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二日後の夜。ミランダが魔王の部屋に戻ってきた。何か情報でも得たのかと思ったが、元気のなさから察するに空振りに終わったらしい。あまりにも何もなさすぎて、仕方なく戻ってきたのだろう。
「びっくりです……。王女にもう一度聞きたくなります。本当に無実なのでは」
「兵士たちが調べても何も出なかったのだ。当然だろう」
「ですが、誰もいないんですよ? 何かぽろっと口を滑らせてほしいものです」
あんな男と一緒にいるのは不愉快なのに、とミランダは唇を尖らせる。彼女にとって、ガネート侯爵はあまり好きになれない人物らしい。
「何かあったのか?」
「いえ……。使用人に対して、冷たすぎると思うだけです。少しかわいそうで」
ミランダが言うには、客人がいれば別だが、誰もいなければかなり冷たい人物なのだそうだ。理不尽な怒りをぶつけ、口だけでなく手が出ることも多いらしい。
よくもまあ、使用人たちは働き続けるものだと思ってしまう。
「契約がありますから……。そう簡単に辞めることはできないんです」
「なんとも、面倒だな……」
「対外的にはとても温和な人格者で通っているみたいですし、逃げて誰かに助けを求めたとしても、信じてもらえないでしょう」
「なるほど。クソだな」
「クソですね」
ある意味では、典型的な貴族とも言えるだろう。魔王にとってはこの上なく嫌悪する人種だ。これが自分の国の貴族なら、間違い無く殺している。
「証拠集めも面倒だ。引っ張り出すか」
「はい? 何をするんですか?」
「件の侯爵はプライドがすこぶる高いらしいからな。少し、遊んでやるとするよ」
プライドを粉々にしてやれば、少しは良い反応を示してくれるだろう。魔王がそう言うと、ミランダにそっと距離を取られてしまった。
「魔王さまって、結構悪辣ですよね」
「魔王だからな」
ガネート侯爵への面会の申請は、無事に通ったらしい。あちらから、歓迎しますという言葉ももらえたようだ。
魔王の部屋で教えてくれたロイドは、困惑を隠せないでいた。
「まさか、本当に会ってもらえるとは思わなかったよ。断られると、僕は思っていた」
「ははは。我ら魔族の力を知りたいのかもしれんな。自身の私兵が負けるとなど、欠片も思っていないと見た」
「それは……、そうだろうね。彼の私兵は、父上たちですら一目置くほどだ。僕には、あまり分からないけど」
「王子として、それはどうかと思うがな。自国の貴族の私兵程度、調べておいた方がいいぞ。必ず役に立つ」
「そうかな……。そうするよ。訪問日は来月の最初の休日だ。それでいいかな?」
「結構先だな……」
まだ半月以上もある。魔王は顔をしかめるが、しかしこればかりは文句は言えない。なにせ、相手は貴族であり、こちらの扱いは魔族の留学生、つまりは平民に毛が生えた程度の立場だ。
未だ魔王であることを伝えるつもりがない以上、従う他はない。
「当日は僕も同行する。もちろん、護衛の兵士もだ。いいね?」
「無論だ。さすがにこの国の侯爵閣下と二人きりで会えるとは思っていない」
それができれば話はもっと簡単だったが、贅沢は言えない。
「よし。ロイド、協力感謝する。ふはは、楽しみだ……!」
「うん。僕は今の君の顔を見て、とても間違ってしまったような気がしてきたよ。今から取り消したいぐらいだ」
笑顔を引きつらせるロイドに、魔王は笑いながらその肩を叩いた。
ロイドにとって、これほど機嫌の良い魔王は初めてだろう。だからこそ、失敗だったかと思わせているのだろうが。
「うむ。では、俺は食べ歩きに行くとしよう」
「え、いや。授業は?」
「明日から真面目に受けてやろう」
「それは絶対に来ない明日だよね……」
意気揚々と部屋を出て行く魔王に、ロイドは頭痛を堪えるように額をおさえていた。
・・・・・
暇になった。
ミランダは学園の上空を漂いながら、大きな欠伸をした。
来月、魔王が直接ガネート侯爵の屋敷に行くことになったので、ミランダは彼の監視から離れた。これ以上監視していても意味がないだろう、という魔王の判断だ。ミランダとしては、もう少し続けたいところだったのだが。
けれど、ガネート侯爵の警戒心は高い。監視をしていても意味はないだろうと、ミランダでも思える。だからこうして素直に離れたわけなのだが、それはそれでやることがなくなってしまった。
と、いうわけで。
「失礼します……」
ミランダが訪れたのは、午後の魔法を専門に学ぶ授業だ。この授業にはサキュバスのルルエラ、魔人のディーゴが出席している。
最前列の席に座る二人の隣には、フローラがいた。授業を受けつつ、短い会話もしている。魔法に関わる話のようで、教師も小声だからと注意していないようだ。
「なるほど、つまり魔力伝導率を考えれば、魔方陣はこの形の方が……」
「そう。でも消費効率を考えると、こっちも捨てがたいの。それで……」
暗号か何かですか?
専門的すぎて全く分からない。伝導率とか消費効率とか、そんなこと考えたこともない。さすがはフローラだ。
フローラの魔法関連の成績はいつも一、二を争う成績だったはずだ。ミランダには分からないことでも、フローラなら難なく答えられることも多い。
魔族二人と魔法談義をしているフローラの表情は、ミランダの知る中で最も柔らかい。確かにミランダとは言い争いばかりしていたが、少しだけ、こうして話をしたかったなと思ってしまう。
さて、と少し離れる。軽く部屋を見回せば、すぐに目的のもう一人、ミリアを見つけることができた。
真面目に授業を受けている、と見せかけて、ミリアは図書室かどこかで借りてきたのだろう専門書を読んでいた。いつものことである。
フローラと順位を争うのがミリアだ。彼女は授業中、専門書を読んでいることが多く、教師もこれを咎めない。学校で学ぶことは、自習でほとんど終えてしまっているから。
うん。改めて思うけど、この子一人だけ別世界に住んでいないかな?
なお、彼女が二位に甘んじる時の理由は、間違い無くミランダと共に過ごす時間が多いためである。
黙々と専門書を読むミリアを眺める。以前よりも、顔色はいい。少しは乗り越えてくれたのだろう。少しだけ寂しくはあるけれど、親友として嬉しい気持ちの方がやはり大きい。
ミランダは満足そうに頷くと、そっとその場を離れた。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




