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二人が外へ出る。少し遅れて、男が二人。この二人が護衛なのだろう。もしかすると他にもいるかもしれない。例えば、魔王が一瞬だけ視線を向けたいくつかの場所に。
けれど残念ながらと言うべきか、ミランダには全く分からない。むしろどうして分かるのか聞きたいぐらいだ。
姿が見えないことをいいことに魔王の隣に陣取っていると、ロイドが口を開いた。
「それで? 僕に何か、大事な用でもあるのかな」
ロイドがにこやかに笑いながら、魔王を見る。しかしその視線は、いつの間にか鋭いものに変わっていた。
「ふむ? 何故そう思った?」
「誤魔化さなくてもいい。君が、他の五人より立場が上なのはすぐに分かる。いや、わざわざ分かるようにしていたんだろう? 僕と、何か交渉をするために」
「は?」
「ん?」
魔王が何を言ってるんだこいつとばかりに呆れた顔をして、王子が予想外の反応に戸惑う。
まあ、こうなるだろうなとは思っていた。
魔王は至って自然体だ。本当に何も気にしていない。その上での言動は、きっと全て身に染みついてしまっているのだろう。せめて他の五人がもう少し演技が上手ければ、誤魔化しもできたかもしれないが。
ロイドたちから見れば、ルークという生徒の立場が一番上だと明確に見せられていたようなものだ。そのルークからの呼び出し。何かしらの大事な話があると思っても仕方がない。
ということを、早口で魔王に説明した。少し疲れた。
魔王はというと、哀れみの目をロイドへと向けていた。
「お前は、自分が住んでいるこの国が、そこまで特別な国だとでも思っているのか?」
「え……?」
「だとすれば、自惚れが過ぎる。魔族の国にとって、この国もお前も、人族の数ある国のうちの一つとその王子、という程度のものだ。それ以上でも以下でもない」
ロイドがショックを受けたような顔をするが、ミランダとしては今更だ。魔王からこの国が指名されたということで何かあるのかもしれないと思ったのだろうが、魔王からすればミランダが理由にあるだけだ。
ただ、どうして自分のためにそこまでしてくれるのだろう、とはやはり思うが。
それはそれとして、話を聞いていたらしい護衛の人たちの視線がとても厳しいものになっている。魔王もそれに気付いているはずなのに、気にした様子もない。
「はは……。自惚れか。そうか、そうだね……」
ロイドはしばらく苦笑しつつ、そして小さくため息をついた。
「うん。ありがとう。先に言っておいてくれて助かったよ。でもそれじゃあ、どうして僕を呼び出したのかな?」
「ああ……。いや、なに。少し調べていることがあってな。実は俺は、ミランダとは知っている仲だ」
「なんだって!?」
王子が目を剥いて驚いて、ミランダも唖然としてしまう。いきなり何を言っているんだろうか。
「詳細は彼女との約束がある以上、話すことはできないが、文通のようなものをしていたのだ」
「それは……。ああ、そうか。驚いただろうね。急に連絡が途絶えて、いざここに来てみれば、殺されていたんだから」
「まったくだ。俺はあいつを高く買っていたんだがな。何の冗談かと思ったぞ」
何の冗談かと思っているのは自分の方だ。一体本当に何を言っているのだろう。
当然だが、魔王の言葉は全て出任せだ。ミランダに魔族の知り合いはいないし、ましてや文通などまずあり得ない。文通そのものを人族相手にすらしていない。自分で言って悲しくなるが、そんな相手はいなかったのだから。
もしかすると、ミリアなら文通をしてくれたかもしれないが……。いや、やめよう。仮定の話であり、今ではもう叶わない願いだ。
「ともかく、俺は彼女の死に関わることを知りたいのだ。王子なら、何か知っているのではないか?」
魔王がそう言った瞬間、魔王の瞳がわずかに光ったのが分かった。それが何を意味するのか、ミランダには分からない。
まさか自白の魔法か、と考えて、慌ててロイドを見る。ロイドは魔王を真っ直ぐに見つめて、そして残念そうに首を振った。
「申し訳ないが、僕に答えることはできない」
「そうか。そうだろうな。期待はしていなかったさ」
そう言って、魔王が肩をすくめる。頭を下げようとした王子を手で制して、首を振った。
「王族が簡単に頭を下げるな。お前の立場は重々承知しているつもりだ。念のため聞いてみただけさ」
そう言って、王子の肩を叩く。ではな、と手を振って、
「俺はもう戻る。明日からよろしく頼むぞ、ロイド」
「あ、ああ……。こちらこそよろしく、ルーク」
魔王はひらひらと手を振りながら、部屋へと歩き始めた。
色々と聞きたいこと、言いたいことはあったが、寮の部屋までミランダは我慢した。
部屋にたどり着いて、扉を閉めて。そこまで確認してから、ミランダは魔王へと言う。
「残念でしたね。結局何も分かりませんでした」
「はは。そうだな」
魔王は、心底楽しそうな顔だ。ミランダが怪訝に思っていると、魔王がにやにやと意地の悪い笑顔を浮かべて、
「俺が使ったのは、読心の魔法だ」
「はい? え……? 読心……?」
「うむ。はっきりと心の声が全て分かるというわけではないが、ある程度ならな。それで、だ。お前の死について聞いた時に、王子が思い浮かべた貴族がいくつかあったぞ」
それはすごい。色々と苦言も言いたいが、それよりもかなり貴重な情報だ。
魔王が口にした三つの貴族の名前を頭に叩き込む。それなりに有名な家だが、エルメラド公爵家とは繋がりのない家もあった。余計に意味が分からない。
だがそれは、調べてみればきっと分かることだろう。
「それにしても、すごい魔法ですね……。魔族では常識の魔法だったりします?」
もしそうなら、魔族とは思っている以上に危険かもしれない。
「阿呆。そんなわけがないだろう。禁術の一つだ。言っておくが、勇者も使えるぞ」
「えー……」
なんだろう。魔王と接するようになって、勇者のイメージがどんどんと崩れていっているような気がする。いや、別にいいのだが。直接会うこともないわけだし。
「それで? お前はこれからどうする?」
「もちろん、調べに行きます。三家だけとは思えませんし」
「そうだな。ではまた何か手伝ってほしいことがあれば言うといい。あとは、毎晩の報告は怠るなよ」
「心得ています」
本当に、色々と便宜を図って貰っているのだ。本音を言えば、どうせ疲れない体なのだからずっと調べ続けたいところだが、恩人とも言える魔王が報告を望むのならそれぐらいはしなければならないだろう。
「では行ってきます」
「ああ」
ミランダは魔王へとしっかり頭を下げると、壁をすり抜けて外へと出て行った。
壁|w・)魔王がいるので難易度ベリーイージー。それがこのお話。
書きためが間に合ったので、30話までは毎日更新続行です。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




