09
「立派なことだ」
「いえ。大事な友人を守れもしない、愚か者ですよ」
自嘲と共に吐き捨てられた言葉に、魔王は目を細めた。ちらりとミランダを一瞥する。ミランダは頭を抱えてしまった。
予想以上に、二人の心に傷跡を残してしまっていたらしい。嬉しいような、申し訳ないような、複雑な心境だ。
貴族としての心構えがある二人でこれだ。あの子は、大丈夫だろうか。
魔王から、二人の心の内を聞くために軽い誘導の魔法を使うと聞いている。その時は猛反対したが、押し切られてしまった形だ。だが、今こうして聞けて良かったかもしれない。
自分にはもうどうすることもできないけれど。できれば、彼らの心の傷が癒えてくれればいいのだが。
「だがしかし、つまりミランダは十七歳だったのか。……十七歳でこれか……」
「どういう意味ですかこのやろう」
魔王の小さな、本当に小さな呟きに、ミランダは思わず魔王へと拳を振るった。当然のように透けてしまった。
ミランダの平民の友人、今では親友とも言える子の名はミリアという。平民なので家名はない。
ミリアは小さな商店の娘だ。王都にあるとはいえ小さな店なので、特別裕福というわけでもない。食べるのには困らないが、大きな店に目を付けられればすぐに潰されるかもしれない、そんな程度の商店だ。
故に彼女は本来なら上級学校に通う予定はなく、初級学校卒業後は両親の手伝いをしつつ、いずれは店を継ぐつもりだったらしい。
だが、その初級学校でミリアは非凡な才能を示した。文字などは親から教わった時に短期間で覚えてしまい、学校では教師が今後のためになるからと少しだけ教えた算術をすぐに覚えてしまった。
その教師は、曰く楽しくなったらしく、教師が持てる知識を与え、その全てを糧にしてしまった。これだけの頭脳を小さな商店で腐らせるには惜しいと、その教師が上級学校に報告したのだそうだ。
その結果、ミリアはエルジュ王国で初の、そして唯一の奨学生となることになった。
学費は全額免除、成績によっては報償すら与えられるということで、勉学が好きになっていたミリアはすぐに飛びついたと、本人から聞いている。
ただし、卒業後は王家に仕えることが条件となっていて、店を継ぐことができなくなったことは両親に謝罪したそうだ。その両親も大喜びしていたそうだが。
ただの小さな商家の跡取りが王家に召し抱えられることになったのだ。当然の反応かもしれない。
だが、当然だがそんな小さな商家の娘が上級学校に通えば、他の学生からの風当たりは強くなる。そんなことは本人含め、誰もが分かっていたことだった。
だからこそミランダは、ミリアのことを知ってからすぐに接触した。公爵家である自分の庇護下にいれば、誰も手出しなどできなくなるだろうと考えたのだ。
予想通り肩身の狭い思いをしていたらしいミリアは、ミランダの来室をとても喜んだ。きっと理由は察してもらえたのだろうとミランダも不思議に思わず、部屋に入ってすぐに、庇護下に入るように提案した。
その時の会話は、今でもよく覚えている。思い出すと、ついつい笑顔が漏れてしまう。
「庇護下、ですか? ミランダさんの? えっと、ミランダさんって偉い人?」
「え。待って、知ってるものとばかり……。ミランダ・フォン・エルメラドと言えば、分かるかしら」
「エルメラド……、って、公爵家!?」
「そう。私の庇護下に入れば、嫌がらせは間違い無くなくなるわ。何かあれば、私の名前を好きに使いなさい。犯罪でなければ許してあげるから」
「…………」
「ちょっと。どうして残念そうなのよ。あなたにとって悪くない提案のはずよ? 一応言っておくけれど、こちらから求めることは特に何もないから、安心していいのよ」
「えっと、あのですね……。初めて、誰かが部屋に来てくれたんです」
「そう」
「はい。その、だからですね……。友達ができるかなって、思っちゃいました。あはは……」
「そう……。とても反応に困るわね……。まあ、今後は友達もできるでしょう」
「…………。あの、ミランダ、様」
「なに?」
「友達になってくれないかなあ、なんて……。だ、だめですよね、やっぱり……」
あの時は、驚きとか怒りとかの前に、頭が真っ白になったものだ。もちろん、呆れで。身分というものをよく理解しているだろうに、それでも公爵家の人間に友達になってほしいと言ってくるとは思わなかった。
剛胆なのか、愚か者なのか。それとも、孤独に耐えられなくなった寂しがり屋か。
気付けばミランダは、それも悪くないと思ってしまっていた。
「次の休日の夕方に、私の部屋で親しい子を招いた茶会をするわ」
「え?」
「来てもいいわよ。部屋の場所は、誰かに聞けばすぐに分かるわ。私の名前を出せば丁寧に教えてくれると思うから」
そう言った時のミリアの顔は、空白の後、満面の笑顔で。少しだけ、見惚れてしまった。
後日、ミリアが部屋の場所を聞いた相手が王子殿下で、自分を含め茶会にいた全員が慌てたり、どう見ても普段着のミリアのためにミランダのドレスを貸し与えて化粧させてみたところ、見違えるほとに美人になって驚いたり。色々あったが、今語ることではないだろう。
その日から度々会うようになり、会う頻度が上がり、いつの間にか一番親しい相手になっていた。
「とりあえずお前がそのミリア嬢をすさまじく気に入っていることは分かった」
「あら。もういいんですか? まだまだ語り足りないんですが」
「どれだけ好きなんだ……」
上級学園からの帰り道。魔王からもう一人の友人について聞かれたので語っていたら、魔王から途中で止められてしまった。少し不満である。もっと語りたい。
学園の案内は特に問題もなく終わった。施設を見て回るだけだったので、特に特筆するべきことは何も起こらなかった。いいことではあるのだが。
後は宿に戻って休憩してから、夜に王城へと行くことになる。魔族一行を歓迎する夜会が開かれるそうだ。
宿までは王子たちに送られる予定だったのだが、魔王はそれを固辞して歩いて帰ることになった。護衛や案内役も必要ないと言うと驚いていたが、特に何か言われることもなく認められた。
だがやはりと言うべきか、監視はついていた。他国の、それも種族の違う王を一人にすることなどできないので当然だろう。
そんな監視も、今はいない。魔王が何気ない様子で、あっという間に撒いてしまった。
監視を撒いた理由は、魔王には行きたい場所があるそうだ。
魔王が歩いている間にミリアについて話しておいた。勝手に語ったわけではなく、魔王に求められたために。今までミランダの友人たちについて触れることはなかったので、どうして今更だと怪訝には思った。
けれど、断る理由もなければミランダとしても話したい話題ではあったので、遠慮無く語らせてもらった。もっと語ってもいいかな?
「しかしミランダよ。気が付かないのか?」
「何がですか?」
「この道に。心当たりはないのか?」
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




