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「君がそれを望むのなら、もちろん協力させてもらうが……。具体的に何をすればいい?」

『名前と、屋敷の場所を教えていただければ。あとはもし屋敷にいないのでしたら、夜会でも何でもいいので屋敷にいる状況を作ってほしいです』

「それは、いずれ私が関わっているとばれてしまう気もするが……」

『お嫌ですか?』

「まさか」


 伯爵は椅子から立ち上がると、執務室の横、ミランダの目の前へと移動する。その場で膝をつき、頭を垂れた。やっぱり微妙にずれて対面でなかったので、こっそり彼の正面に移動する。


「君がそれを望むなら。それが今回のことに対する罪滅ぼしに、少しでもなるのなら。私は貴方の配下となろう。遠慮無くこき使ってほしい。必要なら、全ての罪を私になすりつけてくれ」


 それをすると今度は夫人まで巻き込んでしまうじゃないか。こいつは馬鹿なのだろうかとミランダの視線が冷たくなる。彼に見えることはないので、面倒だと思いながらもペンを持った。


『夫人を巻き込むつもりはありません』


 ひらり、と伯爵の前に文字の書かれた紙が落ちる。伯爵はそれを読むと、一瞬だけ目を瞠り、すぐに深く頭を垂れた。


「あなたの温情に、感謝する」


 いや、温情とかじゃないから。言いたいし書きたくなったが、とりあえず我慢。


『では遠慮無く、最初の命令です』

「はい」

『夫人の話し相手になってあげてください。寂しそうでした』


 伯爵が凍り付き、次に顔を今にも泣きそうなほど歪めて、承知した、と頷いた。




「そんなわけで、協力者ができました」

「お前は実は馬鹿だろう?」


 魔王への説明を終えると、いきなり罵倒された。意味が分からない。


「さすがに予想外だ。復讐を、いや嫌がらせをしに行ったんだろう? 何故そんなわけのわからん状況になる?」

「だって夫人はすごく優しい人なんです! かわいそうじゃないですか!」

「身内に甘すぎるだろう……」


 魔王に言われずとも、自分でも甘いとは分かっている。けれど、あの二人は、きっと今後とも協力してくれるはずだ。伯爵が夫人にミランダのことを話すかどうかは、少し分からないが。


「ともかく! これでわざわざ私が相手を探さなくても、伯爵が教えてくれます。まあ、自分でもちゃんと調べますけど」

「ふむ……。まあ、お前がそう判断したのなら、俺も付き合ってやろう。だが、俺のことは黙っておけよ」

「それはもちろん。話してしまうと、疑われてしまいますからね」


 パール伯爵はきっとミランダに従ってくれるだろう。それは確信できる。だがそれでも、ミランダが魔王のことを話せば、裏切られる可能性もある。ないとは思うが、可能性がある以上、危ない橋を渡りたくはない。


「それで? 件の侯爵の名は聞いたのか?」


 魔王が聞いているのは、パール伯爵に取り引きをもちかけた侯爵のことだろう。ミランダは答えようとするが、しかしすぐに口を閉ざした。

 あの後、伯爵から侯爵の名前は聞いた。だがそれは、とてもではないが信じられない、いや、信じたくない名前だった。


「ミランダ」


 呼ばれて、顔を上げる。真剣な表情でこちらを見る魔王と目が合った。


「今更俺に隠していても仕方がないだろう。ここで隠されるなら、気になるからな。俺も調べるぞ」

「我が儘ですね……」

「我が儘だとも」


 魔王相手に隠し事はできないらしい。隠していたとしても、ミランダの存在は魔王の魔力によって繋ぎ止められている。あまり離れられない以上は、やはり意味のないことだろうか。


「アトメシス侯爵です」


 ミランダが俯いて告げた名前に、魔王は一瞬だけ視線を上向かせ、


「ああ……。お前の友人の、フローラの家か」

「はい……。そうです」


 フローラ自身は、きっと関わっていないと思う。それでも、いやだからこそ、アトメシス侯爵の名前が出るとは思わなかった。


「何も考えず、最短で物事を終わらせたいのなら、今からアトメシス侯爵の屋敷に乗り込めばいい」


 魔王の言葉に、ミランダは顔を上げる。魔王からは表情が抜け落ちて、じっと、ミランダのことを見つめていた。


「お前が、それを望むのなら。俺が力を貸してやろう」

「それは……、何をするんですか?」

「全員殺せばいいだろう?」


 魔王の口角が上がる。楽しそうな、酷薄な笑顔。周囲の空気もなにやら軋むような音が聞こえてくる。それほどの、威圧感。

 きっとミランダが望めば、魔王はその通りにするのだろう。今すぐアトメシス侯爵の屋敷へ向かい、その中で暴虐の限りを尽くすかもしれない。いや、もしかすると、何かしらの魔法で屋敷を消し飛ばし、更地にしてしまうかもしれない。


 魔王ならそれができる。この国の者があり得ないと一笑に付しても、側で見ていたミランダだけは、間違い無くできると確信している。

 だからこそそれは、最終手段だ。


「いえ、いいです」


 ミランダが首を振ると、魔王の威圧感はふっと霧散した。


「そうか」

「はい」

「まあ、そうだな。最短で物事を終わらせたい方法だ。まだまだ調べる余地はあるだろう? 例えば、なぜパール伯爵とやらはアトメシス侯爵だと判断した? まさか本人が格下の伯爵家に直接行くとは思えんだろう」

「そう言えば、そうですね……。聞くのを忘れていました」

「うむ。まだまだ時間はある。ゆっくり調べるといい。嫌がらせ、いや、情報収集の相手はまだまだいるだろう?」

「そうですね。情報収集、いえ、嫌がらせの相手はまだまだいます」


 にや、と楽しそうに笑う魔王に、ミランダもつい笑みを零す。

 まだパール伯爵から話を聞いただけだ。まだまだ復讐相手はいるのだから、それらから話を聞いてから判断しても遅くはないはずだ。

 少しだけやる気が出てきた。それ以上に楽しくなってきた。思わず鼻歌を歌っていると、魔王が少し呆れたような視線を向けてきた。


「ところでだ、ミランダ」

「はい?」

「パール伯爵には筆談でお前の存在を伝えたようだが……。お前の友人たちには、しないのか?」


 ぴたりと、ミランダの動きが止まる。

 それは、考えなかったわけではない。むしろ、物が動かせるようになって、真っ先に考えたことだ。考えた結果は、


「伝えません」

「ふむ。理由を聞いても?」

「私が死んでいる事実に、違いはありませんから」


 筆談で、信じてもらえるとは限らない。それに例え信じてもらえたとしても、ミランダはもう、いない人間だ。


「あの子たちに、不要な期待を抱かせたくはありません」


 きっと、また悲しませてしまうから。

 魔王はしばらく、じっとミランダの目を見ていたが、やがて、そうかと頷くと、顔を背けられてしまった。何なんだ。


「では明日からの計画を聞こうか」

「んー……。今日は色々あって少し考えたいので、明日は魔王様の授業を見学します」

「ふむ。……それは監視か?」

「いえいえ、まさか」


 もちろん、授業に出ずにどこかへ行こうとすれば意地でも止めるが。そんな決意でも感じ取ったのか、魔王は大きなため息をついて、やれやれと首を振った。


壁|w・)誤字報告ありがとうございます。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミランダまで殺さなくちゃいけない龍翠さんが作った理由に期待。……とハードルあげてみる。 罪人を出した家の娘ってだけでほとんどの将来は剥奪できるのに、念のいれようなレベルで追い込むのはまぁ………
[良い点] 殺る気満々の魔王様 正面から殴り込みしそうですね。 [気になる点] ミランダやちゃった そして友達の実家が主犯の可能性…… [一言] 更新お疲れさまです いよいよですね。 とりあ…
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