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(今宵も呼ばれたのは、私でなく最近入ったあの子……。呼ばれなくなってから何日経ったかしら)

 脇息に体を預け、深いため息を吐く。今頃はあの可愛らしいお顔を綻ばせて、御上と楽しく語り合っていることだろう。取り立てて美しくもなく、年増の自分には出来ない芸当だ。最も、顔の美醜は自分にはよく分からないが。

 女御として御上に仕えて早数年。最初こそは、家柄のこともありご寵愛を受けてはいたが、やがて自分より若く、美しい女御や更衣、はたまた尚侍が入内してくると、御上の心はそっちへ行ってしまった。御子もおらず、実家からの后になれないのならせめて御息所になれという圧力にも疲れた。加えて己に仕えている女房たち。誰が、とまでは分からないが、御上に愛されていないこの身を案じている振りをしつつ、陰で嘲笑っている。勿論こんなことはありふれたことだと分かっている。しかし、だからと言って平気な顔で耐えられるかというものではない。幸い目に見える嫌がらせなどはされてはいないが、たまに「どこそこの身の程知らずの下女が……」などと言った女房たちの話も聞く。

 自分は御所での暮らしに向いていない。そして、清浄でなければならない御所に、彼女たちは相応しくない。


「もういいわ、今日は下がって」

 寝台だけ整えてもらい、女房を下がらせる。

 眠たいわけではないので、物語でも読もうかと書物の方へ視線を向けると


 目が合った。


 見たことのない女の童がいた。よその女御だか更衣に仕えている子が、局を間違えてしまったのだろうか?

 それにしても可愛らしい。最近は心無い視線に晒され続けていて、悪意や害意が感じられない視線が心地よい。

「あ、ごめんなさい。間違えてしまいました。」

 ぺこりと頭を下げ、去ろうとする童。自分が仕える主人のもとに帰るのだろう。

「ま、待って!」

 こんな大きな声をだして、はしたない、と思う。明日また女房たちが陰口を叩くのだろう。もしかしたら御上のお耳にも届いてしまうかもしれない。

 童はきょとんとした様子で待っている。早く、なにか言わなければ。

「もしかして、眠れないんですか?お話し相手を探しているとか」

「え……ええそうなの。あなたが急ぎでないのならお願いできないかしら?」

 どこの誰に仕えているかも分からない童相手に言う言葉ではない。しかし本心でもあるし、この子なら無下に断らない気がする。

「お気持ちは分かりましたけど、私は主のもとに帰らないといけないのです」

「あ………そう、よね。ごめんなさい。気にしないでね」

 せめて、どこの局に仕えているのか聞こうとした時

「あら主、どうしました?」

 童の視線の先。そこには御所に似つかわしくない、簡素な、だが仕立てのいい衣を纏った、自分より少し若い女性が立っていた。


「話し相手探してるの?私たちでよければ付き合うよ。あ、じゃなかった。お付き合いしますよ」

 と快く了承してくれた童の主。御所に上がる身であるというのに、まるで市井の者のような喋り方。

 しかし、上辺だけの薄っぺらい付き合いに疲れていた女御には、新鮮に感じ、休まるものだった。

 話していると分かる為人。飾らない品性に欠ける言葉に、扇を持つ品のある指先の動作。加えて華やかさはないものの、自分より若く、瑞々しい容姿。女御の心内に、嫉妬の感情も芽生えた。

「へえ……旦那様が来てくれなくて寂しい上に実家からの圧力か。大変なんだね、女御様って」

「ええ、そうなの」

(いったい私は何をしているのかしら。出会ったばかりの、見ず知らずの人にこんな相談を。ご気性が荒い余所の女御に仕えている人かもしれないのに……)

 しかしもう限界であった。誰が敵で味方か分からない御所で、一人戦うのは。

「目は口ほどに物をいう、なんていうけど、本当に思っていることが分かったらいいのにね……」

 ぽつりと呟いた。そんなこと、できるはずがない。しかし、彼女は言った。


「本当に、そうなりたい?」


 笑顔を引込め、問われる。雰囲気が変わったように感じるのは気のせいだろうか。

「なりたいわ。人の顔色を窺うなんてもう嫌よ」

「ふうん……」

 女性は少し考える素振りをし、隣の女の童を見て言った。

「じゃあ女御様に贈り物をするよ。お礼と思ってくれていいよ。

 あ、もしいらなかったら返してくれていいからね」

 礼というのは、女御自ら童にあげた菓子のことだろう。しかし「返してくれていい」とは……。

「私たちはそろそろお暇するね。明日になれば全部見えるから」

 さっさと退席してしまう二人。一体何のことか聞きたいと思い、動きにくい装束で慌てて追いかけるが、女性も童も、どこにもいなかった。


 翌朝、いつもの女房が起こしに来た。

「女御様、おはようございます」

「ええ、おはよ……」

 悲鳴は寸でのところで堪えた。


 目があった。


 馴染みの女房の顔一面が、目になっていた。その目は「いったいどうしたのかしら、この年増は。早く起きてくれないと私の仕事が片付かないじゃない」と語っている。

「……なんでもないわ。すぐに起床しますから、あなたは他のことをしておいて。ここには少納言を呼んでちょうだい」

「はい、わかりました」

 あの女房は普段からあんなことを思っていたのか。よくよく記憶を探ってみると彼女はあまり自分の側におらず、よく他の女房連中と醜い会話を楽しんでいたように思う。そうだ、あの声は間違いない。

 身だしなみを整えようと、鏡をのぞきこむが、そこにはいつもと同じ、散々周りから地味と言われ続けた己の顔が映っていた。


「御上、ようこそおいでくださいました」

「ああ」

(相変わらず素っ気ない方。こちらにお渡りになるなんて、いったいどんな風の吹き回しかしら?)

 御上のお顔、というよりも目玉を拝する。

「愛想のないことだ。後宮で一番の古株なのだからもっと堂々としていればよいのに。まあこのままでもよいか……。新参の者は喧しすぎるから、しばらくはここでのんびりしたいものだ。」

 二つある自分の目が零れ落ちるかと思った。御上に疎まれていたわけではないのか。自分の考えすぎだった。ならば、少し自分に素直になってみようか。

「御上、近頃は冷えますね。夜なんて特に寒くて寒くて……」


 実家から連れてきた女房たちをほとんど総替えし、年が巡ったころ。

 女御様と呼ばれていた女性は、今や中宮様と呼ばれるまでになった。

「中宮様、ご覧ください。この赤様の笑顔を。ご生母様によく似ておいでですよ」

「確かにそなたによく似ておる。この若宮は母親似のようだ」

 御上と若宮の乳母の、表裏一体の言葉。

 しかし、中宮となった彼女には分からない。

 若宮のお顔も、御上のお顔も、乳母の顔も、すべて同じ目にしかみえないのだから。

(でも顔の違いが分からないなんて、今に始まったことじゃあないわね)

 もともと人の顔の違いというものが分からない性質であった。初めて見る顔だと思ったり、はたまた人違いなど、失礼な対応をしてしまったことなど数えきれない。声でなんとか判断できるようになったのはいつのことだったか。

 しかしこれからは、顔が分からないなどということはない。皆同じ顔で、違うことを言っているのだから。


「ええ本当。嬉しいことですが、御上に似た赤様も授かりたいですわ」




  御上はどんなお顔をしていらっしゃったかしら? 

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