12
「死にたい」
魔王の真横で、ミランダは頭を抱えていた。
前から思っていたけれど、なんだろうあの子は。ちょっといい子すぎないだろうか。そんないい子をあそこまで追い詰めたのは誰だ。私だ。
「死にたい」
「死んでるが」
「死にたい」
「落ち着け」
本当に、開き直っていた自分を殴り飛ばしたい。まさかあそこまで、親友が落ち込んでいるとは思わなかった。気付くべきだったのに。
それに、今の話から察すると、王女もまずいかもしれない。自分の報告が兄の友人を殺したとなると、それが正しい行いでも、王子とは顔を合わせづらくなるだろう。
もしかしたら今日の学園の案内が王女ではなくフローラだったのも、それが理由かもしれない。
「魔王様。私に、何かできることはあるでしょうか」
あの子たちのためなら、今なら何だってできる。してみせる。そう思ったけれど。
「あると思うのか?」
呆れた様子の魔王に、ミランダは肩を落とした。
「忘れるな。今のお前は死人、ただの幽霊だ。俺だからこそ会話ができるが、本来ならあり得ないことだ」
「そう、ですよね……。申し訳ありません……」
分かっている。そんなことは分かっている。分かっているけど、やはり何かしたいのだ。
「復讐も、こうして話を聞くと、やはり相手はいないみたいですね……」
全員が、やるべきことをやった。ただ、それだけの結果だ。
そう思ったのだが、魔王の考えは違うようだ。
「それについては、少し疑問に思うところもある。あの王子を見ていれば、国王はまともなようだからな」
「まとも……」
その言い方はあまりに失礼だとは思うが、魔王自身も王であり、そして誰よりも長く生きている。魔王だから許されるかもしれない。そう思っておこう。
「一先ずは今晩の宴が先だ。王と話す機会もあろう。まあ待っておけ」
「はい。分かりました」
「ところで、お前は共に来るのか?」
晩餐会に、ということだろう。ミランダの頬がわずかに引きつる。それを私に聞くのか、と。
「魔王様」
「うむ」
「大勢の貴族が来て、そしてとても豪華な食事が出てくるのです」
「そうだな」
「私は誰とも話せず、何も食べられないわけです」
「ふむ……」
「ちょっとした拷問とは思いませんか?」
別に寂しいとか、食い意地が張っているとか、そういったことではない。ないったら、ない。
でも、だ。大勢の人がいるのに、ミランダは何もできず話せず、ただぼんやりと見ておくことしかできない。
とても美味しそうな料理がたくさん並ぶだろうに、ミランダは見ることしかできなくて食べることはできない。
他の人がどう感じるかは知らないが、ミランダにとっては拷問に等しい。
「お前、意外と食い意地が張っているのだな……」
そんなことを言ってくる魔王を、ミランダは蹴り飛ばした。もちろん素通りしてしまった。
夜。ミランダは窓から夜景を眺める。人通りの多い通りには魔道具を用いた街灯が並んでいるため、夜でも比較的明るい。家々にも同じ魔道具があるため、まだまだ暗くなるには時間がかかりそうだ。
便利な魔道具ではあるのだが、ミランダはこれがあまり好きではない。人が働く時間が延びてしまった原因に思えてしまうためだ。
「まあ、私が言えたことではないわね」
そこまで考えて、自嘲しつつ呟いた。生前、面白い本があれば、明かりの魔道具を頼りに夜更かしして読みふけっていたものだ。間違い無く魔道具の恩恵を受けている側だろう。
それに、今はこの明かりが綺麗だとも思えてしまう。人の営みを身近に感じられると、なんだか妙に落ち着いてしまう。
そうしてぼんやりと夜景を眺めていると、魔王が戻ってきた。ドアを静かに開けた魔王は、予想に反してさほど酔っていないようだった。なんとなく、宴などがあれば魔王は人以上に酒を飲みそうなイメージだった。
「おかえりなさい、魔王様。飲んでいないんですね」
「いや、それなり以上に飲んだぞ」
「え」
思わず、間抜けな声が漏れた。まじまじと魔王を見つめていると、魔王は苦笑して肩をすくめる。
「酒には強いからな。そうそう酔わんし、顔にも出ない。元々の体質だ」
「はあ……。それは……。お父様が羨ましがりそうです」
ミランダの父は、とても酒に弱かった。他家との付き合いもあるので少しは飲めるのだが、調子に乗るとすぐに酔いつぶれて寝てしまう。それ故に、父はいつも酒に強くなりたいと嘆いていたものだ。
「お前の父君か……。機会があれば話してくれ。興味がある」
「はい。是非」
「うむ。今はそれよりも、本題だ」
魔王がベッドに座りながらそう言う。ミランダは彼の前に浮かび、姿勢を正した。どういった内容になるかは分からないが、とても大事な話になるのは間違い無い。
少しばかり緊張の色を浮かべるミランダに、魔王は小さく笑いながら言った。
「王と話すことができた。やはりあの王子の父親だな。あれは良い王だ」
「そうでしょうとも。我が国の王様ですから」
こき下ろされたらどうしようかと思ったが、魔王から見てもこの国の王は良い王であるようだ。少しだけ安心する。
「だからこそ、腑に落ちないな」
「えっと……。何がでしょう?」
「あの王なら、一族で処刑など許さなかったはずだ」
例え法で定められていたとしても、やりようなどいくらでもある、と魔王は言う。
例えば、子供は未成年だから公開処刑はしない。そう言っておいて、他国へと留学などさせて、折を見て呼び戻す。家名は捨てさせるしかないが、選択肢としては悪くないだろう。
「あの王なら、能力のある者、見込みのある子供ならそうしたはずだ。無論、毒にしかならないような子供なら、まとめて処刑してしまっただろうがな」
「えっと……。つまり私は、見込みがなかった、と?」
違う、と魔王は首を振る。首を傾げるミランダに、魔王が続ける。
「間違い無く、連座へと誘導した誰かがいる。万が一にもエルメラド公爵家の血が残らないように、公開処刑にと踏み切らせた誰かが、な」
「つまり……ええっと……。復讐相手、います?」
「いる。おそらく、この国にとっての毒となる者だ」
なるほど。どうやらミランダには、やることがしっかりとあるらしい。それなら、こうして幽霊になっていたのにも意味があると思っていいだろう。
この先、友人たちがこの国を背負って立つ時のために、毒は潰しておくに限る。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




