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01


 気が付けば、ミランダは見知らぬ部屋にいた。いかにも高そうな絨毯が敷かれ、いくつもの本棚が並び、そして執務机のある部屋だ。おそらくはどこかの貴族邸の執務室、だろうか。

 はて、とミランダは首を傾げる。私は間違い無く、先ほど首を落とされ死んだはずなのに、と。

 いや、そもそもだ。自分の体に違和感を覚える。なんだろう、こう、感覚がないというか。暖かいも冷たいも、何かに触れている感覚すらない。不思議に思って自分の体を見下ろせば、見事な半透明だった。自分の体の向こう側が透けて見えるという貴重な体験だ。体験したくはなかった。


 まあ、つまりは。幽霊になってしまった、ということだろうか。

 でも、とミランダは思う。未練なんて特には……。

 いや、あった。大きな未練があった。死ぬ間際に友人を見ることができて満足してしまったけど、それはそれで未練はある。自分の名にかかってしまった汚名もそうだし、おそらくだが自分をはめてくれた誰かにも仕返ししてやりたい。


 だがそれよりも。何よりも。友人たちが心配だ。そんな危険人物がいる国にいる友人たちが心配だ。その心配と比べれば、汚名も仕返しも至極どうでもいいものだ。

 うん。そう。やはり、友人たちを助けるために。ついでに自分の仕返しもするために、どこかの誰かさんはどうにかしておきたいところ。

 目的は、まあとりあえず、決まった。だから、現実逃避はそろそろやめましょう。


 改めて、執務机を見る。そこにいる男を見る。どう見ても、人族ではない男を。

 全身を覆う漆黒の鱗に、背にはコウモリのような大きな翼。そして頭には醜悪な角。間違い無く、魔族だ。


 この世界は大きな大陸が二つある。片方はミランダたちのような人族が支配する大陸。もう片方は、魔族が支配する大陸だ。昔は、それこそ自分が生まれるずっと前はお互いに憎み合い、戦争をしていたらしいが、今は休戦協定を結び、交易までしている。

 故に決して敵対しているというわけではないのだが、けれどやはりお互いに嫌悪感を持つ者は多い。自分は幼い頃から魔族の特使と会うこともあったのでそれほどではないが、潜在的敵国という扱いで間違いはないはずだ。

 その魔族の、おそらくは貴族。どうやら自分は別の大陸にいるらしい。


「意味が分からない……」

「それは俺が言いたいのだが」


 ミランダが呟くと、目の前の男が反応した。反応があるとは思わずにミランダは目を丸くする。幽霊なのだから、見えも聞こえもしないと思っていたのだが。


「えっと……。私のこと、見えています?」

「うむ。俺に幽霊の知人はいないはずだが。ましてや人族の幽霊など初めて見たぞ。どこかで会ったか? それとも、生前に会ったことがあるのか?」


 少しだけ。少しだけ、嬉しく感じた。もう誰とも会話はできないだろうと思っていたのだ。こうして、相手が魔族であろうと、会話をできることが素直に嬉しい。

 けれどそんな感情は表情には出さず、ミランダは魔族に言った。


「失礼しました。実は私も先ほど気が付いたところでして。いつの間にか、幽霊になっていました」

「ふむ……。なるほど。では初対面で間違い無いか?」

「はい。間違いありません」


 実を言うと、男の顔や姿にはどこかで見覚えがあるような気もするにはするのだが、はっきりと思い出すことができない。その程度の記憶しか残っていないのなら、初対面も同然だろう。


「では是非とも素性を明かしてもらいたいものだ。故意でなくとも、不法侵入のようなものだ。まさか自分からは言えないとは言うまいな?」

「あー……。そうですね……」


 人に名前を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だろう、と言いたいところではあるのだが、男が言う通りどんな理由があろうと男の私室とも言える執務室に侵入しているのは間違い無く自分だ。先に礼を失しているのは自分なのだから、自己紹介はこちらからするべきか。


「私はミランダ。ミランダ・フォン・エルメラド。エルメラド公爵家の長女となります」

「エルメラド公爵家……。ああ、思い出したぞ。エルジュ王国だな」


 男の言葉に、ミランダは目を丸くした。エルジュ王国は、いくつかある人族の国の中で、小国というわけではないが、かといって決して大国というわけでもない、中堅どころの国だ。

 自分が言うのもなんだが、魔族から見たエルジュ王国はいくつかある人族の国の一つ、程度の認識だと思っていた。それなのに、まさか家名から国を当てられてしまうとは。


「ん? どうした?」


 男が怪訝そうに眉をひそめる。黙ってしまったミランダを訝しく思ったらしい。


「いえ……。まさか、家名だけで国の名前が出てくるとは思っていなかったので……」

「そうか? 全ての国、全ての家名を把握しているつもりだぞ」


 今度こそ。ミランダは絶句した。ミランダですら、大国や隣国ならともかく、他の小国の家名までは覚え切れていない。それぞれの王家なら覚えているが、その程度だ。理由は単純で、あまりにも数が多すぎて覚えきれないだけだ。


「すごいですね……」


 素直に感心する。自分はまだ、努力が足りなかったらしい。

 だが、ミランダの称賛に、男は苦笑しただけだった。


「長く生きているからな。その程度は自然と覚える」


 長く生きる。そう言えば、魔族には長命な一族もある。さらに例外で、不老とすら言われる魔王もいるぐらいだ。

 この男も、そういった一族なのだろう。


「では、次は俺が名乗ろう」


 男が立ち上がる。威厳溢れるその姿に、ミランダは知らずつばを飲み込んだ。


「我が名はケイオス。魔族を、つまりはこの大陸を統べる魔王である」


 どうやら自分は、とんでもないお方の部屋に忍び込んでいたらしい。

 威風堂々たる魔王の姿に、その覇気に、ミランダはとりあえず神様を恨んだ。せめて違う場所で起こしてください、と。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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[良い点] 魔王登場ここでケイオスさんが 「俺の仲間にならないか?そうすれば世界の半分をお前にくれてやろう」 とか言い出したら格好いいですね [気になる点] 魔族を利用して世界を征服する肩代わりに…
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