人魚姫 〜人魚と王子の失恋歌〜
珍しく良い雰囲気なエンディングになりました。
深い深い海の中…
人間達が知らない人魚の王国がありました。
人魚の王様は早くに王妃様を亡くしてしまい、6人の子供達をとても大切に慈しみ、愛していました。
ただ、王様は一つだけ悩んでいる事がありました。
6人の子供の内、上の5人の子供は元気な娘達だったのですが既に嫁いでおり、後を継ぐ予定の一番下の子の王子が性別に違和感で持っていたのです。
もちろん、大切な子供なので、愛していることには変わりはありません。
悩んでいるのは、その王子が今は女の子になっちゃったため、王の後を継ぐ王子がいなくなったのです。
「息子が娘になっちゃったのは仕方ない。こうなってしまっては娘には婿を見つけて貰わねばならん…のだが!…だが、ウチの可愛い娘を何処ぞの馬の骨にやる事は出来ん…!一体どうすれば…娘が『彼氏連れてきたよー』とか言おうものならその男を殴り殺しそうだ…!これまでも同盟国だから必死に殴り殺すのを我慢したのだ…!だが、ウチに婿に来るとなると…殺すかもしれぬ…!フー…フー…!」
…このままだとこの代で王国は滅びそうですね…
「パパ上ー!」
と、そこに一番下の娘(元王子)がやって来ました。
「パパ上!なんか海面の方で大きな何かが浮かんでるの!アレはなにー?」
愛しい子がやって来たので、王様はとろける様な笑顔になりました。
「おぉ、海面に何かあるのかい?それは恐らく人間の船だろうね」
「パパ上ー!人間ってなにー?」
「海の外の陸と言う所で暮らす変な生き物なんだよ?」
「へー。でも、あの船?があるからかな?太陽の光が遮られて、海の中がなんか暗いねー。私、もう少し明るい方が好きなのにー!」
人魚姫はほっぺたを膨らませてご立腹状態です。
そんな娘を見た王は「うんうん。そうだね。邪魔だからパパ上の魔法で消しちゃおうか?それー!」と言い、魔法の力で海上に大嵐・竜巻を発生させました。
突然の大嵐にいくつもの竜巻に襲われた船は抗うことも出来ずにバラバラに壊れてしまいました。
そんな様子を見ていた人魚姫は、王の隣で目をキラキラさせて「すごいねー!パパ上の魔法は!」と楽しんでいました。
その時、人魚姫は何かを発見したのか、
「あ!海に何かが落ちてきた!ちょっと見てくるねー!」
と、飛び出してしまいました。
「危なくなったらすぐに帰って来るんだよー!」
王は心配でハラハラしていますが、娘に嫌われるのが嫌なのか、強く止める事はしません。
「大丈夫ー!すぐに戻るよー!」
そう言って海上付近まで上がって来た人魚姫は、そこであるものを見つけます。
どうやら元々船の中にあったようで、壊れた時に海に投げ出されたのです。
それは運が良かったのか、船の残骸の木の板の上に落ちており、プカプカ浮かんでいました。
人魚姫はおっかなびっくりと海上に顔を出しそれを初めて見ました。
そこには、柔らかそうな金髪で可愛らしい顔をした男の子と、船の晩餐用でしょうか?ぐちゃぐちゃになっちゃってますが、沢山の料理がありました。
「おぉー!なんだコレ!」
人魚姫は初めて見るモノに驚きがいっぱいです。
そして人魚姫は美味しい香りがする沢山の料理が気になったのか、少し食べてみました。
「っ!!!なにコレ!!!めちゃくちゃ美味しい!!!」
…お口に合った様です。
と、金髪の男の子が少しだけ意識を取り戻した様ですね。
「うぅ…これは一体…?それに君は…?」
「ねえ!これは何て言うの?美味しい!」
話を聞いちゃいません。
「あ…ハンバーグ…食べて良いから、…助けて…」
あ!男の子は気を失ってしまいました。
「ハンバーグ!すごいねー!美味しいねー!」
…気付いちゃいません。
パクパクパクパク…
食べる音だけがしばらく響いていました…
「ふぅ!ごちそー様でした!美味しかったぁ!ん?あー…そう言えば助けてとか言ってた様な…?」
言ってましたのて、助けて上げてください。
「うーん…陸まで運ぶのめんどくさいし…」
そう言わずに。
「仕方ない!運んで、またハンバーグ食べさせて貰おう!」
ふぅ…何とか陸まで連れて行ってあげました。
****
「よいしょーっ!ふぅ!やっと着いた!」
何度も面倒くさくなって諦めかけたのですが、何とか陸まで運んだ時、浜辺の近くの教会から女性がやって来ました。
「ああ!やっぱり人だった!人影が見えたからもしかして…と思ったから!」
「あ!人だ!おーい!」
あれ?人魚姫は慌てて海に帰るハズ…
「あら?アナタは?」
「私、人魚ー!この人が助けたらハンバーグくれるって言ってた!ハンバーグちょうだい!」
「に…人魚!?しかもハンバーグ!?どういう事?」
「ねー!ハンバーグ!」
混乱しても仕方ないですよね!
分かります!その気持ち!
「ちょっと待って!教会にはお肉を買う余裕が無いの。その人が元気になったら話をするから、また来てくれる?」
「いいよー。いつ来たら良いの?」
「うーん、一週間くらい?」
「一週間ってなに?よくわかんないから、また来るよー!」
そう言って海に帰って行きました。
…彼女自由過ぎますね。
「なんだったのかしら…」
人魚姫です。
****
数ヶ月たった頃…
「パパ上ー!陸に上がる方法ってあるのー?」
「どうしたんだい急に?」
そんな事を聞かされた王は気が気じゃありません。
「えーっとねー、ハンバーグ食べるの!」
「ハンバーグ?」
「そう!とっても美味しいの!」
王も海で暮らすのでハンバーグなんて知りません。
「それは危なくないのかい?」
「食べるだけだから、大丈夫ー」
王は陸の木の実か何かだと思い、深くは聞かず、
「けど、尾ひれを足に変える魔法は声を出せなるなっちゃうし、誰かから愛を与えられないと泡になっちゃうからなぁ…」
「愛?愛ならパパ上が私にくれたら良いんじゃない?」
「それだ!じゃあ帰りたくなったらすぐにパパにお手紙出すんだよ?近くの海に護衛を待機させておくからね」
「分かったー」
そんな感じで陸に上がると尾ひれが足になる魔法をかけてもらい、陸に上がりました。
そして、人がいた教会に歩いて行くと、その教会には男の子も女性もいなく、別のおばあさんが出てきました。
「あらあら?アナタはだぁれ?」
でも、人魚姫は声を出す事が出来ません。
身振り手振りでハンバーグを食べるジェスチャーをします。
「あら?もしかして、ハンバーグを食べに来たのかしら?」
『コクコク!』
通じた様です。
「あぁ、あの子が言っていた子ね?今はあの子も国に帰っちゃったし、王子もお城に帰っちゃったから、今は誰もいないの。お城に連絡するから少し待っててね」
『コクコク!』
どうやらハンバーグの事を頼んでいたようです。
しばらく待っていると、お城から王子がやって来ました。
「あぁ!やっぱりアナタだ!来てくれたんですね!」
『…!』
人魚姫はハンバーグが食べられると嬉しそうです。
「あれ?言葉を喋られないんですか?」
『コクコク!』
「名前を聞けないのは残念ですが、一緒にお城に来てくれますか?今厨房ではハンバーグを用意していますよ!」
『パァー!』
すごく笑顔になる人魚姫に、王子はときめいてしまい、顔が赤くなってしまいました。
…が、残念ながら人魚姫は何も気付きません。
アオハルな展開もなく、すんなりとお城に着きました。
「じゃあハンバーグが出来るまでに服を着替えようか?びしょ濡れだしね」
『?』
「あー、君は人魚だったね。でも、一応着替えて来たら良いよ。濡れていると風邪を引くし、動き難いしね」
『コクコク』
そう言って王子はお付きのメイドに着替えさせるため、人魚姫を衣装室に連れていきました。
そして、人魚姫とメイドが中に入ってしばらくすると…
「え!?」
突然メイドさんが驚いた声を出しました。
外で待っていた王子は何事かと入るべきか入らないべきかしばらく葛藤していました。
扉の前で王子がウロウロしていると、衣装室部屋から可愛いドレスに着替えた人魚姫とメイドが現れました。
「大丈夫!?何があったの?」
『?』
人魚姫は良く分かってないようです。
お付きのメイドさんが代わりに答えてくれました。
「あの…そのですね…彼女は男の子だったので、つい驚いてしまいました」
「???」
王子は理解が追いついてない様ですね。
「あのですね、彼女はとても可愛らしいお嬢様なのですが、下に可愛らしい男の子がついてまして…」
メイドさんが再度説明します。
「・・・・・・え?」
彼の初恋は終わりを告げた瞬間でした。
彼は王子ですからね…後継ぎを残さなければならないのです。
「一応、男の子の服を着て頂こうとしたのですが、拒否されまして。なので、きっと彼女はトランスジェンダーさんかな?と思います。だから、彼女はちゃんと女の子ですよ?」
メイドさんが補足します。
王子は涙目で、
「うん。そこは良いんだけどね。いや、良く無いんだけど、トランスジェンダーと言う事は大丈夫、ちゃんとわかるよ?僕的には別の問題があるんだ…」
と、答えました。
メイドさんも長年王子に付き添っているので、王子の失恋を察しているようです。
「王子様、美味しいものを食べて、元気を出して下さいませ!」
「そうだね……じゃあ行こうか……」
『コクコク!』
****
そして、人魚姫は沢山のハンバーグを食べて満足したのか、海に帰るとジェスチャーをしています。
王子はもう瀕死です。
「そうだね…今日は来てくれてありがとね。またハンバーグ食べたくなったら来てね…」
ガンバれ王子!
「じゃあ海に戻ろうか…」
王子は虚ろな目で人魚姫を海まで無事送り届けました。
『ブンブンブン!』
人魚姫は手を振って護衛を呼び、王に元の姿に戻してもらいました。
「ありがとー!美味しかったよー!じゃあねー!」
「うぉぉぉん!元気だったかい?泡になって無いよね?大丈夫だよね?尾ひれは痛くないかい?乾燥して髪が傷んでいないかい?お肌も乾燥して無いかい?陸上は水に満たされていないからパパ心配で心配で……(後略)」
顔中の穴という穴から体液を垂れ流している人魚の王に抱き着かれて離れられない人魚姫は、精一杯手を振って別れの挨拶をしました。
そんな(人魚の王の)凄まじい光景を見て、愛とは涙や鼻水やよだれが出るくらいすごいモノなのだなぁと勘違いしつつ、涙を堪えて王子も手を振り返します。
「…!またっ!いつでも良いから、また遊びに来てね!ハンバーグを用意して待ってるから!」
「ありがとー!また遊びに行くねー!」
「絶対!絶対来てねー!」
王子は人魚姫が海の中に帰っても、しばらく手を振り続けていました。
「ありがとう。僕の初恋の人…」
その姿を見ていたメイドさんは、
「王子様!偉いです!よく頑張りました!」
と、言ったとか言わなかったとか…
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とある王国に、海で嵐に巻き込まれ、奇跡的に助かった王子がいました。
彼は二人の女性に助けられ、その内の一人のステキな女性に恋をして、そして失恋を経験しました。
こんな経験をした王子は、もう一人の命の恩人である教会にいた女性が友好国の姫として劇的な再会を果たし、ステキな結婚をしました。
愛を知るこの国の王子は、その後立派な王となり、後の世に名君として名を残しました。
そんな王と王妃の元にたまに訪ねて来る、長身で肩幅が広めの無口な女性がいたそうですが、その女性が誰なのかは分かっていないそうです。
めでたし、めでたし
…人魚姫がなんかアホの子になってしまいましたが、ちゃんと自分で考えて行動出来る子のハズなんです!
…多分