TRICK 3-2
「ミヤビ君って兄弟いる?」
夕食、開口一番黒崎が聞いたのは、兄弟の話だった。
藍沢と約束した後、まっすぐ家に帰ったミヤビは、黒崎と2人きりになった。
二ノ宮はどうやら、捜査がまだあるらしい。
「いません」
「一人っ子かあ」
「そういう黒崎さんは?」
「絵里香でいいよ」
「・・・・・・黒崎さんは?」
「もーミヤビ君ってシャイだよね。私姉っぽい?妹っぽい?」
ミヤビは、心の中でめんどくせえと思いながら、
「姉っぽい」
「あたり! ま、妹とは全然会ってないけどね」
黒崎とは、ほぼ毎日顔を合わせるが、そういえば黒崎自体の事は何もしらなかったなとミヤビは思った。といっても、知ったところでどうだというのは実の所分からない。
ただ、なんでこうまでして探偵事務所に居候しているのか。
この人、料理も出来るし、家事も出来る。頭もいいわけだし、普通に一人暮らししても問題ないはず。
ただ、なんでここにいるのか。という質問は、ミヤビは言えなかった。何か訳があるかもしれないし、赤の他人である自分が介入する余地はない。
「どしたの?なんか悩み事?」
「あ、いえ、別に」
「なんか悩みがあるならおねーさんにいつでも言うんだよ?」
「子供扱いしないでください」
「あれか、友達ができなかったとか!!」
「っ・・・」
なんか馬鹿にされているようで腹立つな。とミヤビは思った。
けど、何も言い返せない。
「図星だね。でもあの藍沢って子がいるじゃん」
「藍沢は別に」
友達、とはまだ言えない。
知り合いだろうと、ミヤビは思っていた。
「好きじゃないの?」
突拍子もないことを言う。
黒崎は何を考えているのだろうか。
「どうしてそういう話になるんです?」
「だってあの子かわいいじゃん。そうお近づきになれないと思うよ。あのクラスの子は」
間違ってはいない。確かに藍沢は初日からかなりの人気っぷりではあるし。
「まあ、それは思いますけど」
「ねー。この際だから付き合っちゃえば?」
「だからどうしてそういう」
「今だけ。なんだよ」
「え?」
「高校生っていうステータス。私ね、思うんだけど、若いときほどちゃんと恋愛したほうが良いと思うの」
「……」
「大人になる……。私も大人じゃないけどさ、年を重ねていくにつれて、相手に求める条件が自然と多くなる。そして面倒くさくなる。周りをみてもそう。性格とか、顔とか。それだけじゃない子も増えてきてる。高校生じゃなくなるって、自然とそういうことなんだって、大学生になって思ったの」
言わんとしている事は分からないでもないけれど、黒崎は何が言いたいのだろうか。
「……何が言いたいんです?」
「だから、今しか出来ないことを、楽しまないと損だよってこと。高校生だけにしか出来ない生活を、エンジョイしないとってこと。制服着るのも、あと2年間しかないんだよ?」
言葉に重みがある。黒崎が感じている実体験からだろう。
ミヤビは、中学生や小学生の頃を思い出す。単純に遊んでいたり、周りもかけっこが速いから好きだとか、恋愛事情が単純なものだったと思う。
そういえば、そういった単純に物事が考えられなくなったのはいつの日からだろうか。
――今しか出来ないことを、楽しむ。
東京に来て色々な出来事があったけれど、そういった視点を持つことも大事かもしれない。
「今さ、チャットとかでリアルタイムに返事ができるじゃない? 便利だけど、私は便利すぎてやだなって思う時がたまにあるの」
「それは分かります。縛られたくないし」
「でしょ? ミヤビ君はすぐ返信する派?」
「いえ、重要度に応じて」
「既読無視するひと?」
「たまには」
「別にいいよね。既読無視ぐらい。四六時中あんたと繋がってるわけじゃないっつーのって感じ?」
ちょっと感情が込められているが、昔しつこい男でもいたのだろうか。
ミヤビは気になったが、掘り下げないでおいた。
「それは分かります。マナーモードにしたくもなるし」
《おい、まさか俺のこと言ってんじゃねえだろな?》
黒崎の意見に、同意するミヤビ。
そのミヤビの反応に、黙っていた火炎が口を開く。
「その通りだが? というか珍しく静かだな」
《俺だって空気読む時は読むが、ちょっとムカついたから喋っただけだ》
「じゃあそのまま黙っててくれ」
《えーやだー》
「……本当に人間みたいだよね、それ」
黒崎が、驚いた顔でハンターフォンの火炎とミヤビの会話を見て、言う。
確かに、気にしないでいたが、これほど人間みたいに会話できる人工知能を、ミヤビは見たことがない。まるで本物の人間がハンターフォンの中に入っているようだ。
ずっと遠隔地で別の人が火炎に声を当てて、リアルタイムで動かしていました。って言われても信用するくらいに、火炎は人間と同等のコミュニケーションができる。ただ、うるさいけれど。
ブレイクアバター。
自分が想像したキャラクター。
それ以外の状況は、よくわからない。
「ですね。結局お前はなんなんだ……」
《なんだかんだと言われ》
「それ以上はやめろ」
《えーなんで?》
「いろいろとアウトだからだ」
《何が?》
「ふふっ。もうコンビみたいね。普段のミヤビ君も火炎と話すようにすれば、自然なんじゃない?」
自然な会話。確かに、火炎とは遠慮の一つもなく話せている。
ただ、一つ、理解できないことがある。
自分が作り出したキャラクターの筈なのに、自分が考えている性格と違う。
そのあたり、何か意味があるのだろうか。
後で、火炎に聞いてみよう。
「ただいま」
扉の開く音。二ノ宮が帰宅したようだ。
「水無。土曜日の詳しい日程が決まった。メールしておいたから予定に加えといてくれ。集合は事務所。場所までは俺の車で向かう」
「わかりました」
「そうそう、藍沢にもその件は転送しておいてくれ。彼女にも見せないと行けないだろう……黒崎、落ち着いたらあとで話がある。ちょっと捜査に進展があってな、情報共有したい」
「わかりました。所長も食べます?」
「……ああ。頼む。コーヒーも淹れてくれると助かる」
「眠れなくなりますよ~~? まあもし眠れなかったら私が添い寝してあげますけど」
「冗談はよせ。そういう行為は好きな男にでもしておくんだな」
「はーい」
ミヤビは、二ノ宮が帰ってきたタイミングで食事を終え、挨拶してそのまま自室へと戻った。
ハンターフォンにメッセージが入っている。どうやら藍沢からのようだった。
[さっきはありがとう。]
[日曜の件なのだけれど、]
[どこか行きたい場所とか、ある?]
「行きたい場所か……」
東京に来たのが突然で、何も考えていなかったが……。
そういえば、制服とかだけで身の回りの用品が足りない気がする。
いつものミヤビなら、どこでも良いだとか、どうでもいいとか言っているが。
今回の目的は自分への御礼なのだ。
何か、自分からでも希望を言ったほうが良いだろう。
買い物。それが今必要なことだ。
[買い物がいい。服とか、揃ってないしさ]
[ちょうどいいわね。私もいろいろ揃えたかったところ決まりね。場所は任せて。もし希望があったら教えて]
[分かった]
《二ノ宮のオッサンが言ってた件、伝えなくて良いのか~?》
火炎が伝える。そうだったと思い、ミヤビは二ノ宮から来たメールを藍沢に転送する。
[土曜日の件。]
[了解]
[それじゃ、おやすみ]
[おやすみなさい]
「寝るか」
ミヤビはハンターフォンを充電ケーブルに接続した。そういえば、元々持っていたスマートフォン。どうしようか。これからはハンターフォンで事足りそうだし、何か会ってもハンターフォンの方が色々と対処できて、安全な気がする。スマートフォン2台持ちも重いし、片方は置いていこう。
そう思って、ミヤビはスマートフォンを机の上に置き、ベッドに横になった。