TRICK 3-1
TRICK 3「Junction」
病院を無事に退院したミヤビは、探偵事務所に戻り、事件の話を始めた。
「しかし、無事でよかった……。まさか病院内にまで、襲ってくるとは」
二ノ宮は、安堵のため息をつく。ミヤビは黒崎が淹れたコーヒーに口をつける。
突如現れた白衣の男は、あの後姿を消してしまった。
あの男が現れなかったら、自分はあのガーディアンにやられていたかもしれない。
そう考えると恐ろしくなってくる。もし、あの男が現れずに、自分があの状況のまま、何も出来ずにしていたら、今頃どうなっていたことか。
「火炎の攻撃が全く貫通しませんでした。Version2になって、人間を取り込んだ瞬間に」
ミヤビは、病院で襲われた時の状況を二ノ宮に説明する。
ガーディアンが人間を取り込み、I am Human と名乗った姿、Version2。
火炎の攻撃は全く効かなかった。何か二ノ宮は理由を知っているのだろうか。
「なるほど。バージョンアップすることによって、攻撃範囲が切り替わるようになっているのか……恐らく、権限が切り替わったんだろう」
「権限?」
「例えばの話……だ。Version1で攻撃可能な範囲は、ガーディナイザーが“召喚”させたガーディアン。Version2で攻撃可能な範囲は、それを取り込んだ融合体。Versionが同じもの同士でないと、攻撃が噛み合わない。まあ、あくまでも今の君の話を聞いた中での仮説だがな」
《意味わかんねえ……》
火炎は理解できていなかったが、ミヤビにはなんとなく理解した。
Version1が攻撃可能なのは、Version1のガーディアンのみ。
Version2に対抗できるのは、Version2のみ。
目には目を、歯には歯を。Version2にはVersion2をというやつだろう。
原理はわからないし、二ノ宮の言うことを全て理解したわけではないが、今の話や、経験をまとめると、つまりそういうことになる。
「つまり、俺は火炎のバージョンアップをしないと、Version2になったガーディアンに対抗できなくなる。そういうことですね?」
「だな……。しかし、ガーディアンが実体化出来る事は理解していたが、それが人間を取り込んでバージョンアップする事例はあまり聞いたことが無い。そのあたりの話は努さんにきいたほうがいいと思う」
《チェッ、折角俺のいいとこ見せられるようになったと思ったのによ・3・》
火炎は、唇を尖らせる顔文字を使いつつ、悔しがる。
「バージョンアップすればいいだけだ。やり方はわからないけど……二ノ宮さんはその辺、知ってます?」
「いや……正直俺達はそこまでのところは、つかめていない」
「……分かりました」
「技術的な点に関しては俺達はあまりカバーできない。ただ逆に、俺達の得意分野から攻めていこうと思う。今回君が何故襲われたのかという理由、知りたくないか? 黒崎」
「はい」
二ノ宮が合図すると、黒崎は一冊のファイルをミヤビに見せた。
まず目についたのは、一枚の新聞記事。
「成人男性、謎の不審死。側には割れたディスプレイが。それがどうかしたんですか?」
「……良く、見てみろ。特に被害者男性の顔写真をな」
二ノ宮が言うように、ミヤビは新聞の顔写真を眺めた。
「!?」
そこに写っていたのは……。
ミヤビを襲った、ガーディナイザーである、フード姿の男だった。
以前資料を渡された時は、そんなに気にしていなかったのに。
フードが外れ、素顔が露わになった時の顔と、全く同じ顔だ。
ただ、写真は会社員時代の時に撮られたものらしく、ミヤビが見た時は、やせ細り、目に隈が出来ていた。
「こ、これ?」
《オイオイどういうことだよ、死んでるやつと戦ったってわけか?俺らは》
「……まず確認しよう。君がこれまで戦った男は、こいつで間違いないな?」
「は、はい……はっきりと顔を見ましたから」
「その人の名前は田中貞夫。会社をリストラされ、自宅で引きこもっているところを、ガーディアンに襲われたらしいの」
記事には、その経緯が書かれていた。
割れたディスプレイに、何者かに首を締められた跡。自殺を図ろうとしたわけでない。
その時部屋は鍵がかけられ、家族すらもしばらくまともに会ったことがなかったという。
「そしてPCからガーディアンの腕が出てきて、殺された……。だけで済めばいい話だったが……」
「私たちは、ミヤビ君が倒れている間、藍沢さんに、先に話を聞いていたの。その時に不審死だった被害者の顔写真を並べて、それに近い人を選んでもらったの」
「その時から俺たちはある程度目星は付けていたんだが、これで確信だな」
「理由はわからないけど、“死んでいる人”がガーディナイザーとなった」
「また、もしくは本当は“死んでなかった”という可能性もあるな」
《意味わかんねえよ……》
火炎の言うとおり、意味がわからない。
けれど、二ノ宮達が言うように、この新聞記事に映る田中貞夫という男が、ミヤビたちを襲ったガーディナイザーであることは、間違いないようだ。
顔をはっきりと覚えているから、かなり似た他人でない限り、本人そのものだ。
「とにかく、これまでガーディナイザーに関しては何一つ手がかりがつかめなかったんだ。これでひょっとしたら捜査に進展が生まれるかもしれない」
「……その事実は、警察に伝えるんですか?」
「一応伝えるが、聞いてはくれないだろう。もうその男は、“死んでいる”扱いだからな」
《嘘だろオイ》
「じゃあ俺は、一体何と戦ったんですか?」
「……これまでの話はあくまでも仮説だ。君が戦ったガーディナイザーが何者だったのかは、現時点では判断できない」
「……そうですか」
「ところで話が変わるが、努さんの所にいく日程が決まった。今週末の土曜日だ。開けておいてくれ」
「わかりました」
ミヤビは、一通り話を済ませた後、自室へ戻った。
――田中貞夫という男。死んだはずなのに、生きていた。
――Version2。
いろんなことがあって、疲れている。
体は既に、クタクタだった。
今にも倒れそうなくらい、疲れている。
ミヤビはシャワーを浴びて、着替え、ベッドに倒れ込む。
火炎が何かを言っているが、相手をする元気がない。
そのまま、深い眠りに着いた。
*
「忘れてた……」
朝起きて思い出す。
今日は、転校初日だったということを。
ついこの間まで、金曜だったのに。時間というものは恐ろしい。
ガーディアンに襲われて。火炎を召喚して、その反動で入院して。
月曜日を、自然と迎えてしまった。
初日だからか、初日だからこそか、月曜日というやつは何故これほどまでに憂鬱なのだろうか。
《何がだよ?・3・~♪》
火炎が、口笛を吹きながら
「君は呑気だな……」
《おうおう、わけわかんねーことばかりだけどよ、落ち込んでばかりはいられねーぜミヤビちゃんよ》
「別に、落ち込んでいるわけじゃない。面倒くさいだけだよ、月曜日が」
《なんで?》
「始まり、というのは気を使う。何でもかんでも」
ましてや、自分が望んでいない展開になるなら尚更だ。
そもそも、転校の件に関しては未だにミヤビは納得していない。
父が勝手に決めたことで。
さらに、この事件に関してもだ。
《そんなに事のせいばっかにしてたら後悔すんぞ。逆にお前、やりてえことあんのか?》
確かに、火炎の言うことは一理ある。
状況のせいばかりにして言い訳がましいのは、自分でも理解しているつもりである。
「やりたい事……か」
脳裏に浮かんだのは、一台のバイクだった。
けど、今は。
《流されることばっかりで気にしてたら埒が明かないぜ~!! 俺はいっぱいあるぜ~!!》
「羨ましいな」
《お前にもあんだろ、一つやふたつ。ま、それはさておき、そろそろ時間じゃね?》
「ああ」
時間は、電車の発車時刻から逆算して30分前となっていた。
そろそろ、下に降りて朝食を摂らなければいけない。
ミヤビは、制服に着替え、充電していたハンターフォンと、もう一つのスマートフォンをカバンに入れ、部屋を出た。
「誰もいない……」
書き置きが残してあり、既にミヤビの分は出来ているようだった。黒崎と二ノ宮は、捜査があるようで朝から出かけていたらしい。戸締まりは電子ロックでできるようなので、朝食を終えてそのまま出かけることにした。
ポッケに入る、ヘッドフォンを着ける。
聞いているジャンルは様々だが、今日はジャズを聞くことにしよう。
特に何が好きだとか、音楽に対しては特段の好みはないが、大体なんでも聞く方だ。
今日は、気分的にジャズが聴きたい。
眠い目をこすりつつ、プラットフォームで電車を待つ。
それにしても、人が多い。これは慣れるのに時間がかかりそうだ。
いつもは、SNSばかりをみていたミヤビも、今日は気になってスマホのニュースを開く。
《何か気になってんのかー?》
「電車内では黙ってくれ」
《えー》
「えーじゃない」
ミヤビはハンターフォンをマナーモードにして、火炎を黙らせる。
しかし、マナーモードにすると声がミュートになるというのは、便利だ。
火炎はよく喋る。考えたい時に邪魔してくるから、そんな時はマナーモード一択だ。
(……不審死、多いな)
気にしたことはなかったが、画面が割れて殺されたというニュースが今日だけで3件起きている。殺人事件一つで一つのワイドショーで埋まるくらいなのに、1日で同じような事件が3件起きているというのは、少し異常な気がする。
ミヤビは、事件だけでなく他の記事も見ることにした。
(情報庁……。そんな庁ができてるのか)
記事には、情報庁の長官が開庁式を開いている。情報庁長官は、黒崎信雄という名前のようだ。スーツ姿の男達が何人か、テープカットをしている写真が表示されている。
(長官は黒崎信雄、黒崎?)
なんだか既視感のある名前だ。
まさかとは思うが、事務所の黒崎と何か関係があるのだろうか。
ただ、それはそうなら何故二ノ宮のところにいるのか余計に分からない。
(まあ、たまたま名前が同じだけか)
長官の娘なら、こんなアルバイトなんてする理由なんてないはずだ。
(日本の、サイバー警察ってとこか)
情報庁なんて出来ているなんて、全く知らなかった。
やはりニュースはたまに気にしておいたほうが良いだろう。
今後のためにも。
気づけば、もう駅にたどり着いていた。
「藍沢美月です。1年時はアメリカの学校に交換留学してました。いろいろとわからないこと、あると思いますが。色々教えて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
藍沢の紹介でクラス中が湧き上がる。まあ美人だからしょうがないだろう。というか転校生ではなかったのか。
そんな中で同時紹介されるわけだから、当然あまり目立たない。
逆にそれが良かったようで、転校生への視点は思いっきり藍沢に向いていた。
ミヤビも名前の自己紹介を終えて、席についた。
《へいへい~不人気者~》
「ややこしい関係が無くて助かる」
転校生によくある、どこからきたの~だとか何してたの~とか。そういう興味を引く対象が自分に矢印が向いていないだけでも、助かることはない。
《お前って捻くれてんよな》
「うるさい……けど逆に」
《あの藍沢ってやつが、疲れんじゃねーかって思ってんのか? あいつはお前じゃねーぞ》
「何で考えてることが分かる?」
《なんとなくだよ。あの女は気遣いだとかそういうのじゃなくて、自然に振る舞ってんだよ。お前と違ってな》
「そんなことはわかってる」
《そこがお前にねーとこだな》
「うるせえ黙れ」
《へいへい。まーお前の好きなようにやれよ》
「最初からそうしてる」
1日目は、藍沢に人が集中し、ミヤビに話しかける人間はあまりいなかった。
ミヤビはほっとして、放課後、そのまま帰宅することにした。
「あら、帰るの?」
声をかけてきたのは、藍沢だった。
「ああ。特に予定もないしな」
「……予定がないんだったら、一緒に帰らない?」
「うん」
「シャイなのね貴方」
「ただ、面倒なだけだ」
「モテないわよ?……いや、最近の子ってこういうのが好みなのかしら」
「別にいい」
「友達はできた?」
「いや。君は沢山出来ているようだけど」
「沢山出来るから良いこと?」
「そうは思わない」
「そう。同意見で助かるわ。皆、まあ皆という考えを一概にするのはどうかと思うけれど、友達の数の方を重視してるんじゃないかって思うの。貴方も入った?このグループ」
藍沢は、クラスのSNSをミヤビに見せる。いつの間にそんなものが。
まあ確かに、藍沢の意見も一理ある。友達数が多ければ良いというわけではない。
「いや」
「距離を置かれてるのね」
《嫌われてやーんの》
火炎が茶々を入れる。
「そうではないみたいだけれど。貴方女子にはかなり好評みたいよ?」
《嘘だろオイ》
「興味ない」
「そ……。ところで、話があるのだけれど。私を助けてくれた御礼、させてくれない?」
「御礼?」
「ええ。貴方がいなければ、私はここにいないかもしれないし」
「そこまで義理を感じる必要はないよ」
律儀なやつだな。とミヤビは思った。
「義理とか、そういうのじゃないわ。私がしたいからするだけ」
「わかった」
「決まりね。今度貴方のお父様の所にいくわけでしょ?それが確か土曜だった筈よね」
「ああ」
「じゃあ、その翌日の日曜とか、どう?」
「……構わないが」
「了解。あ、連絡先教えてくれる?」
ミヤビは、藍沢と連絡先を交換した。