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まさかこんなに好きだとは  作者: 味噌っ子
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橘 絵里


ここは、どこにでもある大企業。

情報通信業を営んでおり、社内は圧倒的に男性の割合が高い。


橘 絵里26歳は、ほんの数年前にここへフレッシュマンスーツを身につけてやってきた。


それが今や、期待の若手として彼女の名前をあげない上司はいない。


入社してすぐ営業職についた彼女の実力がズバ抜けていることは、順調に伸び続ける彼女の売上が雄弁に物語っていた。


絵里は昔から何事もソツなくこなす、いわゆる優等生タイプだった。それはもう根っからの、恵まれた人間なのだ。


もちろん見た目もなかなかのもので、特にその笑顔は、一度見るだけで人を虜にする力があった。


男性が多い職場で絵里の存在は明らかに異質でありながら、その異質さすらも愛おしいと思われるほどに、彼女の熱狂的ファンは多かった。


優秀で、実力もあり、物腰は柔らかく、困っている人を放っておけない正直者。


誰からも愛される、あまりに完璧な彼女の心中は、彼女しか知らない。


「橘さん、この資料明日までにお願いできる?」


「はい、やっておきますね。(にっこり)」

“チッ、資料のひとつも自分で作れないのかよこの無能が!てめぇ私の何倍給料もらってんだ、働け、カス。“



「橘さん、この前のプレゼン良かったよ!今度セミナーで講師やってみない?」


「えっ、良いんですか?嬉しいです、精一杯頑張ります。(にっこり)」

“はぁ?講師て。だっりー、マジかよふざけんなよ面倒くせぇな。でもまぁこれやっとけばトロい同期との差も目に見えて開くしな。

出世のためにやってやるから、感謝しろ、マジで。“


「橘さん、この前の書類間違えて計上しちゃったんだけど、差し替えられる?」


「管理部と調整しておきますね。(にっこり)」

“はああぁ?間違えて計上って、小学生かテメェは。どこをどうやったらあの単純な処理を間違えられるんだクズ!お前のようなクソの大ボケミスのカバーに優秀な私の貴重な時間を削る無駄さが計算できないんでちゅかあ?差し替えの手間賃1000万よこせ、社会のゴミが!“


、、、知らぬが仏とは世の常だ。


だけどそんな彼女が唯一、心の中で悪態をつかない存在がいた。


執行役員、朝日 明広53歳。

高卒でありながら叩き上げで役員までのし上がった実力者で、数々の修羅場を潜り抜けてきた知恵と経験と貫禄がある。


後頭部は中途半端に禿げており、酔っ払い方が汚いどこにでもいるおっさんなのだが、本気になった時の根回しの周到さや、駆け引きの時の絶妙な判断力が、絵里の悪態を木っ端微塵に打ち砕いた。


そして何より、最初は会社で偉そうに振る舞う朝日の立場にいつか自分がと思って見ていた程度の絵里だったが、ある日、入社以来初めてかつ最大のミスをしでかしてパニックになり、まともに呼吸もできなくなるような窮地に陥ったところを朝日に救われて以来、絵里は朝日にだけは、何をどうやっても悪態がつけなくなったのだ。


それどころか、営業部内の飲み会で酒に飲まれ、へべれけになって隣の部下おっさんにチューを迫る朝日でさえ、これまで営業として場を盛り上げ、お客様の機嫌を取るために徹底的にしてきた行動が身に染み付いた名残りのように感じられて、絵里は胸がじーんと熱くなるのだった。



そんなある日、絵里が帰りの電車の中でスマホでネットサーフィンをしていると、不思議な広告が表示された。



「もしも中身だけ入れ替われるとしたら、あなたは誰と入れ替わりたいですか?」



そう書かれたダイアログの下に、入れ替わりたい人物の名前を入れるテキストボックスがある。


“えっ、これ何の広告?こんなん聞いてどうすんの?“


何を売りつけたいのか全く想像がつかない広告に心惹かれた絵里は、思わず興味本位でテキストボックスに文字を打ち込んだ。


“朝日 明広、と。“


テキストボックスに文字を打ち終えると同時に、表示されていたダイアログがスーッと薄くなって消えた。


“えっ、確定ボタンとか押さなくても、文字を打ち終わったってわかるの?一体どういう仕組み?“


不思議に思いながらも、ダイアログが消えたからには何かしらの商品紹介が表示されるのだろうと思ってそのまま待っていた絵里だが、待てども待てども何の商品紹介も現れない。


“うーん?おかしいな、何これ?故障?“


絵里は更新ボタンや戻るボタンを押してみたが、先ほどのダイアログは一向に表示される気配がない。


“全然出てこない。何かのバグかな?“


絵里はあまり深く考えず、再びネットサーフィンに戻って行った。

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