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「そんなわけで、やってきましたお城です」
夜。ミランダはエルジュ王国の王城に忍び込んでいた。いつものように表から堂々と、門をすり抜けて入っただけだが。
ミリアの言葉を信じるなら、そしてミランダは毛の先ほども疑っていないが、王女なら何かを知っているらしい。おそらくは王子以上に。
王子は優秀だと思うが、それでも未成年であり、そしてこの件に関しては直接関与していないため、王子では知らないことがあっても不思議ではない。王女には王女の情報網があるだろうから、何かを知ってしまったのかもしれない。
さて、どうやって話を聞くべきか。王女とは知らない仲ではないので、嫌がらせはしたくはないのだが。
公爵家であるミランダは、家族ぐるみで王家とは交流があった。同い年の王子は当然として、三つ下の王女ともそれなりに交流がある。お姉様、なんて慕ってくれていたものだ。ちょこちょこ自分と王子の後ろをついて回る王女はとてもかわいかった。
「うん……。やっぱり、嫌がらせはいいかな……」
今までの話を聞いている限りでは、ある意味では王女も元凶の一人ではあるだろう。けれど、王女を恨もうという気持ちはほとんど出てこない。
ミランダにとっては、妹のような子だからだろうか。
まあ、それよりも、何よりも。
「部屋の場所が分からない……!」
王城に侵入して、それなりの時間が経つ。すでに就寝していたとしても不思議ではない。
せめて場所だけでも、と思いながら目につく部屋を片っ端から覗いていると、
「資料室……?」
多くの本棚が並ぶ部屋にたどり着いた。それだけなら別に気にも留めなかったのだが、その部屋で、一心不乱に本を読む少年が目に入った。
ミランダもよく知る、王子殿下だ。
「殿下、そろそろお休みになりませんか?」
その王子に声をかけるのは、こちらもまた、ミランダのよく知る少女。フローラだ。
王子はともかく、ただの侯爵令嬢であるフローラが何故この時間に城にいるのか。不思議に思うが、フローラは王子の婚約者だ。ミランダが知らないだけで、以前から夜にもいたのかもしれない。
何の話をしているのか。興味を持って部屋に入ってみると、
「もう少し……。もう少しだけ、調べさせてほしい」
「ですが殿下……。何度調べても、結果は変わらないでしょう……」
「分かっている。だが、やはり私には、エルメラド公爵が謀反を企てたなど、信じられないのだ」
ぴたりと、ミランダは動きを止める。
どうやら王子は、ミランダの父が謀反を企てたことを信じ切れていないらしい。父本人をそこまで信じてもらえるのは嬉しいとは思うが、残念ながら謀反そのものは間違いのない事実だ。
それでも、ミランダは王子に頭を下げた。父を信じてくれてありがとうございます、と。
そうしてから、資料室を出る。扉をすり抜けた先、扉を薄く開けて中を覗く少女を見て、ミランダは苦笑を浮かべた。
王女だ。その側には、メイドが一人。
「やはりいけません。戻りましょう」
「分かってるわよ……」
王女はそっと扉から離れると、歩き始める。兄を心配して様子を見に来たのかもしれない。王女は兄のことが大好きだったはずなので、特に不思議には思わなかった。
一時期はミランダやフローラに対して嫉妬までしていたほどだから。
ともかく、これは好都合だ。こうして王女がいるのなら、彼女の後をついていけばいい。
資料室から去って行く王女の後ろをふわふわとついていく。王女は口を開かない。沈黙を守っている。
階段を上がって、さらに歩き続けて。王女はやがて一つの部屋の前で立ち止まった。
「ここまででいいわ」
「ですが……」
「いいから。一人にしてちょうだい」
王女は部屋に入って、すぐに扉を閉じてしまった。
悄然と項垂れるメイドを不憫に思うが、ミランダとしては都合がいい。扉をすり抜け、室内へ。
王女の私室は、ミランダが思っていたほど豪華な部屋でもなかった。テーブルやベッドなど、使われている家具は一級品だと一目で分かるほどのものではあるが、装飾品の類いはほとんどない。確か王子の私室も最低限のものしかなかったため、王族はプライベートでは意外とそれほど贅沢していないのかもしれない。
表に見える部分は見栄もあるだろうが、裏ではこんなものなのだろうか。
「いるんでしょ? お姉様」
ぼんやりとそんなことを考えていると、唐突に王女が口を開いた。それはまるで、ミランダを呼ぶような声だ。
「私のところに報告が来てるの。お姉様の幽霊がみんなを懲らしめてるって。だから、私のところにも来たのでしょう?」
まさか、本当に気付かれてる?
今までではなかった出来事に、どうしていいのか分からずに頭が真っ白になる。ミランダが呆然としていると、やがて王女は大きなため息をついた。
「いない、か……。そうよね。当たり前よね……。幽霊なんて、いるわけないもの……」
それを聞いて、ミランダも理解した。彼女は、部屋に入るたびに毎回言っているのだろう。
ミランダが嫌がらせをした貴族の中には、その出来事を報告した者もいるだろう。さすがに悪霊に襲われましたと言われてそれを認めるような人はいないだろうが、それでももしかしたら、という思いはあったのかもしれない。
「お姉様……」
悲しげな、声。ミランダを求める声。ミランダは意を決すると、テーブルの方へと向かった。
テーブルの上には、紙とペンが置かれていた。他の貴族から話を聞いた王女が置いていたのかもしれない。
ミランダはペンを手に取ると、短く文章を書いて、王女の目の前に浮かばせた。
「え」
王女が目を丸くする。さらに、文章を読んで、完全に動きを止めた。
『ご無沙汰しております、王女様。ミランダです』
王女が息を呑む。周囲に視線を走らせる。当然ながら、誰もいない。
「まさか……」
王女は急ぎ足でテーブルへと向かって、紙をのぞき込んだ。それを見計らってから、ミランダもペンを動かしていく。
『お話を、聞きに来ました』
「ああ……。そんな、まさか、本当に……」
こくりと、王女の喉が鳴る。王女は誰かいないかを確認するかのように、周囲を見回す。どうやら誰かに見られることを警戒しているらしい。
「その……。私の初恋の人を、答えてください」
え。唐突に何を言ってるのこの子。
思わず王女をまじまじと見てしまう。王女の表情は、真剣そのものだ。
なるほど、どうやらミランダのことを本物かどうか、疑っているのだろう。正しい判断だと思う。無条件で信じられるはずがない、というのはよく分かることだ。
壁|w・)明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
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ではでは。




