お婆さんと森の動物
人里離れた山の中、森の奥に一軒の古びた民家が在りました。
この家には、年老いたお婆さんが住んでいます。
数日前、お爺さんが亡くなり、お婆さんは、ひとりぼっち。
森の家から村へ引っ越すことも考えましたが、お婆さんは80歳…。
この先、長くないだろうと、この家に骨を埋めるつもりで、寂しい日々を過していました。
そんなお婆さんを心配して、森の動物達が一緒に住もうと遣って来ました。
「こんにちチュー、お婆チュー。
ネズミのチュウ助だチュー。」
「こんにちポン、お婆ポン。
自分、タヌキのポン吉だポン。」
「こんにちピョン、お婆ピョン。
私、ウサギのミミーと申しまピョン。」
お婆さんは、家族が増えたと大喜び。
この日から、チュー、ポン、ピョンと、楽しげな話し声が途切れる事は有りませんでした。
…
しかし、楽しい時間は、長く続きませんでした。
ネズミの寿命は、約1年…。
チュウ助が、寿命を迎えたのです。
チュウ助は、目を閉じ、ゆっくりとした呼吸で布団に横たわっています。
「チュウ助…、今までありがとな…。
お前が居てくれて楽しかったよ…。」
お婆さんが、チュウ助の手を取って、お別れをします。
「チュウ助…ポン…、さよ…なら…ポン…。
うっ…、ううっ…。」
仲良しだったポン吉は、涙で言葉になりません。
「チュウ助ピョン。
お婆ピョンの事は、任せておくピョン
だから、安心して眠るピョン…。」
しっかり者のミミーは、涙を流しながらも気丈に振舞います。
チュウ助は、口元に笑みを浮かべると、そのまま天に召されました…。
…
それからの数日、お婆さんの家は、今までの賑やかさが嘘のように静まり返っていました。
ミミーは、積極的に話しかけ場を盛り上げようとしますが、ポン吉は、ずっと沈み込んだまま…。
ミミーは、ポン吉を家の外に連れ出します。
「いつまで、悲しんでるピョン!
ポン吉ピョンは、何しにお婆ピョンの家に来たピョン!
寂しそうな、お婆ピョンを元気付けに来たのでピョン!
今のポン吉ピョンは、チュウ助ピョンに、誇れる自分でいるのかピョン!!」
(!!)
ミミーの言葉を聞いたポン吉は、涙を流します。
「ミミーポン、ありがポン…。
そうだポン。
こんなんじゃ、チュウ助ポンに顔向け出来ないポン。
自分…、頑張るポン!
もう、泣かないポン!
お婆ポンに笑ってもらうポン!!」
この日から徐々にではありますが、ポン、ピョンと、楽しげな話し声が聞こえてくるようになりました。
…
チュウ助が亡くなって、7年後…。
今度は、ポン吉が寿命を迎えようとしていました。
タヌキの寿命は、約8年…。
ポン吉は、涙を流しながら布団に横たわっています。
「お婆ポン…、ごめんポン…。
お婆ポンを悲しませてしまうポン…。」
「そんな事、言わないでおくれ…。
ポン吉のお蔭で、毎日笑って暮らせたよ。
ありがとう…。」
お婆さんは、泣きながらポン吉の手をギュッと握ります。
「ポン吉ピョン。
泣いちゃ駄目ピョン!
『もう、泣かないポン!』って言ってたピョン。
忘れたピョン?」
ミミーの涙が止まりません。
「ミミーポン…、ごめんポン…。
お婆ポン…のこと、…頼む…ポン…。」
そう言って、ポン吉は亡くなりました…。
…
ポン吉を埋葬した夜、ミミーは、お婆さんに尋ねました。
「お婆ピョン…。
私、この家に居て良いピョン?
私も年を取ったピョン…。
お婆ピョンを置いて、私が先に死んじゃうかもピョン…。
もう、お婆ピョンを悲しませたくないピョン…。」
ウサギの寿命は、約10年…。
ミミーが2年後亡くなるとしたら、その時、お婆さんは90歳。
どちらが先に亡くなってもおかしくありません。
「ミミー…。
私がこんなに長生き出来たのは、お前達が居てくれたからだよ。
もし、独りだったらとっくに、お爺さんのところへ行ってるよ…。」
お婆さんは、ミミーを膝の上に抱きかかえると背中を撫でます。
ミミーは、気持ち良さそうに目を閉じます。
「確かにミミーが、死んじゃうと悲しい…。
でもね。
ミミーが居なくなると寂しいんだよ。
だから、一緒に居ておくれ。」
お婆さんの言葉にミミーは、決意を口にします。
「私、お婆ピョンより絶対長生きするピョン。
お婆ピョンを看取るピョン!」
お婆さんは微笑みます。
「じゃあ、どっちが長生きするか競争だね。」
2人は楽しそうに笑うのでした…。
…
ポン吉が亡くなって、2年が経ちました…。
お婆さんもミミーも元気に暮らしていましたが、季節は冬。
年老いた身体に寒さがこたえます。
そんな夜、お婆さんはミミーを布団に呼び寄せます…。
「ああ…、あったかい…。
ミミーが居てくれるおかげで、お婆さんぬくぬくだよ。
ありがとう…。」
「私もお婆ピョンのおかげで、ぬくぬくだピョン。
ありがとピョン。」
2人は顔を見合わせると笑います。
そして夜が更けるまで、チュウ助とポン吉の思い出話をするのでした…。
…
翌朝、ミミーが目覚めると、お婆さんは冷たくなっていました…。
ミミーは、悲しくて悲しくて、涙が溢れます。
「お婆ピョン、少し待ってて欲しいピョン…。
すぐ戻ってくるピョン。」
そう言ってミミーは、家を飛び出しました…。
…
家の外は吹雪でした。
ミミーは、降り積もった雪の上を、ピョンピョン跳びながら森の奥を目指します。
しばらくは元気に跳んでいましたが、やがて年老いたミミーの体力が尽きます。
ミミーは、吹雪の中、眠ってしまいました。
すると…。
(ミミーチュー!
寝ちゃ駄目だチュー!!)
(ミミーポン! 起きるポン!!
お婆ポンを一人にしちゃ、いけないポン!!)
どこからか、チュウ助とポン吉の声が聞こえてきました。
ミミーは目を覚まします。
(そうだピョン!
お婆ピョンを一人にしちゃ駄目だピョン!!)
ミミーは、最後の力を振り絞り、ピョンピョンと森の奥を目指します…。
…
数時間後、ミミーが帰って来ました。
口に真っ白な花を咥えています。
ミミーは、冬に咲く花を採りに行っていたのでした。
花をお婆さんの枕元へ供えたミミーは、力尽き倒れます。
「お婆ピョン…。
安らかに…、眠って下さい…ピョン…。」
ミミーは、満足そうに微笑むとそのまま息を引き取りました……。
…
(ミミーチュー!
よく頑張ったチュー!!)
(ミミーポン!
ありがポン!!
さあ、目を覚ますポン!!)
チュウ助とポン吉の声で、ミミーは目を覚まします。
ミミーは、お婆さんの膝の上に抱きかかえられていました。
お婆さんは、ミミーの背中を撫でています。
「ミミー…、きれいな花をありがとう。
ごめんよミミー。
お前を看取る事が出来なくって…。」
ミミーは首を横に振ります。
「長生き競争だったピョン。
私の勝ちだピョン!」
ミミーとお婆さんは楽しそうに笑います。
「じゃあ、天国へ行くポン!
自分が案内するポン!!」
そう言ってポン吉が、歩き始めます。
「ずるいチュー!
僕が案内するチュー!!」
チュウ助は、ポン吉の背中に飛び乗るとバスガイドさんのように手招きします。
「お婆チュー、ミミーチュー。
さあ、行こうチュー!」
お婆さんとミミーは、顔を見合わせると笑顔を見せます。
そして、お婆さんはミミーを抱きかかえたまま立ち上がり、2人の後についていきます。
「お婆チュー!
天国で、お爺チューに会ったチュー。
とっても感謝されたチュー。」
「お爺ポンもお婆ポンと一緒で、とっても優しい人だポン。
自分達、もう仲良しだポン。」
チュウ助とポン吉は、久しぶりにお婆さんと話せる事が嬉しいらしく、話が止まりません。
四人は、楽しく笑いあいながら、光の中へと消えていきました……。