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翌日。ミランダは授業に向かう魔王を少し離れて見守っていた。魔王と共に歩くのは、留学生たちだ。
この学園では、午前中は共通の授業となっているため、最初は皆同じ授業を受ける。午後から、それぞれ希望した授業に出る形だ。
魔人のディーゴとサキュバスのルルエラは魔法の授業を、リザードマンのレンザと吸血鬼のエーシャは武術の授業を、そしてドワーフのガルツは午後の授業は受けずに、加工の技術を学ぶために街を巡るそうだ。弟子入り先を探すのだとか。
魔王は、形式的にはガルツと同じで、午後からは自由となるらしい。留学生であるために活動報告を求められることもないので、その時に買い食いするつもりなのだろう。
教室に入ると、大勢の視線が留学生に注ぐ。未だ慣れないのか一瞬だけ固まる五人とは逆に、魔王は気にした様子もなく、一番後ろの席についた。
朝の授業は人数が多いためか、多くの生徒が入ることができる広い教室になっている。テーブルは三人用の長テーブルがいくつも並んでいた。見慣れた、教室。
少しだけ懐かしく思っていると、魔王の隣にロイド王子が座ってきた。
「え」
思わず声を上げるミランダ。急にどうしたのだろうか。
「やあ、ルーク。昨日は来なかったから、心配したよ」
「昨日は買い食いに行っていた」
「うん。少しは隠そうか。対外的な休む理由を言ってほしかったよ」
ロイドの頬が引きつっている。反応に困るだろう。よく分かる。
ロイドの他は誰も声をかけてこようとはしない。やはりまだ、警戒しているらしい。
「何をしている。座れ」
魔王が未だ立ったままの留学生たちに声をかけると、彼らは少し戸惑いつつ、席についた。魔王の、もう片方の隣に座ったのはディーゴだ。
「まあ、ともかく。今日は来てくれて良かったよ。少しでも君たちの糧になればいいんだけど」
「そうだな」
そう言いつつ、魔王は自分の目の前に何かを置いた。小さな、紙袋。中に入っていたのは、小さくで丸い宝石だ。
綺麗だな、と思っていると、魔王と視線が合った。魔王がいたずらっぽく笑う。何だろうか。
「ルーク。それは?」
「暇だからな、授業を聞き流して、少し作業をする。音は立てないから気にするな」
「そ、そっか…。いや、いいんだけどね? 何をするんだい?」
「道具造りだ。嫌がらせの魔道具を作ろうかと」
「何故」
困惑するロイドと、にやにやと楽しそうに笑う魔王。その魔王と、また目が合った。
ああ、なるほど。どうやら魔王は、ミランダのために何かを作ってくれるらしい。
ミランダは何も言わず、魔王の作業を見守ることにした。ロイドも諦めたのか、それ以上は特に何も言うことはなかった。まあ、少し呆れてはいるようだったが。
授業が始まり、教師が前に立つ。この国の歴史についてを教える教師だ。最初は歴史の授業らしい。
留学生にとっては退屈な授業になるだろうなと思ったのだが、意外なことに魔王を除く全員が興味深そうに話を聞いていた。
「他国の歴史を真面目に勉強するなんて、勤勉ですね」
ミランダが呟くと、手元で淡く光る宝石を魔力で覆っていた魔王の視線が、こちらに向いた。その視線はすぐに戻され、代わりに薄い光の文字がミランダの目の前に表れた。
「わ……。すごい。えっと……」
『建前か、本音か、どちらから知りたい?』
器用なものだ。これは魔法とは違い、自身の魔力を動かして、何らかの方法で可視化しているのだと思う。ミランダですら薄すぎて読みにくいので、こちらに意識を向けていない生徒や教師では気づけないだろう。
「では、建前で」
ミランダが言うと、目の前の文字が崩れ、別の文章になった。
『歴史を知れば、その国が分かる。信奉する神話などがあれば、それを利用した軍事作戦などは効果的だ。他にも……』
「あ、本音で」
長くなりそうなのですぐに読むのをやめた。かすかに、魔王の小さなため息が聞こえてきた。
『単純に、他国の歴史は面白いものだ。一つの物語として楽しめる。こいつらにとっては、ちょっとした娯楽だ。お前も俺の城にいた時は歴史書を読んでいただろう』
「なるほど」
言われてみれば、確かに他国の歴史は結構楽しめたりする。自分が特殊だろうと思っていたが、同好の士は多いのかもしれない。
『はっきり言うが、今戦争をすれば、勇者が出てこない限り負けはない』
「あははー。耳が痛いです……」
反論したいところだが、自国の兵士が魔族の兵士に勝てるとは思えない。今の勇者と魔王がいなくなったらと思うと、ぞっとする。少しだけ、彼らがいることにありがたみを覚えてしまった。
「ところで、何を作っているんですか?」
『帰ってからのお楽しみだ』
それきり、文字は消えてしまった。会話はこれで打ち切りらしい。少しだけつまらなく思いながら、ミランダは教師の声に耳を傾けた。
歴史や算術、魔法の授業などを終えて、昼。ここからは食堂で昼食の後、各々で変わってくる。魔王は昼食を食べずに、買い食いをしに行くとのことだった。
「何か授業を受けてみませんか?」
「面倒だからな」
魔王の部屋でそう聞くと、魔王は手を振って答えた。
少なくとも午前中の授業では、魔王にとって新しい知識はなかったらしい。だからこそ、昼は必要ないと判断したのだろう。
「そんなことよりも、だ。これを使え」
そう言って魔王が投げ渡してきたのは、小さな玉だ。虹色に淡く輝く不思議な玉。先ほど魔王が作っていたもののはずだ。
「えっと……。これは?」
「魔道具だ。床に落とす程度の衝撃を与えれば、周囲の魔力を一時的に吸い取ることができる。範囲はそうだな。屋敷の広い部屋程度なら十分吸い取れるはずだ」
それは、きっとすごい魔道具なのだろう。けれど今渡された理由が分からない。
ミランダが首を傾げていると、魔王はいたずらっぽく笑って、
「夜に使うと面白いだろうな。明かりなどに使っている道具の魔力も吸い尽くすからな」
「へえ……!」
つまり、これを使えば、一時的に部屋の明かりを全て消してしまうことができる、ということだ。確かに面白いかもしれない。ミランダが瞳を輝かせていると、魔王に笑われてしまった。
「何ですか」
「いや。おもちゃを与えられた子供のようだな、と」
「失礼な! でも否定はしません! 楽しみです!」
「ほどほどにしておけよ?」
「善処します!」
これは楽しみだ。明日にでも使ってみよう。
「…………。ただのいたずら小僧だな」
魔王の呟きは自分の尊厳のためにも聞こえないことにしておいた。
壁|w・)いたずらグッズをもらいました。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
 




