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ぼんやりと、空を見る。あの日から、ミリアは何もする気が起きなくなっていた。学校でも、授業に出ていても窓から空を見ている。
本来なら教師が叱るはずだが、ミランダとの関係を誰もが知っているために、ミリアに口を出してくる者は誰もいなかった。
どうしてこうなったのだろう。ずっと、ずっとそればかり考えている。
大切な、無二の親友を失ってしまったあの日。あの日の原因となった、あの相談。相談を受けた日からやり直したいと、何度も何度も思ってきた。
当然だが、そんなことができるはずもなく。ただただ後悔の日々を送っている。
そう、後悔だ。考えれば考えるほど、心がとても苦しくなって、気が狂いそうになる。
だって。ミランダ様の処刑の原因を作ったのは、間違い無く私だから。
そうしていつものように、ただただ後悔し続けていると、今日は誰かが隣に座ってきた。普段は、ミリアの落ち込んだ空気のためか、誰も近づいてこないというのに。
「嬢ちゃん。どうかしたのか? ずいぶんと落ち込んでいるようだが」
若い、けれどどことなく威厳を感じる不思議な声。声の主を見ようと隣を見ると、黒の長髪に黒を基調とした服を着た、全体的に黒い人だった。
怪しい、と心の中で何かが叫んでいる。早く、誰かを呼ぶべきだと。そう思ったけれど、同時にどうでもいいとも思ってしまう。
ここで攫われてしまうのも、それはそれでいいかもしれない。
自分だと、どうしても最後の一線が越えられないから。
「ほっといてください」
なので冷たくそう突っぱねると、男は小さく笑ったようだった。
「まあそう言うな。俺では解決できないだろうが、吐き出せば気持ちも楽になるだろう。誰にも言わないと誓ってやるから、ほら、話してみろ」
どうして見知らぬ男に話さないといけないのか。そう、思ったものの。
どうしてか、少し気持ちがふわふわとしてきて、ミリアは自然と口を開いていた。
「大切な、とても大切な友達が、亡くなったんです」
「そうか。それは……、辛かったな」
「いえ。こんな苦しみ、あの時のあの方と比べたらと思うと、なんてことありません。きっと、あの方の方が、苦しかったと思います」
ミランダ様は、殺されるその間際まで、怯えの色すらわずかにも見せず、それどころか自分へと笑顔を見せてくれていた。
分かる。分かってしまう。あの方が、自分たちを心から案じてくれていたことが。分かってしまうからこそ、余計に申し訳なくなってしまう。こうして後悔していることそのものが、ミランダ様を裏切っているようで。
けれど、分かっていても、この後悔は続いてしまう。
「あの方が殺された原因は、私にあるんです」
ああ、どうして、こんな話をしているんだろう。見ず知らずの人に。相手も、あまりの内容に絶句しているのか、黙ってしまっている。
でも、止まらない。今更止められない。ほんの少し、吐き出してしまっただけで、どんどんと言葉が出てきてしまう。
「あの方は相談があると私に話してくれました。私は、それがどれだけ大事な話か分からなくて、あの方とよく行く場所でと言ってしまったんです。来る人は少ないとはいえ、誰かがいてもおかしくない、寮の小さな中庭に」
あの時はそれでいいと思っていた。まさか、あんな話だとは思わなかったから。
おそらくだが、ミランダ様も冷静なように見えて気が動転していたのだろう。普段のミランダ様なら、絶対に場所を変えるよう提案してきたはずだ。
でも、結局中庭で話を聞いてしまって。ミリアは慌てて周囲に人がいないことを確認したほどだ。
「相談の時は、誰もいないと思ってたんです。相談の内容が難しくて、後日改めて二人で話そうって別れて……。でも、そんな機会はこなくて……」
あの相談のわずか三日後に、ミランダ様を含むエルメラド公爵家は全員捕らえられてしまった。そして、ミリアが親友のためにできることを考えている間に、処刑は執行されてしまった。
あまりにも、早かった。間違い無く、あの時、中庭で、誰かが聞いていたのだ。
「聞いていたのは、王女様でした……」
王子の三つ下の王女はまだ上級学校には通っていないが、それでもよく王子に会いに来ていた。あの時も、おそらく王子に会いに来ていたのだろう。
ミリアはミランダ様と親しくしていたからこそ、王子から経緯を聞くことができた。
王女は、当然のように聞いた内容を父に、国王に報告したらしい。
ただ、それを聞いていた誰かがいたのかは定かではないが、その話もまた貴族の間で広まってしまった。それでも、王はまずは公爵本人に話を聞くために呼び出して。
謀反の疑惑は、確定となってしまった。
「王女様も、陛下も、当然の対応をなされていました。だから、それに私が文句を言うことなんてできません。私が、悪いんです。あんな場所で話を聞いてしまった私が。止めることすらできなかった私が、悪いんです」
せめてあの時、大事な相談だと聞いて自分の部屋で聞くことを選んでいれば、もっと時間があったかもしれないのに。何度、後悔したことだろう。悔やんでも悔やみきれないとはこのことだ。
それにしても、本当に余計なことを話してしまった。ミリアはゆっくりと深呼吸すると、隣の男に頭を下げた。
「すみません。返答に困る話でしたよね。忘れてください」
これ以上、男の反応を見るのが怖くて。今日は帰ろうと、ミリアは立ち上がる。
その腕を、男に掴まれた。
「あの……?」
不思議と、恐怖心はない。男がミリアを見る目は、優しいものだったから。
「俺が何を言っても、慰めにもならんとは理解しているが……」
男が言う。こちらを、真剣に見つめて。
「君の友人は、君を最後まで案じていたんだろう?」
「はい……。それは、間違い無く……」
「ならば、もう少し元気を出しなさい。もし友人が今の君を見たら、悲しむぞ」
言われて、はっとする。そうだ、ミランダ様は自分のことを案じてくれていたというのに、これでは顔向けができない。
分かっていたつもりだったのに。どうしてか、この人の言葉には妙な説得力を感じて、その言葉を受け入れることができた。
空元気でもいい。作り笑いでもいい。少しは、笑顔になろう。あの人も、きっとそれを望んでくれるから。
「話を聞いてくれて、ありがとうございます」
ミリアが、どうにかして作った笑顔でそう言うと、男はけれどどこか沈痛な面持ちで頷いただけで。けれど、手は放してくれたので、ミリアは頭を下げて家路についた。
いつか、ミランダ様に再会した時に、悲しませないために。もう少し、頑張ろう。そう、思えた。
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壁|w・)魔王様の隣で頭を抱えている令嬢さんがいるらしい。
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ではでは。




