15
翌朝。日も昇らぬうちに執務室に入ってきたのは、燃えるような赤い髪の少年だった。頭にある小さな角だけが魔族であることを証明している。だがそれ以外は、人族にしか見えない。
先日、地下で見たカプセルの中の少年と同じ容姿だ。つまりは。
「魔王様、ですか?」
恐る恐る声をかけてみると、少年がミランダの方へと視線を向けてきた。
「ああ。戻ったぞ」
「はい……。お帰りなさいませ」
声も慣れ親しんだ声ではなく、少し高い少年特有のもの。違和感はあるが、そのうちに慣れるだろう。
「不思議ですね……。容姿が違うのに、感じる魔力は魔王様そのものです」
魔王に取り憑くことになってしまったためか、他人の魔力の判別はできないが、魔王のものはなんとなく分かる。今の魔王から感じる魔力も、変わらず魔王の魔力そのものだ。
「当然だろう。体が違うだけだ」
「はい?」
「む……? お前は魔力がどこで作られているのか、分かっているのか?」
「詳しくは分かりませんけど、体内のどこか、ですよね」
少なくともミランダはそう教わっている。だが魔王の反応は、呆れのそれだった。
「違う。魔力は魂由来のものだ。こうして体を変えたからといって、魔力そのものが変わるわけではない」
「な、なるほど……?」
どうしよう。あまり理解できない。言っていることは何となく分かるのだが。
ミランダが唸っていると、魔王は苦笑して肩をすくめた。
「まあいい。それよりも、俺はこの体に慣れるために軽く動いてくるが、お前はどうする?」
「暇なので一緒に行きます」
「そうか」
ということで、ミランダは魔王の散歩に付き合うことになった。
体に慣れることが目的だと聞いたので、どこかで激しく動いたりといったことをするのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。魔王はのんびりと城の中を歩くばかりだ。
予め知らされているのか、すでに働き始めている者たちは魔王を見ると、一瞬だけ驚き、慌てたように頭を下げてくる。予め知っているにしては、少し驚きすぎではなかろうか。
「この城で働く者には、ある程度の戦闘能力が求められる」
「え? あ、はい。そうなんですね」
「相手の魔力の質が何となく分かるようになる。他の者にこの体については教えていないからな。俺の魔力を感じて驚いているのだろう」
つまり、見知らぬ者がいると思ってよく見てみたら、魔王の魔力、つまりは魔王その人で驚いてしまっている、ということだろうか。
「魔力の質ってあるんですね……。エルジュに行った時は大丈夫ですか? 感じられる人もいますよね?」
「今は隠す必要がない故に垂れ流しなだけだ。エルジュでは隠すさ」
それなら安心だ。魔王が魔王だとばれてしまうと、大きな問題になりかねない。
そうして雑談をしつつ歩き回り、日が昇ったところで魔王は広場に向かった。
広場には若い五人と、宰相がいた。若い魔族が今回の留学生だろう。人族とあまり変わらない者もいれば、コウモリのような大きな翼を持つ者もいる。魔族というのは、個々によって本当に姿が違うものだ。
執務室の書物を読んで分かったことだが、魔族はそれぞれの種族でさらに細分化される。もっとも有名なのは魔王と同じ魔人だが、サキュバスや吸血鬼、ゴブリンなども魔族となる。
魔族の定義がよく分からなくなる。これについて魔王に聞いた時の返答はある意味で分かりやすく、そして人族であるミランダには分かりづらいものだった。
人族と魔族の区別、それは人族から見たものであり、かつて人族から迫害されてこの大陸に逃れてきた全ての種族が魔族と呼ばれるようになった、というものだ。
もっとも、その迫害も数千年前のことらしく、さすがにそれは誰も気にしていないらしいが。ともかくその時から人族、魔族と別れてしまったらしい。故に、人間となると両方を指し示すのだとか。
留学生を見ていると、本当に幅広い、と思う。
一人目。魔人の少年、名をディーゴ。真っ黒な髪に黒い翼。文武両道の秀才、なのだが、表情はとても柔らかい。以前見た時はにこにこと笑顔を振りまいていた。
二人目。サキュバスの少女、ルルエラ。桃色の髪で、さすがサキュバスとも言える豊満な体型だ。何故かあまり好きになれない。羨ましいわけではない。ないったらない。
三人目。ドワーフの少年、ガルツ。ドワーフらしい小柄な体型だが、まだ少年なので髭も生えてないし酒も飲めない。ちなみにドワーフは成人の儀で酔いつぶれるまで酒を飲まされるらしい。
四人目。リザードマンの少年、ドラグルレンザ。リザードマンの名前の最初は例外なくドラグルで始まるらしいので、実質的な名前はレンザになる。二足歩行しているトカゲだ。ちなみにこの例え方をリザードマンにした場合、怒られるのかと思いきや、いかにもその通りと笑われるらしい。
五人目。吸血鬼の少女、エーシャ。淡い金髪で、誰に対しても物腰が低い吸血鬼だ。なお、戦闘能力に限れば五人の中で最も高いらしい。人は見かけによらないものだ。
以上五名が今回エルジュ王国へと向かう留学生になる。今はその全員が、魔王へと跪き、頭を垂れていた。
「楽にしろ」
魔王が言うと、留学生たちと五人が立ち上がった。しかし直立不動。それを見た魔王がわずかに頬を持ち上げる。ミランダにはそれが苦笑いだと察することができた。
「分かっているとは思うが、俺もあちらでは同じ留学生だ。間違っても魔王などと呼ぶなよ?」
「畏まりました。陛下」
「いや、本当に分かっているのか? 不安になったぞ」
呆れる魔王に、宰相が苦笑する。仕方がありません、と前置きして、
「彼らにとっては陛下は雲の上の方なのです。察してあげてください」
「気楽にしてくれていいんだがなあ……」
面倒だ、と魔王が小さく呟いて、宰相は肩をすくめた。
「あの、陛下。私たちは何とお呼びすれば……?」
おずおずと、魔人のディーゴが聞いてくる。魔王は少し考えて、
「ルーク、と名乗ろう。呼び方は好きにしろ。ただし様付けはするな」
「分かりました、ルーくん!」
サキュバスのルルエラの声。誰もがぎょっと目を剥いて彼女を見て、魔王はどこか面白そうに目を細めた。
「ルーくんときたか。いいだろう、許す。そう呼ぶといい」
ルルエラ以外の五人がほっと胸を撫で下ろした。ルルエラも、小さく安堵の吐息を漏らしている。
もしかすると彼女は、他の子がやりやすいようにと、いきなりあだ名で呼んだのかもしれない。優しい子なのだろう。でもやっぱりちょっと好きになれない。羨ましいわけじゃないけども。
「では行くとしよう」
魔王がそう言って歩き始める。一人で、さっさと歩いて行く。留学生たちはぽかんと呆けていたが、宰相が咳払いすると慌てたように魔王を追いかけた。
「大丈夫かな、これ」
でもちょっと楽しそう、と少しだけ、本当に少しだけ、あの場にいる子たちが羨ましくなってしまった。
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ではでは。




