21
・・・・・
翌日。魔王は日の出と共に目を覚まし、手早く授業の用意を済ませる。用意といっても、いくつかの教材を持って行くだけなので楽なものだ。
昨晩、ミランダが出て行ってから教材を読んでみたが、正直今更得るもののない内容だった。他の留学生にとっても、あまり価値のある内容とは言えないだろう。
国によって差異があることは承知しているが、ここまでとは思わなかった。この国は他の国よりも少し遅れているようだ。
だが、ドワーフのガルツ曰く、ここは宝石の加工技術においては他国よりも優れているらしい。ガルツの目当てはそちらのようだった。留学中は何を中心に学ぶかは彼らに任せているので、帰国後に期待できるかもしれない。
魔王としては、正直退屈きわまりないが、たまの休暇だ。適当に授業を受けて、適当に買い食いにでも行くとしよう。
そう決めて、魔王は部屋を後にした。
「はっはっは。避けられているな」
「ははは……」
廊下を歩く魔王と、それに従う魔人のディーゴと吸血鬼のエーシャ。その三人が歩く先、生徒たちは魔王たちの行く先を塞がないように廊下の端に立っている。
そして誰もが、魔王たちをちらちらと盗み見ていた。
「畏怖、だけではないな。興味、好奇心、そういったものもあるようだ」
「なるほど……。どうされま……、どうする?」
敬語を使いそうになったディーゴを睨むことで注意して、そしてすぐに呆れた視線を向けてやる。
「どうするかは、お前たち次第だ。俺は手を出さない。適当に授業に出て、適当に買い食いに行く。たまの休暇を満喫させてもらうぞ」
「買い食い……」
少し興味を示している。食べ物だろうと、留学先に興味を示すことは良いことだと思う。
「金銭は渡しているだろう。自分でよく考えて使うといい。足りなくなったらどこかで働いてもいいぞ。人族の国で働いた、ということもまた、得がたい経験となろう」
どんな内容であっても、自国で経験できないことをどんどんとやっていってほしいものだ。そのためなら授業を抜け出しても怒るつもりはない。むしろ推奨してやろう。
「ともかく、ここの学生とはお前たちがどうにかするといい。それもまた、経験だ」
「ええ。分かったわ」
柔らかく笑いながら頷くエーシャ。是非とも頑張ってほしいものだ。
「では、俺は早速出かけることにする」
「え? いや、ルーク、授業は!?」
「面倒だ」
「いや、それは、さすがに……。ちょ、ルーク!?」
呼び止められても、面倒なことに変わりはないわけで。魔王は二人にひらひらと手を振って、さっさとその場から立ち去ることにした。
適当に食べ歩きをして、適当に散歩をして、適当に時間を潰す。いつも何かしらの仕事がある毎日に比べて、なんと退屈で、そして貴重な一日だろう。
退屈を嫌う者もいるようだが、魔王は暇も退屈も歓迎する。魔王がそう感じるということは、世界は今も平和を維持できているということだからだ。
そうしてのんびりとした退屈を満喫した魔王は、夕方になってから寮に戻った。
寮に戻った魔王を部屋の前で待っていたのは、ロイドだった。
「ん? どうしたロイド。そんなところで」
「ああ。君を待ってたんだよ」
「ほう。……俺にそんな趣味はないぞ?」
「僕にもないからね!?」
冗談だ、と良いながらロイドを部屋に招き入れて。
「あ」
「…………」
「ルーク? どうした?」
部屋の真ん中をぷかぷか浮かんでいるミランダが間の抜けた声を出して、魔王はミランダを見て頬を引きつらせそうになった。ミランダが見えないロイドは立ち止まった魔王に怪訝そうにしている。
魔王は小さくため息をついて、ミランダを無視した。ミランダも何も言わず、そっと部屋の隅に移動する。椅子に座って、対面側をロイドに顎で示した。
「はは……。君の僕に対する対応の仕方は、好感が持てるよ」
「そうか」
「でも他ではやらない方がいいよ」
「やるわけがないだろう」
外交の場で魔王を咎められる者などいないが、それでも礼儀というものがある。かつては敵対していた人族だが、それはもう昔の話なのだ。欠かすつもりはない。
ロイドへの対応は、本人がそうと望んだためだ。
「それで、ロイド。何の用だ?」
「いや、用というか……。いきなり授業を休んだだろう? それで心配して、ディーゴに聞いてみたんだけど……。食べ歩きで休むのはさすがに予想外だったよ」
魔王の背後から冷たい気配が伝わってきた。見なくても分かる。ミランダがこちらを睨んでいる。ミランダにとっても、いきなり理由もなく休むのは予想外だったのだろう。
魔王としては、至極当たり前のことだったのだが。
「必要なかったからな」
「それは……、どういう意味かな?」
「こちらに比べて遅れている、という意味だ」
ぴくり、とロイドの眉が動いた。だが表情は変えていない。
「そうか……。いや、それでも、休まれるのは困るよ。一応、留学なんだからさ」
「ふむ。だが……」
「それに、一人だけ休んだりしていると、他の留学生たち、ディーゴたちにも迷惑がかかるよ。特別扱いされている生徒とその仲間、というのは、面白いものじゃないだろう?」
なるほど、一理ある。確かに少し我が儘が過ぎたかもしれない。
「そうか。それはあり得るな。分かった、明日からは真面目に行こう」
おもしろみのない授業ではあるが、話を聞き流すだけの退屈というのもいいだろう。新しい発見があるかもしれないし、それに期待しよう。
「ああ。お願いするね。それじゃあ、僕はここで」
「なんだ。それだけを言いに来たのか?」
「そうだよ。少しは察してくれると助かる」
ロイドはそう言って、すぐに部屋を出て行ってしまった。
思っている以上に迷惑をかけたのかもしれない。反省しておこう。
「それで、ミランダ。お前は早い帰りだな。もっと遅くなると思っていた。何かあったか?」
「ええ、ああ、はい。少しお話ししておこうかと」
「ふむ。聞こう」
これほど早く何かしらの成果が出るとは思わなかった。さすがは一国の王子が出所の情報といったところか。
ミランダは魔王の対面、先ほどまで王子が座っていた椅子に座ると、一呼吸置いてから語り始めた。
壁|w・)よろしくと言いながら初日からさぼる魔王様。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




