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ロイドはそれでもまだ心配しているようだ。無理もないと思う。彼も言っている通り、彼の中で一番強い魔族はレンザであり、きっとそれより少し強い程度と認識しているのだろう。
確かにレンザは強かった。だがそれでも、訓練を積んできた精鋭相手なら、どうだろうか。さすがにレンザでも厳しいと、ミランダでも思う。
だから、レンザと同じか少し上程度がルークだと思っているなら心配もするだろう。
実際のところは、言うまでもないのだが。
どちらかと言えば、ミランダは別のことを心配しているほどだ。
「魔王様」
魔王が視線だけをミランダに向けてくる。
「殺さないでくださいよ?」
心配は、そこだ。わざと殺すようなことはさすがにしないだろうが、それでも手加減を誤る可能性は十分にある。
それを聞いた魔王は鼻で笑っただけだった。信じるしかないが、不安である。
そうしている間に、馬車は大きな屋敷の前でとまった。周囲のものと比べても一回り以上大きいその屋敷が、ガネート侯爵家の屋敷だろう。
「ほう。大きいな」
魔王が言って、ロイドは頷いて答えた。
「ああ。貴族の屋敷だと、随一だと思う。それだけの力を持っているということだね」
「うむ。楽しみだ」
屋敷の前には、すでにガネート侯爵だろう男性が待っていた。門の前で、にこにこと。
「ようこそ、お待ちしておりました、殿下」
「ああ、うん。邪魔するよ」
「そちらの子が……?」
侯爵の視線が、魔王へ。魔王は小さく鼻を鳴らすと、侯爵へと向き直る。
「お初にお目にかかります。魔人族のルークです。よろしくお願い致します」
これには、ミランダだけでなく、ロイドも驚いているようだった。
正直なところ、魔王が敬語を使うとは思っていなかった。ところが実際には、こうして笑いかけている。失礼だとは思うが、ミランダには目の前の光景が信じられなかった。
「敬語、使えたのか……」
ロイドの、小さな声。ミランダも同じ気持ちだった。
「ほう……。魔族にしては、なかなか礼儀正しい」
ぴくり、と魔王の体が動いた。おそらく、魔族にしては、がひっかかったのだろう。少しだけ、魔王が纏う空気が重たくなっている。
「儂はガネート侯爵だ。よろしく頼むぞ、ルーク君」
そう言って、握手のために手を差し出したガネート侯爵の目は、全く笑っていなかった。
ガネート侯爵の私兵団は、普段は自身の領地にいるらしい。だが、侯爵の命令があればいつでもどこにでも行けるように、常に準備はされているとのことだ。
「儂と共にここに来ているのは、十名だ。我が私兵団の精鋭を連れてきている。儂の護衛だからな」
そう自慢気にガネート侯爵が話す。話ながらも、足は動き続けている。向かう先は、この屋敷の中庭だ。
この屋敷の中庭は広く、普段はそこで訓練をしているらしい。王家が望めばこのように見せてくれるらしいが、普段は人の目に触れないようにしているとのことだ。
理由は、切り札だから、らしい。何に対してなのか、非常に気になるところである。
「おい、ロイド。一つ聞きたいのだが」
小声で魔王が言うと、ロイドが小さく頷いた。
「何かな」
「私兵団を持つことは、許可されているのか?」
「領地を守るためにも必要だから、許可されているよ。条件としては、武器を含めた団の詳細の報告と、不定期に行われる査察を受け入れること」
「ふむ……。なるほど」
特におかしいところはない、と思う。領主の私兵団というのは魔族にはないものなので、すぐには分からないというのもあるが。
魔族は軍がそれぞれの領地に派遣されている。つまりは全てが魔王の部下だ。魔王が面倒を嫌った結果とも言える。
「ところでルーク君。儂は魔族の訓練にも興味がある。今日の見学で気が付いたことなどがあれば、是非とも教えてくれたまえ」
「了解しました」
ガネート侯爵の態度からは、絶対の自信が見て取れる。これは、本当に期待できるかもしれない。
そしてその魔王の期待は、見事に裏切られた。
中庭で数名が模擬戦をしている。一対一での試合形式だ。その、彼らの動きを見て、
「は……?」
失望した。
いや、これは予想できたことだった。人族の国の多くは平和になれきってしまっており、この国も例外ではなかった。そんな中で、この精鋭とやらはなるほど確かによく訓練されている。この国の兵士では彼らに勝つことは難しいだろう。
だが、その程度だ。比較対象が兵士しかいない故だろう、そこで止まってしまっている。
魔族の兵士と比べれば、見習いもいいところだ。
だからこそ、魔王は失望のため息をついた。
「この程度か」
「は……? 今、なんと言った?」
「この程度か、と言ったのですよ、侯爵。殿下も侯爵の私兵を持ち上げていたので、とても期待していたのですが……。まさか、このような弱者の集まりとは思っておりませんでした」
侯爵の額に青筋が浮かぶ。それを見た魔王は、さらに嘲りの笑顔を浮かべた。
「いや、これは失敬。人族程度ならこれで十分なのでしょうな。ははは、いやいや失念しておりました。ですが言っておいていただければ良かったのに。人族の中では強い方、だと」
「うわあ……」
なにやら上空でミランダの小さな声が聞こえるが、とりあえずは無視だ。引きつった笑顔が容易に思い浮かべられるが、それすらも、無視だ。
そして侯爵は、魔王へと言った。
「面白い冗談だ……。それだけの自信があるのなら、もちろん君の実力も見せていただけるのだろうね?」
「構いませんよ?」
冷たく笑う魔王と、怒りに顔を歪ませる侯爵。最早お互いに取り繕うこともしない。唯一止められる立場のはずのロイドも、嘆息して頭を振るだけだった。
どうにでもなれ、とでも思っているのかもしれない。
「ルーク。一応言っておくけど、自己責任だよ」
「うむ。どう見ても喧嘩を売っているのは俺だからな。もしも俺が大怪我をしたとしても、最悪死んだとしても、そちらに非はない。なんなら一筆書いてやろうか?」
「そうだの。是非そうしてもらおう」
ロイドの顔が面白いほどに引きつった。その気持ちも分かる。魔王もまさか、本当に書けと言われるとは思わなかった。
無論、書いたところで問題ないのは事実だ。しかしここで書けというのは、それはつまり、そのつもりがある、と言っているようなものなのだが。
頭に血が上りすぎているのか、それとも最早隠す気がなくなっているのか。分からないし、そして何よりも興味がない。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




