TRICK 1-1
※この物語はフィクションであり、実在の出来事・登場人物・団体等とは一切関係がありません。
――深夜。高層ビルの屋上。
知らなかったのだ。いや、知ろうとしなかったのだ。真実から目を背けて、本当の意味に気づかなかっただけなのだ。察することなんて出来ない。人間は言葉を交さないと、本当に伝わらないことだってある。
あんなに憎かったのに。あんなに恨んでいたのに。
こんな事実、言わなきゃ今までのことがわからないはずだ。
少年は、深呼吸をして、目の前の空飛ぶ怪物と対峙する。
《Select of Hunter!!》
機械合成音声。相も変わらずテンションの高い音声だ。
【さぁ、いくぜ……!!】
少年のスマートフォンから、叫ぶ男の声。こいつのことは、まだ良くわからない。けれど、目の前のアイツを倒すためには、欠かせない存在だ。
戦う理由なんてなかった。こんな事実があるのなら、少しでも言ってくれればよかったのに。と少年は思う。いや、隠しておくことが、優しさだったのかもしれない。
スマートフォンの画面にある、星型のアイコンをタップする。
「ああ、いくぞ、ブレイク……アウト!!」
少年は、スマートフォンを天高く掲げ――。
地面に、突き落とした。
《BREAK OUT!! Flame Blade!!》
これは、少年少女たちが、電子媒体に住まう、未知の生物との戦いの物語である。
◆「Break out」
水無ミヤビ(みずなしみやび)は、目を開いた。文庫本を読んでいた途中で、眠りについてしまったらしい。あたりを見回すと、疎らに人がいる電車の車内だった。皆、スマートフォンに張り付くように画面を見つめている。
やはり、田舎の電車とは光景が違う。まあ、別に悪いことじゃないし、よくある光景ではある。田舎の祖父母は、そんな光景を気味悪がっている。
まあ、全くスマートフォンとか使わない世代からしたら気味の悪い光景というのも、あながち理解できなくもない。その理由を訪ねたら、みな下を向いてばかりいる……と。でも逆に呆気に取られながら上を向き続けているというものは、それもおかしいと思うので、祖父母の理由はなんだかよくわからない。
そんな祖父母は、いつしか高度成長期時代やバブル期の話をし、最近の若者はどうとか現代がどうとか、管を巻くことばかりが増えていた。そんな大人にはなりたくない。いつだって、今が大事なのだ。今を大切に生きないと、なんだか楽しくない気がする。
レールと車輪による、金属音と唸るモーターの音が響く。
扉の上の運行案内モニタに目線をそらす。気づけば、目的の駅の2つ手前までになっていた。モニタの下部には、ニューステロップに、『昨夜未明、港区の男性が不審死。連続殺人事件に関係か』と書かれていた。
東京に来て、早速見たニュースがこれである。少し気味が悪い。
時間を確認すべく、ジャケットの左内ポッケにしまっていたスマホを開く。
だが、ブラックスクリーン。電源ボタンを押すが、電源が入らない。
「バッテリー切れか」
電池切れのただの重い板切れと化してしまったそれに、頼ることができなかった。
文明がいくら進歩しても、エネルギーが必要なのは機械だって人間だって同じなのだなとつくづく感じる。
『本日も、ご利用くださいまして、ありがとうございました。間もなく、終点の……』
車掌のアナウンスが、静かな車内にこだまする。他の乗客がおらず、会話などが聞こえない分、はっきりと聞こえる。
どうやら、次が目的の駅になるらしい。網棚にある自分の荷物に手を取り、下車をする準備に取り掛かろうとした、
――その瞬間だった。
「っ!?」
車内の照明が、突然、消えた。
それだけではない、これまで車内に響いていた音さえも消えた。
緊急停車したのだろうか?
しかし、音も電気も、突如消えたのだ。緊急停車をするのなら、制動による慣性が働くはず。そんなことを感じることもない。
ただ、今この電車が、空間が、まるで動画を一時停止したような、そんな感覚がする。
「止まっている……?」
車窓から外の景色を眺める。ちょうど踏切を通過している途中だったようで、赤い警告灯が左側だけ点灯したまま、音もなく止まっている。
間違いない、自分以外の、時間が、止まっている。
「どういうことだ?」
状況を飲み込む前に、車内をいろいろ調べてみることにした。まずは、後ろの車両に行けるかどうかを確かめるべく、車両の連結部へと歩いた。
「開かない……」
体重をかけて開けようとしたが、扉はびくともしなかった。
先頭車両だった為、逆に先頭にいけば運転手とコンタクトが取れるはず。と思って先頭方向へ走る。
しかし……。
「誰も、いない……!?」
電気が付く前は、さっきまで人がいて、運転していたはずだ。一体どうなっているのだろうか。また、二重の夢でも見てしまったのだろうか。
ミヤビは試しに、自分の頬をつねる。
「痛い」
痛みが、ある。ということは夢ではない。
にしても妙だ。時間が止まっている感覚を味わうなんて、よほど疲れていたのだろうか。
すこしパニックになっていて、今まで気づかなかったが、自分のスマホから気味の悪い高い音が聞こえる。
――モスキートノイズ。
音の性質上、若い人にしか聞こえないとされる音。その音のようだった。ピーと鳴っているのか、キーと鳴っているのか、少々聞き取りづらいくらいの音量。
音源はスマホからだった。ジャケットの右ポケットから、その音が発せられているスマホを取り出した。こんな変な音の着信音は設定していなかったはず。そして画面をみて、背筋が凍る。
画面は、一面真っ赤に染まっていた。そして画面から、血のような赤い液体が滲み出している。それにびっくりして、スマホを手から離す。それが床に落ちた瞬間、一瞬だった。
――手が、赤い、手が。
スマホの画面を突き破って、ガラスの割れる音とともに現れた。まるでミヤビのスマホが別の所から繋がっているかのようだ。その手は赤く染まっており、骨格は人間の手と似ている。長い牙や、人間とは思えない量の腕の毛。
【ミズナシ……ミヤビ……貴様ヲ、殺ス……!!】
ノイズ混じりの低い声で、その手は叫んだ。
「……!?」
その言葉を聞いた途端、今までのことがまるで夢だったかのように、何事もなく電車が動き出し、さっきまでいなかったはずの乗客が電車内に存在していた。
奇妙な夢。スマホから生えてくる手に殺害予告。夢見心地悪すぎるし、そんなに疲れていたのだろうかと当惑する。
『まもなく終点です。お忘れ物のないようお気をつけください』
とにかく今は余計なことは考えず、目的地に向かうことを優先しよう。ミヤビはそう思って、網棚の荷物に再び手を取った。
駅から徒歩5分。親から預かった住所を元に、居候先へ向かう。
細い路地を進むと、突き当りにある、一段と古い木造のビルがあった。壁には植物が生い茂っており、とても人が住んでいるようには見えない。
ただ、窓の灯とかが付いているので、人がいることは確認できる。
扉に、金属でできた新しい看板が、古い木造ビルに合わない感じがなんとも言えない。
「二ノ宮……探偵事務所か」
二ノ宮は、ミヤビの母の旧姓であり、これから泊まるのは母の弟、つまりミヤビの叔父の家である。私立探偵をやっており、住所の場所が自宅兼事務所のようだ。
少々戸惑ったが、ここで間違いないようだ。ミヤビはドアのチャイムを押す。はーいと若い女の声が聞こえ、扉が開いた。
「いらっしゃいませ。あなたが水無……ミヤビくん?」
「はい」
ミヤビよりかはいくつか年上だが、それほど離れてはいなさそうな女が、目の前に現れた。髪は長く黒髪で、メガネを掛けている。桜色のカーディガンに、白色のタートルネック、それに今時珍しいロングスカートの格好だ。
「所長から話は聞いてます。さ、上がって」
「お邪魔します」
扉を閉めると、狭い廊下が思ったより置くまで続いていた。床も木造のためか、足音が響く。
「思ったより遅かったね。電車止まっちゃった?」
そういえばこれだけ遅くなったのも、人身事故が原因だった。乗客の噂では、誰かが飛び降りただとか。都会は物騒だ。変な夢を見ていて、そのことをすっかり忘れていた。
しかし、あれはほんとうに夢だったのだろうかとミヤビは思った。
「まあ……」
「春先になると多いからねー。ホントやめてほしいよね」
「ですね」
「あ、私は黒崎絵里香。大学3年生だよ。よろしく」
「どうも」
「さて、所長は外出中だから、先に部屋に案内するね」
そう言って黒崎に連れられ、階段をゆっくりと歩く。歩きながら、黒崎が話し始めた。
「ここは1階が事務所になっていて、2階と3階が居住スペースになっているんだ。あ、私は1階の事務所のアルバイトで、ここに下宿させてもらってる」
同じ住人だったのかと、ミヤビは納得した。けれど何故こんな古いビルにいるのか素朴に思うが、聞くのは野暮な気がしてやめておいた。
そのまま黒崎の案内に聞きながら、2階へたどり着く。一番奥に水無ミヤビと書いてある部屋があり、すぐに自分の部屋だと分かった。
「あなたの部屋はここ。この階は今のところ誰も住んでなかったから、お隣さんの心配をする必要はないよ。あ、ちなみに私は3階だね」
「はい」
「とりあえず荷物をまとめたりだとか、いろいろあるでしょ? 二ノ宮さんが戻ってきたら呼ぶから、とりあえずそれまで待っててね」
「ありがとうございます」
ミヤビは頷き、部屋の中に入った。
「さてと」
呟き、あたりを見回す。部屋の間取りは6畳くらいの大きさで、床はフローリング。
家具がベッドと本棚、学習机が置いてあり、それ以外に引っ越した荷物が並べられている。今日から新生活を送る、自分の自室だ。
「そうだ、スマホ……」
バッテリーが切れていたのを思い出し、学習机にコンセントがあったので、充電することにした。夢で見た、『赤い画面』が少し気になるので、ケーブルを挿した状態で画面を眺める。所詮ただの夢だ。そうだと信じたい。
暫く待つと、電源が入る。いつものホーム画面だ。赤くもなく、お気に入りのバイクの写真が背景になっている。やっぱりただの夢だったのだろうと安堵した。
「これ、片付けなきゃ」
目の前のダンボールの山を見ながら呟く。じっとしていると余計なことを考えそうなので、ミヤビは早速、荷解きに取り掛かることにした。
勉強道具や私物、パソコンなどを取り出していると、見覚えのない黒い箱がダンボールの中に入っていた。大きさはスマートフォンなどが入るくらいのサイズ。
ミヤビはそれを手に取り、箱の中身が何なのかを考える。思っていたよりも重さは軽く、箱には英語表記で、BREAK AVATAR Sim -Flame Blade-と印字表記してあった。
「なんだこれ」
こんなもの、引っ越しするときには入れなかったはず……。ミヤビは不審に思った。中身を確認しようと、とりあえず蓋を開けようと思って、手をかけた途端だった。
『RRRRRRRRRRRRRR!!』
「うわっ!!」
スマホが突然鳴り出した。画面を覗くと、父からの電話だ。切る理由もないので、そのまま通話アイコンをタップする。
「もしもし?」
『ミヤビか?お前の荷物の中に、手のひらサイズぐらいの黒い箱が入ってなかったか?』
電話の声から、少し焦ったように話す父。父の言う箱は今手元にある。
「あったよ」
『あーよかった。それ、父さんの仕事関係の物なんだ。間違えてミヤビの荷物に入れてしまってな。すまんが明日送ってくれないか?』
「あ、うん……」
『悪い悪い!! 助かった。じゃよろしく頼むぞ。あとでメッセージ入れる』
「あ、あの」
『ツー……、ツー……、ツー……』
用件だけ言ってとっとと切りやがった……。とミヤビはため息をついた。第一、そんなに大事なものなら、きちんと管理しろよ。と心の中で思う。
息子が一人暮らしを始めるのに、心配の一言も、近況報告もなく、ただ用件だけの電話だったので、家族じゃなく、まるで他人のようだ。
ミヤビの父、水無努は、昔からそんな感じだ。仕事が忙しく、基本家にはご飯を食べるだけになっている。世間話や日常の話など、あまりしたことがないし、スマホメッセージのやりとりもない。
しかも、地元から離れ、高校2年になるミヤビがわざわざ東京まで引っ越してきたのは、父の一声だった。なんの前触れもなく、前の高校の1年生が終わりかけたときに、転勤で引っ越すことになった。転校してくれ。と。そこまではまだ仕事の都合なら仕方がないか、と思ってはいたのだが。
「同じところにいるのに、住む場所が別って、おかしいだろ……!!」
そうなのだ。転校したと思って、父が住んでいる場所に移動すると思いきや、親戚の家に下宿しろと言うのだ。そんなのってアリかよとつくづく思うが、起きてしまったことは仕方がない。
一方で母は母で忙しく、海外転勤をよくしている。両親とも多忙だったため、ミヤビは小さい頃から祖父母に育てられている。
そんな祖父母の家を突然離れ、一人都会に引っ越してきたが、これまで同じ家にいても話もしない父の元、しかも住む場所が異なることに、ミヤビは納得していなかった。
『ミヤビくん?』と、黒崎の声がノックの音とともに聞こえた。
「あ、はい」
『所長が戻られたよ。降りてきてー』
叔父さんが戻ってきた。ミヤビは携帯を充電し置いたまま、部屋を出て、一階に降りた。
一階では、スーツ姿で長身の男が、ジャケットを脱いでハンガーに掛けながら、テレビを眺めていた。テレビでは、殺人事件のニュースが流れている。
『昨夜未明、32歳の男性が、自宅で首を締められた状態で死亡していると110番通報がありました……男性の部屋には割れたコンピューターのディスプレイが残っており、連続している事件との関連性も含めて、警察は現在……』
「最近多くなったな」と男は呟く。
「所長」
黒崎の声。その声が聞こえた瞬間、男はテレビの音量を下げた。
「どうした?」
「水無ミヤビさんがお見えですよ」
「入ってくれ」
事務室とプレートが張ってある部屋に案内されたミヤビは、下宿先の主、そしてミヤビの叔父になる、二ノ宮に挨拶をした。
「こんばんは」
「ああ。済まなかったな、少し仕事があって君を迎えることができなかった。ともあれ無事についたようでよかった。俺は二ノ宮譲司、探偵だ」
二ノ宮は、ミヤビに右手を差し出す。そのままミヤビも右手を出し、握手を交わした。
「水無ミヤビです。よろしくお願いします」
「ああ。まあかけてくれ」
「私、お茶淹れますね」
ミヤビは言われた通り、事務所のソファーに腰掛ける。事務所を見渡すと、地図やら資料が、壁一面に貼られていた。何かを調査しているのだろうか。
「すごい……」と、思わず声を漏らした。
「仕事。だからな。部屋はもう見たのか?」
「はい」
「しかし災難だったな、努さんも強引だ。急に転校だなんて、結構大変だったろう?」
「それはもう……」
「はは。そりゃだいぶだな。まあこの下宿、俺とお前と黒崎しか住んでいないから、あまり気を使う必要もない。ただ事務所の物だけ荒らさないでくれたら、好きに使っていいぞ」
下宿と聞いていたので、何か決まり事が色々とあるのかと思ったが、あまりにもの適当さに、ミヤビは拍子抜けした。
「でも、ミヤビくんも来たことだし、いろいろと決めておかないと」
黒崎が、紅茶を机の上に起きながら話に加わる。
「だなぁ。まずはメシだな。ここは下宿だし、キッチンは事務所の隣の部屋にしかないから、協同なんだ。今は朝飯を俺が。夜飯を黒崎がつくってる。水無、君は料理できるか?」
「はい。祖父母の家でたまに作っていたので」
「OK。基本は黒崎に作ってもらうが、たまにお前も協力してやってくれ。そんな感じでいい」
「えー」
「えーじゃねえ黒崎。お前給料もらってんだろ。これも仕事だ仕事」
「わかりましたよ。ちぇっ、ミヤビくんが来たから少しはコンパとか行けるとおもったのに……」
「別に行ってもいいが、やることやってからな。そういや黒崎おまえ、電気使いすぎだ。ちょっとは節電しろ」
「えーいいじゃないですか別に。乙女はいろいろとあるんですよ!!」
「普通の乙女は1200WのPCを24時間つけないだろ!! 1200Wってヒーター並だぞ!? アホかお前は!? 夜は消せよPC。給料下げるぞおい!?」
「断固反対!!ストライキだ!!」
「おうやってみろ。いつでもお前を追い出せるからな」
「すいませんでした……」
「何だこの茶番」
2人が突然喧嘩し始めたと思ったら、「追い出す」の一言で黙る黒崎。にしても、1200Wの電源を使うPCなんて、よっぽどハードなゲーマか、動画編集でもしているのだろうか。
「まあこんな感じでわいわいやってるから、心配することはない。特にこの黒崎がなんかやらかしたらすぐにでも俺に言うんだぞ」
「なんですか所長その私がなんかやらかすような言い方」
「やらかしてんだろ!! ったくメシがマズかったらマジで追い出してるとこだった」
「よかったぁ。私料理上手くて」
「まあ俺のほうが上手いけどな」
「嘘ぉ~私のほうが上手いですけど!?」
「いいだろう。数日経てばどちらが上手いかはっきりさせてもらうだろうな」
「あはは……」
そんなやり取りの後、二ノ宮たちとの会話や、下宿の最低限のルール、ビルの間取りなど一通りのことを聞いたあと、黒崎が作ったご飯を食べ、ミヤビは自室に戻った。
「なんか、疲れたな」
黒崎と二ノ宮の間は、これまでなかった感じだった。祖父母は祖父母で優しくしてくれたが、それとは違う感じがした。うまくは言えないけど、新生活も悪くはなさそうだ。
シャワーを浴びたあと、寝間着に着替え、ベッドに横になる。
スマホを掴んだまま、天井に掲げる。改めて、来るとき見た謎の夢を思い出す。
「もう、赤くはならないよな……?」
スマホの画面は、いつも使っている通りに動いている。なんの問題もない。ミヤビは安心して、スマホを起き、目蓋を閉じた。
*
――都内某所。暗い部屋の中で、長髪で猫背の男性が、ぶつぶつと呟き、ニヤつきながらキーボードを叩いていた。
「この世界はクソだ」
男性は、絶望していた。悲観していた。嘆いていた。
普通に努力して、大学まで行って、普通の企業に就職したのに。トカゲの尻尾切りのように、会社に罪を背負わされ、リストラされたのだ。
そんな男性は、人間不信になっていた。
世の中がどうにでもなってもいいと思っていた。
怒りを通り越して、絶望していた。
ただひたすら、恨みつらみのことを文字起こしにしてインターネットに送信していた。
そんな日々が、どれくらい続いたのか、自分でもよくわからなくなっていた。
そうして日々のネットサーフィンを繰り返した、ある瞬間だった。
突如、自分のPCの画面が赤く、赤く塗りたくられたようになったのだ。
「クソッタレが!!」
キーボードを激しく叩き、PCの電源を抜いて強制終了させようとした。PCまでもが自分を裏切るのかと、ヤケになっていた。
しかし、プラグを抜いてもPCの赤い画面はそのまま続いており、男性はその瞬間、我に返った。
「ど、どういうことだ」
ノートパソコンでもないし、バッテリーの類が入っているわけではない。
電源も入っていないのに、ただ目の前の画面は赤く染まったままなのだ。
そして、次の刹那――。
その赤い画面から、血のような赤い液体が滲み出る。
怖くなってすこし後ずさりをしたが、遅かった。
物凄い速度で、赤い画面から、手が、赤い手が、男の首を掴んだ。
「くはっ」
死にたいとも思ったけど、こんなにも苦しいなんて。
息ができない。死にたくない。死にたくない。
そんな言葉を声に上げることも出来ず、男性はただ赤い画面から出現した手に、首を握りしめられていた。
そして、次の瞬間、男性は意識を失い、床に倒れてしまった。
*