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「まさか、とは思うが……。ミランダか……?」
お、と少し驚く。まさか言い当てられるとは思わなかった。
「そうか……。そうだな……。私を恨んで、呪いに来てもおかしくはないな」
ふっと、自嘲気味に伯爵が笑う。
「言い訳は、しない。エルメラド公爵家が処刑されるように動いていたのは、間違い無く事実だ」
そう言って、伯爵はしっかりと頭を下げた。
「私の首が欲しいのなら、差し上げよう。だが、せめて一日、一日だけでいい。待ってほしい。国民のためにも、取り急ぎ仕事の引き継ぎをしたいのだ」
いや、と伯爵は一度言葉を止めて、
「できれば、二日……。妻と、一日、過ごさせてほしい。花を戻してくれた君なら、理解してもらえると、信じている」
命乞いは、なかった。今後も国を動かすためと、そして妻のために時間が欲しい、と。それだけの願い。
ミランダは思わず苦笑する。そんなに懇願しなくても、元から命までは取るつもりはなかったのだから。
元々の原因が父にあったことは忘れていない。故にミランダの復讐は命に関わるようなものにしようとは思っていない。自分を巻き込んでくれたことへの嫌がらせだ。
頭を下げたまま動かない伯爵の側に行く。ミランダは執務机のペンを手に取ると、そのペンで机を何度か叩いた。
伯爵が怪訝そうに眉をひそめて顔を上げて、ミランダが持っているペン、つまりは浮いているペンを見てぎょっと目を剥いた。
「あー……。そこにいるのかな……?」
もちろん、と言ったところで相手に伝わるはずもないので、ミランダは書類を一枚手に取った。ざっと読んでみたところ、重要な書類ではない、と思う。問題があったら書き直してもらおう。
書類をひっくり返して、その裏の白紙へ、ミランダはペンを走らせた。
『ご無沙汰しております。パール伯爵』
伯爵が目を見開いたまま固まり、次にゆっくりと顔を上げた。その視線は、ミランダへ。微妙にずれているのは、まあ仕方がないだろう。
「ミランダ嬢、か……?」
『はい』
伯爵はしばらくの間、ミランダが書いた文字を凝視していた。きっと、信じられない気持ちだろう。彼らの認識では、ミランダは間違い無く故人だったはずなのだから。
はずも何も、紛れもない故人だが。
「失礼だが、確認させてほしい……。去年、妻がミランダ嬢に譲った花の名前は?」
『ススラギの花。白い小さな、可愛らしいお花です」
決して貴重なものではなかった。けれど、夫人が大切に育てた花は、他とはまるで違うもののように感じたものだ。去年、何か一つ頂けないかと伺ったところ、ススラギの花を頂いたのだ。
どこにでもある、けれど長い期間、咲き続ける花。できるだけ長く楽しんでほしいという夫人の心遣いを感じられて、年甲斐もなくとても喜んだものだ。
冬の入りに枯れて、残された種は同じ鉢植えに植え直した。ミランダが処刑される前に最後に見た時は、小さな芽が出ていたはずだ。今は、どうなっているのだろうか。
「ああ……。ミランダ嬢、なのだな……」
伯爵は呆然とした様子で呟いた後、突然勢いよく頭を下げた。机に思い切り打ち付け、大きな音を部屋に響かせる。
「ええ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いきなりこのような行動に出るとは思わなかった。
どうしたらいいのか分からず困惑するミランダへと、伯爵が言う。
「謝罪で許されるとは思っていない。先ほども言った通り、望むのであればこの首、持って行ってもらっても構わない。だが、それでも、言わせてほしい……。まだ若い君を巻き込んだこと、申し訳なかった」
それは、心の底からの謝罪だった。
伯爵の表情から見て取れるのは、深い悔恨だった。頭を机に打ち付けたまま、上げようともしない。本当に、どうしてここまでするのだろう。
ミランダがペンで机を叩くと、ようやく顔を上げてくれた。
『今回のことは父が原因だったと聞いております。あなたの謝罪は必要ありません』
伯爵が言葉に詰まり、視線を泳がせる。その反応にミランダが首を傾げると、伯爵が言う。
「その……。エルメラド公爵の処刑は、順当なものだったとは、私も思う」
まあ、そうだろう。それは当然だと思うので、そんなに怯えないでほしいものだ。思うところがないわけではないが、謀反はそれだけ重い罪だ。
「だが、それでも。私は、君たち子供まで処刑する必要はないと、思っていた」
エルメラド公爵が捕らえられた後、その後のことで揉めに揉めたらしい。法律に則り、子供も含めて全員処刑するべきだ、という意見と、子供まで殺してしまうのは、国の将来を考えるとあまりに惜しい、という意見が出ていたそうだ。
会議は一日で終わらず、数日にわたって続けられた。そうして日が経つにつれて、全員処刑するべきとの意見に傾いていったそうだ。
「私も、最初は子供の処刑に反対だった……。だが、途中で意見を変えた者の一人だ……」
驚くミランダへ、伯爵が続ける。
会議の間、それぞれの家を訪ねる侯爵がいたらしい。その侯爵は、自分の意見を、全員処刑するべきだという意見に賛同するようにと訪ねて回っていたそうだ。
見返りは、様々。パール伯爵の場合は、当時あった借金の全額を、侯爵が全て払うこと。
このパール伯爵家とは長い付き合いだったが、それほど苦しい状況だとは知らなかった。
「欲に目がくらんだのだ……。金で、子供を売ってしまった。妻に知られた時は、それはもう烈火のごとく怒られたよ……」
伯爵は本当に悔いているらしい。そんな、一気に老いてしまったように見える伯爵を見て、ミランダは思う。
何を言ってるんだろうこの人。
思うところがないわけでは、もちろんない。けれどそれと同時に、まあそんなものか、とも思っている。
法に則れば、謀反を企てた貴族は一族で殺されることになっているのだ。それを知っているミランダからすれば、特別扱いをしてもらえそうだったが結局なかった、ただそれだけのことだ。
だから恨みなどない。まあ、それでも。嫌がらせぐらいはさせてもらうけど。それだけであっても、やはり殺された事実もまたあるわけなのだから。
ミランダがペンで机を叩くと、伯爵は大きく肩を震わせて、こちらを見上げてきた。
『私に協力してください』
さらさらと、ミランダが書いた内容に、伯爵は目を瞠った。
「協力……? 何を、するつもりなんだ……?」
『嫌がらせですが』
あ、伯爵の目が点になった。少し面白い。ミランダは小さく笑いながら、続きを書く。
『私を殺してくれた貴族の皆様に、嫌がらせをしようかなと。処刑に関しては法に定められているので何も言いません。ですが、私を殺してくれた事実は変わらないので、嫌がらせぐらいは許されると思いません?』
「あー……。うん……。そう、だな。そうなんじゃないか?」
本当にこれはミランダが書いたものなのかと、何度も文章とこちらで視線を往復させている。そうしたところで、分かるはずがないだろうに。
『あとは、そうですね。その侯爵様についても、詳しく。私の友人たちの障害になりそうな人なのでしたら、その時はまた考えます』
むしろこちらが主目的ではあるのだが、なんとなく、それを言ってしまうと断られるような気がした。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




