橘 絵里 in 朝日 明広
ジリリリリリ
「ぎゃああああああ!」
目覚まし時計のけたたましい音がして、想像を絶する頭痛が絵里を襲った。
あまりの痛さに思わず絶叫したが、その絶叫がさらに自らの頭痛を増大させたため、絵里は死に物狂いで息を飲んで叫びを止めた。
「っ、!!!?!?!?」
呼吸も忘れて無我夢中で目覚まし時計を止めると、額にはびっしょり冷や汗が吹き出していた。
こんな頭痛は生まれて初めてだ。
何か悪い病気だろうか?
胸にも妙な動悸を感じながらあたりを見渡すと、そこには見覚えのあるものがひとつもない。
畳の部屋に、敷布団。押入れのような扉と、古びた障子戸にかこまれている。よく考えたらさっき止めた目覚まし時計も自分のものではない。
”・・・え?”
絵里は呆気にとられて固まったが、呆気にとられた事だけが原因とはとても思えない体全体の重さを感じる。思わず胸のあたりを撫でて自分を落ち着けようと持ち上げた自らの手は、浅黒く干からびた肌に覆われてかなり大きくなっていた。
「ひっ!?」
慌てて逆の手も見るが同じようになっている。
というかよく見たらめちゃくちゃダサいシャツを着ていて、履いているのはブリーフ?
何で自分がこんな格好をしているのか、訳がわからない。
恐る恐る布団をめくると、股間のあたりに妙な膨らみがあり、足は毛むくじゃらのゴツい男のものに変わっていた。
そういえば、さっき叫んだ時の声もガラガラで低かった気がする。
”これは一体・・・?”
動転して窓の方を見ると、そこには同じ格好をした朝日さんがこっちを見ていた。
「朝日さっ!?」
思わず野太い大声を出してしまい、再び頭痛に悶絶する。
”朝日さんにこんなところを見られるなんて!?”
絵里は恥ずかしさで泣き出しそうになりながらも、朝日が何も言ってこないので、恐る恐るもう一度朝日のいる窓の方を見た。
すると、なぜか朝日も恐る恐るこっちを見ている。
”・・・あれ?”
おかしい。
窓の向こうの朝日は完全に絵里の行動を真似ている。いや違う、これは窓に映った絵里なのではないか?
”私、が、朝日さん!?”
やっと状況を飲み込めた絵里は、窓に近寄って自分の姿を隅から隅まで確認する。
”間違いない、私、朝日さんだ!!朝日さんと入れ替わった夢を見てるんだ!!”
そう気づいた絵里は一安心して落ち着きを取り戻し、それと同時に一気にわくわくがこみ上げてきた。
”朝日さんが、私の思い通りに動く!”
絵里は窓に向かって笑いかけ、ウインクしたり投げキスしてみたり、大はしゃぎである。そして多少の背徳感を覚えながらも、ブリーフの上からそっと股間の膨らみに触れてみた。
”きゃっ♪”
先程までとは一転して、跳ね回るウサギのごとき気分である。
ただし頭痛と体のだるさはやっぱり消えないため、もしかすると寝ている自分の本体に何かあったのかもしれないとうっすら不安に思いつつも、この夢の覚まし方がわからないため、とりあえず絵里はこの状況を楽しむことにした。
部屋のタンスをあさって朝日の服を一式引き出すと、にんまりしながらコーディネートを考える。
”朝日さんいつもこんなんだっけ?”
黒のくたびれたスーツにシャキッとした白いシャツ、ネクタイは絵里の気分でピンクにしてみた。
”ピンクのネクタイとか持ってるんだ、朝日さんかわいいな。”
ネクタイの結び方は朝日のスマホで調べて真似てみた。
もともと絵里は器用なので、いつもの朝日より上手いくらいの出来に仕上がった。
ちなみに、なぜ朝日のスマホが使えるかって?指紋認証万歳である。
あとでスマホの中身もじっくり見よう。
そんなことを考えながら部屋を出ると、廊下は朝ごはんのいい匂いがする。
匂いを辿って部屋に入ると、ご飯に味噌汁、焼き鮭におひたしと卵焼きという、めちゃくちゃ豪華な朝ごはんが用意されていた。
”うっわぁ〜!おいしそう〜♪”
思わずにやけながら男物の茶碗の前に座ると、奥から朝日の妻と思われる年配の女性が出てきた。
「あら、珍しいのね。今日は朝ごはん食べるの?」
「うん、食べる♪じゃない、えーと、ああ、食べるぞ。」
「???」
妻は怪訝な顔をしながらも、絵里の前に温かいお茶を置いてくれた。
「いただきます♪」
パクッ
”こ、これは、、、!うんっっっまい!!さすが朝日さんに選ばれし奥様、抜群にうまい朝食だわっっっ!!!”
絵里は味噌汁の奥深い出汁が体に染み渡るのを感じながら、朝日の妻が目の前に座って朝食を食べるのを眺めていた。
優しそうな女性だ。
絵里は思わず味噌汁を置いて話しかけた。
「この味噌汁、本当にうまいな。」
絵里が話しかけると、朝日の妻はまた怪訝な顔をした。
「どうしたの?突然。いつもそんなこと言わないのに。」
怪訝な顔の奥にちょっと嬉しそうな声色を感じて、絵里はほっこりと微笑む。
「だってうまいからさ!ありがとうな。」
朝日の妻は驚いた顔をしたが、そのあとで少し照れくさそうに微笑んだ。
「はいはい、はやく食べないと遅刻するわよ。」
絵里はにっこり笑って、こくりと頷いた。
朝ごはんを食べ、支度を終えるとスマホで現在地を調べ、会社までのルートを検索した。
”電車で1時間か、結構遠いな・・・。チッ、面倒臭い。”
そう思いながら駅に行くと、案の定満員電車に無理矢理自分の体を押し込まねばならず、うんざりした。
しかも普段の絵里ならまだしも、この朝日の大きな図体をギチギチの電車に押し込むのは至難の技だ。
やっとこさ乗り込んだ車両では、隣の若造に悪態をつかれた。
「チッ、朝から酒くせぇんだよクソジジイ」
「!!」
”そ、そうか!この頭痛と体のだるさ、酷い二日酔いの症状なんだ!!朝日さん、たしかによく酒に飲まれてるものなぁ、、、。”
絵里は夢なのに細かい設定までちゃんとしてる自分の脳みそは優秀だなと思った。




