24
「君がそれを望むのなら、もちろん協力させてもらうが……。具体的に何をすればいい?」
『名前と、屋敷の場所を教えていただければ。あとはもし屋敷にいないのでしたら、夜会でも何でもいいので屋敷にいる状況を作ってほしいです』
「それは、いずれ私が関わっているとばれてしまう気もするが……」
『お嫌ですか?』
「まさか」
伯爵は椅子から立ち上がると、執務室の横、ミランダの目の前へと移動する。その場で膝をつき、頭を垂れた。やっぱり微妙にずれて対面でなかったので、こっそり彼の正面に移動する。
「君がそれを望むなら。それが今回のことに対する罪滅ぼしに、少しでもなるのなら。私は貴方の配下となろう。遠慮無くこき使ってほしい。必要なら、全ての罪を私になすりつけてくれ」
それをすると今度は夫人まで巻き込んでしまうじゃないか。こいつは馬鹿なのだろうかとミランダの視線が冷たくなる。彼に見えることはないので、面倒だと思いながらもペンを持った。
『夫人を巻き込むつもりはありません』
ひらり、と伯爵の前に文字の書かれた紙が落ちる。伯爵はそれを読むと、一瞬だけ目を瞠り、すぐに深く頭を垂れた。
「あなたの温情に、感謝する」
いや、温情とかじゃないから。言いたいし書きたくなったが、とりあえず我慢。
『では遠慮無く、最初の命令です』
「はい」
『夫人の話し相手になってあげてください。寂しそうでした』
伯爵が凍り付き、次に顔を今にも泣きそうなほど歪めて、承知した、と頷いた。
「そんなわけで、協力者ができました」
「お前は実は馬鹿だろう?」
魔王への説明を終えると、いきなり罵倒された。意味が分からない。
「さすがに予想外だ。復讐を、いや嫌がらせをしに行ったんだろう? 何故そんなわけのわからん状況になる?」
「だって夫人はすごく優しい人なんです! かわいそうじゃないですか!」
「身内に甘すぎるだろう……」
魔王に言われずとも、自分でも甘いとは分かっている。けれど、あの二人は、きっと今後とも協力してくれるはずだ。伯爵が夫人にミランダのことを話すかどうかは、少し分からないが。
「ともかく! これでわざわざ私が相手を探さなくても、伯爵が教えてくれます。まあ、自分でもちゃんと調べますけど」
「ふむ……。まあ、お前がそう判断したのなら、俺も付き合ってやろう。だが、俺のことは黙っておけよ」
「それはもちろん。話してしまうと、疑われてしまいますからね」
パール伯爵はきっとミランダに従ってくれるだろう。それは確信できる。だがそれでも、ミランダが魔王のことを話せば、裏切られる可能性もある。ないとは思うが、可能性がある以上、危ない橋を渡りたくはない。
「それで? 件の侯爵の名は聞いたのか?」
魔王が聞いているのは、パール伯爵に取り引きをもちかけた侯爵のことだろう。ミランダは答えようとするが、しかしすぐに口を閉ざした。
あの後、伯爵から侯爵の名前は聞いた。だがそれは、とてもではないが信じられない、いや、信じたくない名前だった。
「ミランダ」
呼ばれて、顔を上げる。真剣な表情でこちらを見る魔王と目が合った。
「今更俺に隠していても仕方がないだろう。ここで隠されるなら、気になるからな。俺も調べるぞ」
「我が儘ですね……」
「我が儘だとも」
魔王相手に隠し事はできないらしい。隠していたとしても、ミランダの存在は魔王の魔力によって繋ぎ止められている。あまり離れられない以上は、やはり意味のないことだろうか。
「アトメシス侯爵です」
ミランダが俯いて告げた名前に、魔王は一瞬だけ視線を上向かせ、
「ああ……。お前の友人の、フローラの家か」
「はい……。そうです」
フローラ自身は、きっと関わっていないと思う。それでも、いやだからこそ、アトメシス侯爵の名前が出るとは思わなかった。
「何も考えず、最短で物事を終わらせたいのなら、今からアトメシス侯爵の屋敷に乗り込めばいい」
魔王の言葉に、ミランダは顔を上げる。魔王からは表情が抜け落ちて、じっと、ミランダのことを見つめていた。
「お前が、それを望むのなら。俺が力を貸してやろう」
「それは……、何をするんですか?」
「全員殺せばいいだろう?」
魔王の口角が上がる。楽しそうな、酷薄な笑顔。周囲の空気もなにやら軋むような音が聞こえてくる。それほどの、威圧感。
きっとミランダが望めば、魔王はその通りにするのだろう。今すぐアトメシス侯爵の屋敷へ向かい、その中で暴虐の限りを尽くすかもしれない。いや、もしかすると、何かしらの魔法で屋敷を消し飛ばし、更地にしてしまうかもしれない。
魔王ならそれができる。この国の者があり得ないと一笑に付しても、側で見ていたミランダだけは、間違い無くできると確信している。
だからこそそれは、最終手段だ。
「いえ、いいです」
ミランダが首を振ると、魔王の威圧感はふっと霧散した。
「そうか」
「はい」
「まあ、そうだな。最短で物事を終わらせたい方法だ。まだまだ調べる余地はあるだろう? 例えば、なぜパール伯爵とやらはアトメシス侯爵だと判断した? まさか本人が格下の伯爵家に直接行くとは思えんだろう」
「そう言えば、そうですね……。聞くのを忘れていました」
「うむ。まだまだ時間はある。ゆっくり調べるといい。嫌がらせ、いや、情報収集の相手はまだまだいるだろう?」
「そうですね。情報収集、いえ、嫌がらせの相手はまだまだいます」
にや、と楽しそうに笑う魔王に、ミランダもつい笑みを零す。
まだパール伯爵から話を聞いただけだ。まだまだ復讐相手はいるのだから、それらから話を聞いてから判断しても遅くはないはずだ。
少しだけやる気が出てきた。それ以上に楽しくなってきた。思わず鼻歌を歌っていると、魔王が少し呆れたような視線を向けてきた。
「ところでだ、ミランダ」
「はい?」
「パール伯爵には筆談でお前の存在を伝えたようだが……。お前の友人たちには、しないのか?」
ぴたりと、ミランダの動きが止まる。
それは、考えなかったわけではない。むしろ、物が動かせるようになって、真っ先に考えたことだ。考えた結果は、
「伝えません」
「ふむ。理由を聞いても?」
「私が死んでいる事実に、違いはありませんから」
筆談で、信じてもらえるとは限らない。それに例え信じてもらえたとしても、ミランダはもう、いない人間だ。
「あの子たちに、不要な期待を抱かせたくはありません」
きっと、また悲しませてしまうから。
魔王はしばらく、じっとミランダの目を見ていたが、やがて、そうかと頷くと、顔を背けられてしまった。何なんだ。
「では明日からの計画を聞こうか」
「んー……。今日は色々あって少し考えたいので、明日は魔王様の授業を見学します」
「ふむ。……それは監視か?」
「いえいえ、まさか」
もちろん、授業に出ずにどこかへ行こうとすれば意地でも止めるが。そんな決意でも感じ取ったのか、魔王は大きなため息をついて、やれやれと首を振った。
壁|w・)誤字報告ありがとうございます。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




