17
魔王は頷き、振り返る。思わず身構えるディーゴたちに魔王は肩をすくめて、
「俺はどの部屋でも構わない。好きに選んでいいぞ」
「え? いいので……、いいのか?」
「無論だ。俺たちは対等だろう?」
「…………」
ディーゴたちの頬が引きつっている。ミランダも思わず天を仰いでしまった。何やっているのだろうかこの魔王は。
ロイドも、この中で誰が一番上なのか理解したのだろう。ただそれでも、ロイドの顔は仲間を見つけたかのように輝いていた。きっと、魔王が自分と同じ、平等に、という考えを持っていると思ったのだろう。
「君とは仲良くやれそうだよ」
「ふむ? そうか。俺も仲良くやりたいものだな」
だめだこいつ。もうどうにでもなれ、とミランダは乾いた笑みを浮かべていた。
寮の空き部屋は男子側だけでも十以上あった。軽く中を見たが、どうやら部屋の構造そのものはどの部屋も変わらないらしい。侯爵家も伯爵家も区別なく、上級貴族でひとくくりのようだ。
「僕もできればこういった部屋が良かったんだけどね……」
部屋を見て回りながらロイドが言う。首を傾げる魔王に、ミランダは耳打ちする。
「王族は特別な部屋が割り当てられています。一番奥で、常に兵士が扉の前で見張っています」
「ああ……。王族だからな。平等と言っても、限度があるだろう。仕方がない」
「はは。分かってはいるんだけどね」
分かっているからこそ、我が儘は言わない。少し羨ましいと思うだけだ。
そう、かつて自分に言っていたことがある。変わらない王子に、少しだけ安堵した。
「俺はこの部屋でいい」
魔王が選んだ部屋は階段に近い部屋だった。何か意図があるのかと思ってしまうが、間違い無く何も考えていない。
少しは考えた方がいいのでは、と一瞬思ったが、しかしすぐに思い直す。魔王にとっては、部屋は本当にどうでもいい事柄なのだろう。
彼はあくまでもミランダの付き添いだ。頼めばある程度の協力はしてくれるだろうが、進んで首を突っ込むわけではない。本人が言っていたように、魔王にとってはただの休暇なのだ。
むしろ彼が先に決めないと、ディーゴたちが気を遣って決められない可能性もある。それを思うと、魔王の即断はむしろ良かったのかもしれない。
「部屋を決めたら後で教えてくれ。それまでは俺は部屋で寛いでおく」
「わかりま……、分かった」
「ははは。いい加減慣れろ馬鹿者」
「おう……」
それを言うなら魔王ももう少し口調を柔らかく、と思ったが、まあ言っても無駄だろう。
ディーゴたちが去ってから、魔王は部屋に入った。
三階の部屋の広さは、二階の部屋と本来は大差ない。だが何よりも違うところは、二部屋利用できるということだろう。入口の扉とは別にもう一つ扉があり、そこは寝室になっている。
つまりは実質的な広さは二倍あるということだ。かなりの特別扱いではあるが、それでも文句を言う者は多い。ミランダも愚痴をこぼす知人をよく宥めていたものだ。
「借り物の部屋が広かろうと意味はないだろうに」
「同感です」
実家の自室なら、広さ自慢や調度品の自慢も分かるが、ほぼ全てが借り物の寮で広さにこだわる意味が分からない。ミランダも不便だと思ったことはないほどだ。
「ちなみにほとんどの上級貴族の家の子が使用人を連れてきます」
「は? さすがに二人で住むには狭いだろう」
「はい。なので、使用人たちは毎日通ってくるのです」
「…………。同情しそうだ」
「まったくです」
ミランダも付き合わされる使用人がかわいそうだと思った側だ。なのでミランダは自分の身の回りのことは自分でできるように努力した。複雑なドレスを一人で着ることはさすがにできないが、自室の掃除ぐらいなら一人でやっている。
「使用人は助かるだろうが、お前は本当に公爵家の令嬢か?」
「よく言われます」
だが悪いとは思っていない。貴族らしく振る舞うことで、あるかもわからない自尊心を満たすことよりも、使用人を初めとする他者との関係の方がミランダにとっては大事だったのだ。
「私の考え方は間違っていますか?」
「さて、な。これに関しては国によりけりだ。俺が口を出せるわけではない。だが、少なくとも俺は、お前のあり方の方が好ましいと思う」
「そうですか……。良かったです」
小さく、安堵の吐息を漏らす。間違っていると言われたら、落ち込んでいたかもしれない。
「さて! では魔王様。私はいろんなお屋敷に潜入して調べてきます!」
「堂々と入ることは潜入と言うのだろうか」
「うるさいです」
せっかく誰にも見られない体なのだ。有効利用しなければもったいない。
「今回は長い時間がある。ゆっくりと調べてくるといい。ただし、必ず夜に報告に来い。時間は問わない。太陽が昇る前ならば、真夜中だろうと構わん」
「えっと……。体調とか大丈夫ですか?」
「勇者と殺し合った時は三日三晩戦い続けたこともある。問題はない」
それはそれでどうかと思う。
最近たまに思うが、明らかに他を超越した魔王と互角に戦い続けた勇者も大概おかしいと思う。
「分かりました。では、行ってきます」
ミランダが頭を下げて、魔王へと言う。魔王は面倒そうに手を振って、ミランダを送り出してくれた。
・・・・・
「行ったか」
ミランダを見送って、彼女が遠く離れたことを確認した後、魔王は大きく伸びをして、改めて部屋を見回した。
最初の部屋にあるのは、勉強机や本棚の他、テーブルや椅子、棚など。部屋の隅には小型の冷蔵庫がある。この冷蔵庫は、勇者と魔王が協力して作り上げたもので、今では全世界、人族魔族の区別なく普及している。
複雑な仕組みはしていない。勇者と魔王が作り上げた魔方陣が冷蔵庫の天板に刻まれていて、常に冷たい風が吹いているというものだ。天板には小さな四角形の枠があり、魔力を込めた石などを置けばその魔力を吸い上げるようになっている。
これを作り上げた時は、勇者と共に喜びを分かち合ったものだ。もう百年以上前の話になる。少しだけ、懐かしい。
過去を懐かしんだ後は、隣の部屋へ。そこは大きなベッドと衣装ケースがあるだけの部屋だ。ベッドなど寝られればそれでいい。興味はないのでさっさと閉める。
一人で暮らすなら、やはり十分な広さだ。文句を言うらしい貴族子息の感覚がよく分からない。
だが、と思う。ミランダの話では、二階は一部屋だけらしい。つまりこの部屋にベッドも収まっているということだ。さすがにそれは狭いと思うが、どうなのだろうか。
そこまで考えて、魔王は苦笑した。何を考えているのだろう、と。あまりにも関係がなさすぎる。
そんなことよりも、自分の国の子供たちのことを考えてやるべきか。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




