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「ディーゴたちは後ほど報告に来るだろう……。ルルエラたちを覗いてみるとしようか」
短い詠唱をして、指先で目の前に円を描く。するとその円の中に映像が表れた。
遠視の魔法。予めマーキングをしておく必要はあるが、その相手の様子を見ることができる魔法だ。魔王は留学生全員をマーキングしているため、彼らの様子はいつでも確認できる。
これはもちろん、彼らの安全のためだ。もしもの時は守ってやらねばならない。それが、他国へと送った魔王の義務だ。
本来なら音声も聞けるのだが、今回は緊急時でもないのでそこまでする必要はないだろう。
映像では、ルルエラたちはフローラに案内されて寮を回っているようだ。ルルエラたちはフローラとにこやかに会話をしている。悪くない雰囲気だ。
だが、どうやら魔族に抵抗がないのはフローラだけらしい。周囲の様子を確認してみると、他の女生徒が遠巻きに見ているのが分かる。怯えか、恐怖か、嫌悪か。さすがにまだ判別はできない。
「だがまあ、いつものことではあるな」
複数回交換留学生を行ってきた国ならともかく、初回や二回目の国ではよく見る光景だ。珍しい光景ではない。
これに関して、魔王は手を出すつもりはない。留学生である彼らが、信頼を勝ち得るはずだ。自分の国の子供たちを信頼している。
「楽しみだ」
魔王は笑みを浮かべながら、映像を消した。
・・・・・
ミランダはとある伯爵の屋敷を調べていた。
幽霊であるミランダには壁など意味を成さない。壁に頭を突っ込めば、隠し部屋ですら容易に見つけることができる。さらには実体がないためか、暗い場所でも問題なく見ることができる。
潜入捜査にこれほど適した人材はないのではなかろうか、と自画自賛しておく。
もっとも、死んでまで潜入捜査など本来はしたくはないのだが。
魔王と別れてから日が沈むまで、伯爵邸をくまなく調べてみたが、どうやらここの伯爵はミランダの処刑には何も関わっていないようだった。日記も見つけたが、処刑を見に行くことすらしていなかったらしい。
むしろ。
「あのような子供を処刑など、何を考えているのか理解できない、か……。そう思ってくれる人もいたのね……」
謀反という大罪を犯そうとした家の娘だ。処刑で当たり前だと思っていたが、こうした考えの者もいるらしい。少しだけ、嬉しく思う。
だから、きっとこの家は問題ないだろう。そう、思っておく。
これ以上ここを調べたいとは思えなかったので、ミランダはそっとその屋敷を後にした。
まだ日は沈んでいないが、やることもなくなったので魔王の部屋に戻ることにする。今から別の屋敷を調べようとは思えなかった。
壁をすり抜け、魔王の部屋へ。入ったところで、部屋を出て行こうとする魔王と目が合った。
「ん……? 早かったな。どうした?」
「いえ……。魔王様こそ、どうしたんですか? どこかに行かれるんですか?」
「学生主催の、歓迎パーティとやらだ」
そう言えばやると言っていたな、とミランダも思い出した。
「それで? 戻りが早かった理由は? 予想外の収穫でもあったのか?」
「ああ、いえ、その逆です。あまりにも関係なさそうな家だったので、切り上げてきました」
「ふむ?」
魔王が扉を閉めて、椅子に座る。対面の椅子を顎で示してきた。どうやら話せということらしいが、パーティはいいのだろうか。
「あの、魔王様、パーティは……?」
「こちらの方が面白い」
「ええっと……。仮にも王族のお誘いですよ?」
「学園内では対等なのだろう?」
それを断る理由に使うとは前代未聞だ。頬を引きつらせるミランダに、魔王がもう一度顎で座れと促してくる。少し我が儘すぎないかこの魔王。今更か。
「主役は留学生、つまりは魔王様たちなんですから、あとで顔を出してくださいよ」
「気が向けばな」
王子にとても謝りたい気分になってくる。ミランダはため息をつくと、あの屋敷で見た資料のことを話した。
といっても、大した内容はない。あの処刑を見に来なかったことと、日記に記された伯爵の考え程度だ。
全て聞き終えた魔王は、呆れたような視線をこちらへと向けてきた。
「で、お前はそれを鵜呑みにしたのか?」
「はい?」
「貴族というのはな、どこに敵がいるのか分からないものだ。隠された資料だろうと、鵜呑みにするな。しっかりと時間をかけて、徹底的に調べてこい」
なるほど、とミランダは頷いた。今は亡き父も、そういった資料関係はかなり神経質に管理していたような気がする。ミランダがこっそり執務室に忍び込んだ時など、烈火のごとく怒られたものだ。
そんな思い出話をしてみると、魔王は目を細めた。
「お前の父親がお前のことを愛していたのは間違い無いらしい」
「はい?」
「情報は、形に残るものとは違い、知っているだけで狙われることもある。お前の父親は、わずかでもお前が狙われる可能性を潰しておきたかったのだろう」
そういうもの、なのだろうか。
すでに記憶が朧気になっている程度には昔のことであり、本人に聞きたくとももう聞くことはできない。少しだけ、寂しいと思ってしまう。
亡き父のことを思い出して感傷に浸っていると、魔王がおい、と声をかけてきた。
「はい」
「感傷に浸るのは後にしろ。それで? どうするんだ?」
このどうするは、もう一度調べに行くかどうか、ということだろう。話を聞く限りではもう一度行って徹底的に調べた方がいいのかもしれないが、情報の真贋がミランダに分かるわけがない。
「魔王様。闇雲に探しても、私では意味がないのでは?」
「そうかもしれんな」
分かっていたのなら最初から言ってほしかった。ミランダが魔王を冷めた目で睨むと、彼は笑いながら、
「怒るな怒るな。無駄、というわけでもない。真贋が分からないといっても、処刑に関わった情報ならそれはほぼ間違い無く真だ」
「理由は?」
「贋は見られてもいいように、当たり障りのない、もしくは飾ったものを置いておくものだ。見られて困る情報を出すはずもあるまい」
「はあ……。なるほど?」
言われてみればその通りのような気もする。
だがどちらにしても、やはり探すのには時間がかかりそうだ。ひたすらに疑って、疑い抜いて調べないといけないということで。人間不信になりそうだ。時間も足りるか分からない。
「それもそうだな。それで? お前の目の前には誰がいる?」
にやにやと。意地の悪い笑みを浮かべる魔王。ミランダははっと我に返ると、素直に頭を下げた。
「協力、お願いします。魔王様」
「いいだろう。お前が知らない情報を知っている相手に心当たりがある」
立ち上がって、扉へと歩いて行く魔王。慌てて追いかけるミランダに、魔王は言う。
「パーティに行くぞ」
「唐突ですね!?」
「ああ。王子殿下なら、色々知っているだろうからな」
はっとするミランダが魔王を見れば、魔王はそれはとてもとても楽しそうな笑顔だった。
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ではでは。




