。自分で言うのもなんだけど、俺たちは優秀だからね。光栄に思ってほしい」
「ははは。それは光栄だ。弱者に教わることがあろうとは」
兵士の頬が思いっきり引きつった。額に青筋が浮かんでいたが、どうにか言いたいことを堪えたようだ。深呼吸してから、笑顔を貼り付けていた。今にも歪みそうな笑顔だが。
「これは手厳しい。まあ、遠征訓練ではさすがにそうはいかないさ」
「是非ともそうであってほしいですね」
「…………」
ぴくぴくと、顔のいたる筋肉が痙攣している。実に、面白い。
「やめてあげてくださいよ……」
「ははは。面白いな。ははは」
「やめてあげてください!」
さすがに見かねたのかミランダが止めてくるが、気にせず魔王は笑う。その魔王の笑い声に兵士の顔は怒りで真っ赤になっていた。十分楽しめたので、この程度で許しておこう。
壁|w・)どこかの侯爵の邪魔が入る前にどこかの侯爵が動き出しました。
……侯爵ばっかりだった……。
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ではでは。




