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   ・・・・・


 午前の授業が終わって、午後の時間。魔王はミランダを連れて、見覚えのある道を歩いていた。

 ミランダは三日に一度、魔王と行動を共にする。これはミランダから頼まれたことに関係するものであり、魔王も許可している。

 もとより、今回の件では魔王はミランダへ協力するつもりなのだから、許可も何もないのだが。

 今日、魔王が訪ねたのは、喫茶店だ。喫茶店兼食料品店、が正しいだろうか。つまりはミランダの親友、ミリアの実家である。


「魔王様、本当に今日、ミリアが来るんですか?」

「読心した教師の情報に間違いなければ来るぞ」

「いや、禁忌の魔法をぽんぽん使わないでほしいんですけど」


 なに、ばれなければ問題ない。そして間違い無く、ばれない。


「お前の処刑後、ミリアの落ち込みようは友人だけでなく、教師たちすら心配するほどだったようだ。それ故に、特例として数日に一度、午後に実家に帰ることが許可されているらしい」

「なるほど。自分たちではどうにもできないから、ご両親に丸投げしたと」

「身も蓋もない言い方をすれば、そうなるな」


 ミランダは少し呆れているようだったが、魔王としてはこれは仕方がないだろうと思っている。

 人の死というものは、存外大きなものだ。それが親しい相手なら、特に。赤の他人である教師が何を言っても無駄になるだろう。

 彼らとしては、両親か、もしくは時間が解決することに期待するしかなかったのだろう。


 喫茶店にたどり着き、店内に入る。仄かに甘い香りがする店内は広く、入ってすぐの半分は食料品店、奥の半分が飲食スペースとなっていた。

 カウンターにいるのは、男女二人。ミリアの両親だろうか。


「そうですね。母の方が飲食側を、父の方が販売側を担当していたはずです。もちろん他にも店員はいますよ」

「そうか」


 軽く周囲を見回してみれば、棚にはクッキーなどの菓子が半数を占めていた。食材なども取り扱っているようだが、メインは菓子類らしい。客たちもどうやら菓子を目的にこの店に来ているようだ。

 それだけここの菓子は美味しいということだろう。魔王としても美味しい方がいいので、自然と期待が高まってくる。

 そう言えば、以前勇者が作ったというクッキーもなかなかに美味だった、と思い出しながら、カウンターにいる女の元へ。彼女は魔王がここで食事をするとは思っていなかったようで、少し驚いている様子だった。


「ここで食べていくことができると聞いたのだが、間違い無いか?」

「そうだけれど……。その制服、学園のものでしょう? 授業はいいの?」

「問題ない。俺はこの国の暮らしを学ぶつもりなのだ。つまりはこれもまた勉学だな」

「なるほどねえ……。留学生ならでは、かしら」


 さすがに言わなくても留学生だと気付いたらしい。魔族が制服を着ているのだから、当然と言えば当然か。彼女は納得したとばかりに何度か頷いてから、改めて笑顔を向けてきた。


「何を食べたいかは決まっているの?」

「ああ……。いや、決めてはいない。お勧めのものがあれば、それをもらおう」

「そう? そうね……。甘いものは大丈夫?」

「駄目ならまずここには来ないが」

「それもそうね」


 彼女はおかしそうに笑うと、待っていてねとカウンターの奥へと向かう。扉の奥は厨房になっているらしい。飲食側の菓子はあちらに用意してあるようだ。


「ここのクッキーは本当に美味しいです。できれば私もまた食べたいぐらいに……」

「あー……。見ているのが辛いのなら、離れていてもいいぞ」


 ミランダにだけ聞こえるように小声で言うと、ミランダは首を振ってから快活に笑った。


「いえいえ。気にしないでください。むしろ魔王様の感想を聞きたいです。できれば! とろけるような笑顔とか見てみたいですね!」

「お前は俺をなんだと思っているんだ……?」


 ミランダやルルエラのような見目麗しい少女なら、笑顔も様になるだろう。だが自分のような厳つい男が笑っていても、威圧感しかないのではなかろうか。

 そこまで考えて、いや、と思い直した。そう言えば今の自分はそれなりに美男子だったな、と。鏡などあまり見ないせいで忘れそうになってしまう。


「だがクッキー程度で俺がそんなに笑っても、気持ち悪いだけだと思うが」

「確かに」

「…………。いや、うむ。さすがに即答で同意されると、思うところがあるな」


 柄ではないとは分かっていても、そこまでかとも思ってしまう。別にいいのだが。気にしていないとも。いや本当に。

 そうした小声でのやり取りの間に、ミリアの母が戻ってきた。クッキーが盛られた皿と、ジュースで満たされたカップを持っている。彼女はそれをカウンターに置くと、魔王へと言った。


「お待たせ。バタークッキーとフルーツジュースのセットで、大銅貨五枚よ。人族の硬貨は持ってる?」

「もちろん」

「ではごゆっくり」


 大銅貨を五枚渡してクッキーとジュースを受け取る。それを持って、店の奥へ。

 丸いテーブルが五つほど並ぶ部屋だ。二つほどのテーブルが使われているだけで、まだまだ空席はある。魔王は入口が見える席に座ると、クッキーを一枚手に取った。


「客が少ないようだが、昼過ぎだと考えればこんなものか」

「そうですね。夕方とか、仕事のお手伝いを終えた子供がたくさん来ます。ミリアに誘われて何度か来ていますけど、夕方は席に座れることはなかったですね」

「ふむ。仮にも公爵家の令嬢を立たせたのか。気にする者もいるだろうに」

「私はそれでいいのです。その代わりにあの子のお部屋を見ることができました。あの子、見た目通りにかわいいものが好きらしくて……」

「よせ。やめろ。お前のミリア大好きアピールは嫌となるほど聞いた。これ以上は聞きたくない」


 うんざりといった様子で魔王が言うと、ミランダは不満そうに唇を尖らせた。

 そんな顔をされても、魔王としてももう聞きたくない。この国に来てから、ミランダは頻繁にミリアの話を振ってくる。どれだけ好きなんだ。

 話したそうにちらちらと魔王を見るミランダを徹底的に無視しつつ、クッキーを口に入れる。さくさくとした気持ちの良い食感にほどよいバターの味。今まで食べたクッキーの中で一番、とはさすがに言えないが、それでも間違い無く上位に入る味だ。


「ほう……。これはなかなか、良い……。次の人族との交易では、ここのクッキーを指定しておこうか」

「職権乱用じゃありませんか?」

「その程度の特権がなければやってられんぞ」

「うわあ……」


 しかし本当に、これは美味しい。まさか人族の、それもこんな小さな国で、自分の好みに合致する食べ物に出会えるとは思わなかった。こういったことがあるからこそ、食べ歩きはいつまでたってもやめられないのだ。


「うむ。美味い」

「すごく上機嫌……」


 二枚目のクッキーを食べたところで、ジュースを飲んでみる。カップの中を見ると、白っぽい飲み物だった。


壁|w・)クッキーを食べるだけのお話だった。


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ではでは。

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[良い点] クッキーで外交する魔王 てはじめに食文化系から侵略してやりましょう! そして全世界規模のチェーン展開を…… [気になる点] ミランダの友達自慢 部屋にミリアの肖像画とか部屋中にあったら(…
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