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それは理解できるが、本当に書いてしまっていいものだろうか。少し、躊躇してしまう。
「お姉様……?」
王女の小さな声に、ミランダはため息をついて答えを書いた。
『王子です』
「ふふ……。やっぱりお姉様なのね」
嬉しそうに、微笑む王女。ミランダとしては触れたくない話題だったので、心境は複雑だ。
真偽は分からないが、三年ほど前、ミランダは王女から相談を受けたことがあった。それは、実の兄に、王子に懸想しているという内容で。相談を受けた直後は、ミランダも反応に困ったものだ。
その相談が、どういった意図で行われたものなのかは、分からない。本当に実兄に懸想していたのかもしれないし、ミランダのことを何かしら試していたということもあり得る。真相は王女本人にしか分からない。
だが、他の人に話したとは聞いたことがないので、ミランダかどうか確かめるための手段としては分かりやすいだろう。
王女は椅子に座ると、ゆっくりと息を吸って、吐き出していく。気持ちを落ち着かせているのだろう。ミランダは彼女の対面に立つと、それをじっと見守った。
「お姉様。まずは、謝罪を。私の浅慮な行いで、お姉様の命を奪う結果となってしまいました。謝罪で許してもらえるとは思っていませんが、それでも……」
『必要ない』
慌てて書いたために、少し汚い文字になってしまった。ミランダが書いた文字をじっと見つめる王女の目の前で、ペンを動かしていく。
『濡れ衣ならともかく、お父様の謀反は確かに計画されていたことです。貴方が謝罪することではありませんし、王族が軽々しく謝罪を口にしてはいけません』
王女はしばらくその文字を睨み付けるように見つめていたが、やがて小さく苦笑を浮かべた。首を振って、どこか諦観めいたため息をつく。
「お姉様は、謝ることすら許してくれないんですね……」
いや、違うが。本当に謝る必要が無いと思っているだけだが。
頬が引きつるのが自分でも分かったが、何を言っても無駄だろう。そう思うことで王女の気持ちが少しでも軽くなるのなら、そう思っておいてくれても構わない。
それよりも、だ。
『あの日のことで、何か知っていると聞きました。間違いありませんか?』
「はい……。お姉様が知らないだろうことを、私は知っています」
王女はそこで言葉を句切り、視線を彷徨わせる。もしかすると、自分のことを探しているのかもしれない。
『私はあなたの目の前にいます』
そう書いてやると、王女はわずかに目を瞠り、そして真っ直ぐにこちらを見つめてきた。不思議なことに、王女はミランダの姿が見えていないはずなのに、しっかりと目が合ったような気がした。
「私たちでは、もう手が出せなくなった侯爵がいます。今回の一連の騒ぎを利用して、あらゆる証拠を消してしまった者が。ですが、お姉様なら、もしかしたら……」
他国に行ったことがないミランダは知らないことだが、他国ではエルジュ王国は人攫いが多いという評価を受けているらしい。外交を担当する父はそれを知っていて、何度も王に対策を進言していたそうだ。
だが王が何もしなかったことにより、エルメラド公爵は王への不信感を募らせ、そして王を討つという判断をしてしまった。王をどうにかしなければ、解決できないと。それが、謀反の計画の真相だ。実際には細かいこともまだあったらしいが。
そして王だが、対策していなかったわけではない。信用できる者だけで、人攫いの組織を捕まえる準備を進めていた。騎士団すら捕まえられないことから、どこかの貴族が関わっていると判断したためだ。
エルメラド公爵には伝えられていなかったため、彼から見れば何もしていないように見えてしまったらしい。
そして、少しずつ状況証拠を集め、そして疑いのある貴族の屋敷へと乗り込もうとしたところで、エルメラド公爵の謀反の計画が発覚してしまった。
謀反が発覚してしまった以上、何もしないわけにはいかない。人員はそちらに割かれることになり、公爵が捕らえられ、屋敷を調べて、貴族だけで行われる裁判が開かれた。
最初は、魔王の予想通り、王は子供は未成年だからと公開処刑をしない方針だったそうだ。だが、それに強く反発する貴族が数多くいて、法律上ではそちらが正しい以上、王も覆すことができなかったらしい。
王女の予想では、ミランダがエルメラド公爵から何か聞いていることを恐れていたのだろう、ということだ。実際には何も聞いていないのだが。
ともかく、そうして謀反の計画は潰され、処刑も行われて。そうしてから改めて疑いのある貴族の屋敷に調査に入ったところ、その貴族は笑顔で迎え入れたとのことだ。
結果は、何も出なかった。貴族は侮辱されたと怒ることもなく、むしろ今後も頑張ってくださいと激励までして、騎士団を見送ったとのことだった。
謀反の対処の間に、証拠になるものを全て処分なりしたのだろう、というのが王の判断であり。そしてこれ以上は王であってもどうすることもできなかった。
エルメラド公爵と違い、明確な証拠がない以上、罰することなどできない、ということだ。
「つまり、時間稼ぎに使われた、ということだな」
「王女もそう言っていました。信頼できる者がもう少しいればと王は悔いていたそうです」
深夜。魔王の元に戻り王女から話したことを報告すると、魔王はとても面倒臭そうにしつつも頷いた。ワインが注がれたグラスを持ち、足を組んで座る姿はそれだけで絵画になりそうだ。
「魔王様。どうやってお酒を買ったんですか」
「ん? 魔族に未成年は酒を飲んではならないといった法律はないと言ったら、売ってもらえたぞ」「ああ……。そちらの法律なんて、分かりませんからね……。でもいいのかなあ……」
もう少し取り締まりを厳しくした方がいいのでは、と思うが、なかなか難しい問題だ。魔族が対象の法律は必要だろうか。
そこまで考えて、首を振る。幽霊の自分が考えることではない。
「ミランダ。お前としてはどうしたいのだ?」
「利用されっぱなしは私も不愉快ですし、このまま放置するとあの子たちも迷惑でしょう。できれば、どうにかしたいところですけど……」
だが、方法などあるのだろうか。いくら人から見えないミランダとはいえ、何が証拠になるかも分からないのに証拠になるものが見つかるとは思えない。分かりやすい書類はさすがに処分しているだろう。
なら状況から物品まで様々な角度から考えて……。
「おい」
魔王に声をかけられて、我に返る。魔王は呆れたような視線をミランダへと向けていた。
「先に言っておくが、俺は推理などといった面倒なことをするつもりはないぞ」
「はあ……。えっと、私がしろってことですか?」
「阿呆。お前は自分の利点を考えろ。すでに処分された証拠を探す必要も、いつ作られるか分からない新たな証拠を待つ必要もない。その場で捕まえればいい」
はて、と首を傾げる。確かにそれができるなら一番だけど。
「ここから先、その貴族を常に見張れ。いずれ、何らかのやり取りをするはずだ。俺には転移魔法があるからな。現場で捕まえれば十分だろう」
「うわあ、ずるい」
「失礼な」
けれど、なるほどと思ってしまった。王女と話していた影響か、どうしても証拠が必要と思ってしまっていたが、今のミランダならそんなものがなくても、いずれ捕まえることができるだろう。
未だ関与しているなら、どこかで何かしら関わるはずだ。その時に魔王に報告すれば、うまく動いてくれるはずだ。最終的には魔王頼みになってしまっているが、今更だ。
「では私は、早速件の侯爵様に張り付いてきます!」
「うむ。気をつけて行ってこい」
文字通り、ミランダが部屋から飛び出していく。魔王はそれを見送ってから、小さくため息をついた。
壁|w・)こまけえことはきにするな!
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ではでは。




