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「おおおおお!」
「でやあああ!」
「ぬりゃあああ!」
「うるさいなあ……!」
次に訪れたのは、訓練場。吸血鬼のエーシャとリザードマンのレンザが木剣を持って大立ち回りを演じている。王子含む人族が何人も挑んでいく。
「まだまだあ! 人族の意地を見せてやれえ!」
「うおおおお!」
これはどちらが優勢なのだろうか。ミランダには残念ながら分からない。
ところで王子は普段はフローラたちと同じ授業を受けていたが、何故ここに。エーシャたちの付き添いだろうか。
それにしても、強い。レンザはもちろんとして、エーシャの見た目は可憐な少女だ。そのエーシャが、簡単に剣を受け止めて押し返している。すごい。
「そう言えば、魔王様が何か言ってたような。魔力による身体能力の強化がどうとか……」
魔王曰く、勇者が魔王と互角に渡り合っていたのもその技術が大きいのだとか。最早人外とも言える勇者と魔王なんて比較にならないだろうと話半分に聞いていたが、もう少し真面目に聞いておけば良かったかもしれない。
それにしても、と考えながら、ミランダは王子を見る。指示を出しつつ魔族二人を観察するその目には、敬意と、わずかばかりの畏怖。それらは、一部の生徒の目にもある色だ。
どうやら、少しは危機感を抱いてくれたらしい。もしかすると近いうちに兵の訓練が厳しくなるかもしれないが、仕方のないことだと割り切ってもらおう。
ミランダはもうしばらくの間その様子を眺めていたが、やがて飽きたのでその場を後にした。ずっとやっていることが変わらなかった。
・・・・・
最近、ミランダは貴族への嫌がらせの回数を減らし、かつての友人の様子を見に行っているようだった。そういった日は、夜に誰が何をしていたかも教えてくれる。もちろん、留学生たちの様子だ。
どうやら自分の国の子供たちはうまくやっているらしい。友人も順調に増えているようで一安心だ。いずれこの国の人間も、魔族への偏見が少なくなっていくことだろう。
もっともそれは、数十年がかりになるだろう。つまりは、今の生徒が大人になり、そして子供が生まれて、という先の話だ。今の大人の意識そのものを変えることは難しい。
それでも、魔王にとっては十分だ。寿命という概念が消え去った自分にとっては、しっかりと結果をこの目で見られるのだから。
「気の長い計画ですね」
「お前たち人族にとってはな。俺は当然として、他の寿命の長い種族にとっては意外とすぐのことだ。問題はこちら側の意識改革の方だな。千年以上生きるエルフほどではないが、世代交代を利用した意識改革ではいつになることやら」
「エルフ……。魔王様は会ったことがあるんですか?」
「む……」
ミランダの問いに、魔王はむっつりと黙り込んでしまった。
エルフは、もっとも長命な種族として知られている。そして、人族にも魔族にもつかない、中立の存在だ。どちらかに肩入れすることはなく、世界樹という大きな木がある森で静かに暮らしている。
人前に姿を見せることすら稀で、ミランダも物語や知識でしか彼らのことは知らないらしい。一度は会ってみたいらしいが……。
「そんなことよりも、だ」
わざとらしく話を逸らす。ミランダの瞳は好奇心に満ちているが、語るつもりはない。あまり話したくない話題だ。良くも悪くも。
「明日はお前も来るということで、いいんだな?」
その問いには、即座に頷いた。
明日はロイドと共にガネート侯爵邸を訪ねる日だ。とても、とても楽しみにしている。私兵とはいえ、ロイドも認めるほどなのだから、きっと人族にしては強いのだろう。
勇者と戦うほどの高揚感は得られないだろうが、それでも少しは楽しめるかもしれない。
ああ、楽しみだ。本当に。
ふと気付けば、ミランダが部屋の隅まで距離を取っていた。
「む……。なんだ」
「いえ、あの……。顔、すごく怖かったですから。すごく怖い笑顔でした。気持ち悪い」
「怖いといいながら平気で罵倒を入れてくるな……。ふむ。気をつけよう」
片手で頬を揉んでおく。平常心は大事だ。
「では、明日に備えて……」
「はい。あれ? 休むんですか? まだ朝ですよ?」
「買い食いに行こうか。明日があるからな、授業はいいだろう」
「まだ見ぬ勇者様助けてください、魔王様が自由すぎます……」
頭を抱えるミランダを気にすることなく、魔王は意気揚々と出かけて行った。買い食いはこの国の数少ない娯楽なので仕方がないのだ。
・・・・・
翌日。魔王はミランダを連れて寮を出る。寮の前にはすでに馬車があり、ロイドが待っていた。王子を待たせるのはどうかと思うが、魔王に言っても無駄だろう。今更だ。
「悪いな。遅くなった」
「悪いと思ってないだろう?」
「ははは。思ってないが?」
「うん。いっそ清々しいよ」
苦笑を浮かべるロイド。なんだかすごく苦労していそうだ。魔王が申し訳ない、と心の中で謝罪しておく。
「けれど、これから行く先はガネート侯爵の屋敷で、学校の敷地外だ。悪いけど、態度や口調に気をつけてほしい」
「ふむ。善処しよう」
「いや、善処じゃなくてね……。まあ、うん。いいか。君に言っても仕方ないし、何かあっても殺されることはないかな。間違い無く戦争になるからね……」
そもそもとしてこの魔王を殺すなんてこの国の人間にできるはずがない。不意打ちしようとしても、この魔王なら察知して防いでしまいそうだ。いや間違い無く防ぐ。信頼とはまた違ったこの想い。ただの諦観だ。
馬車に乗って、少しして。ロイドが気遣わしげに魔王を見ながら、口を開いた。
「ルーク」
「何だ」
「僕はレンザしか知らないから、君がどこまで戦えるか分からないけれど……。それでも、十分気をつけてほしい。僕は君に怪我をしてほしいわけじゃない。せっかくの留学なんだ、楽しんでほしいんだ」
「無論だ。分かっているとも」
「本当に?」
「本当だ」
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




