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「ミルクにいくつかの果物をしぼったそうです。美味しいですよ」
「ふむ……」
話を聞けば、よくあるフルーツジュースのようだ。ミランダも、説明以上のことは何も言ってこない。
一口飲んでみて、なるほどと頷いた。美味しいが、さりとて特別美味い、というわけでもない。よくあるフルーツジュースだ。
「まあ、こんなものだろうな」
「そうですね」
頷いて、再びクッキーへ。これだけ妙に出来が違う。不思議に思うが、まあそんなこともあるのだろう、と流しておくことにする。
三枚目のクッキーをかじっていると、店の扉が開かれて、目的の少女が入ってくるのが見えた。
「あ……」
ミランダが、小さく息を呑む。魔王は表情を変えずに、視線だけを入ってきた少女、ミリアの方へと向けた。
「ただいま」
「おかえり、ミリア。丁度いいわ。今日もこの後は暇なのね?」
「え? うん。帰らされたから……」
ミリアの言葉に、母親の表情がわずかに陰る。しかしすぐにそれを笑顔で隠すと、ミリアへと続けた。
「それならね。今、留学生の生徒が来ているのよ」
「え? 魔族の?」
「そう。この国の暮らしを勉強するために街を見て回ってるみたいなのよ。ミリア、案内してあげなさい」
これには魔王が驚いた。今日は試しに少しだけ話してみよう、と思っていた程度だったのだ。まさかこんなことを母親が提案してくるとは思わなかった。
さすがにミリアも断るだろう、と思っていたのだが。
「うん。分かった」
予想に反して、ミリアはあっさりと引き受けてしまった。
ミリアが魔王に気づき、まっすぐにこちらへと歩いてくる。
「わ、わ、わ! 魔王様、どうするんですか!?」
「お前は何を慌てているんだ……」
ミリアの母親が言っていたように、街を案内してもらえばいいだけだ。何も慌てることはない。
魔王がそう言うと、それもそうですね、とミランダは少し落ち着いたようだった。
「あの、初めまして」
ミリアが声をかけてくる。よくよく見ると、少し緊張しているようだ。声も少し震えていた。
母親に言われて引き受けたものの、やはり赤の他人、それも魔族と会話するというのは少し緊張するものらしい。
「うむ。初めまして、だな。知っているとは思うが、留学生のルークだ。こんな時間に生徒を見かけるとは思わなかったからな、驚いたぞ」
「あの、はい……。いえ、私も驚きました……。さすがに生徒は誰もいないと思っていました」
「そうだろうな。まあ、俺が特別だ。気にするな」
そう言って笑ってやると、ミリアは安堵のため息をついた。こちらが思っている以上に緊張していたらしい。
「よかった。怖い人だったらどうしようかと思っていました」
「ははは。魔族も人族とあまり変わらんぞ。外見の違いはあるが……」
「いえ、この時間に外にいるって、噂に聞く不良さんかなと……」
「む……」
なるほど、何も知らなければそう思っても仕方ないかもしれない。留学生たちの人となりを知らなければ尚更だろう。魔族の学校がどのような場所かも知らないのだから。
「それで? 俺に何か用かな?」
「はい、あの……。この国の暮らしについて、勉強しているんですよね?」
「そうだ」
「その、では……。よければ、案内しましょうか?」
どこか緊張しながらの言葉に、魔王は頷いた。よろしく頼む、と。
ミリアと共に店を出る。ミリアはきょろきょろと周囲を見回してから、魔王へと言った。
「あの、ルークさん。どこか見てみたい場所とか、ありますか?」
「いや、何もない。任せよう」
そう答えると、ミリアは目を瞠り、小さく笑う。どうしたのかと聞いてみれば、懐かしそうに目を細めて、
「以前も、友達を案内したことがあるんです。その時も同じように言われました」
「そうか……」
隣でふよふよ浮くミランダを見る。愛想笑いを浮かべ、頷いた。やはりミランダのことらしい。
「その友達というのは、どんな奴だ?」
「ええっと……。その、女の子です。ごめんなさい」
「ん? なぜ謝る」
「いえ、女の子と同じ扱いって、気を悪くしてしまうかなと……」
「お前は俺がそんな狭量な男に見えるのか……」
確かに元の姿よりは軟弱な姿だとは思うが、それほどか。内心で少しだけ落ち込んでいると、慌てたようにミリアは手を振って、
「いえ、違います! その、この国の貴族の方は、そんな人が多いので……」
「ああ……」
プライドの高い者なら、なるほど確かに怒るのかもしれない。魔王からすれば、そんな考えは、
「くだらないな」
「はい?」
「男だろうと女だろうと、結局は同じ人だろうに」
「それは……、そうですね……」
嬉しそうにミリアが笑って、魔王は小さく首を傾げた。
「ちなみに魔王様、意味合い的には?」
『どいつもこいつも脆弱な人族であることに変わりは無い。戦えばすぐに死ぬやつらだ』
「魔王様はやっぱり魔王様ですね!」
文字を浮かばせてミランダに答えると、ミランダは納得したように頷いた。意味が分からない。おそらくは勇者も魔王と同意見なのだが。
「では、せっかくだ。その友達の思い出話でも聞きながらの案内を頼もうか。話したそうにしているからな」
「え……。え? そう、見えます?」
「ああ。友達自慢をしたいという顔に見える」
ミリアは目を丸くしていたが、すぐにまいったなあ、と頬をかいた。少し考えるような仕草をして、それじゃあ、とおずおずといった様子で魔王を上目遣いに見つめてくる。
「聞いて、いただけますか?」
「もちろんだとも」
それで、君の心が軽くなるのなら。
さすがに口は出さなかったが、ミリアは嬉しそうに、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
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ではでは。




