第三話 初陣
今回の投稿前に前話迄の誤字修正を行いました。
また、各話のタイトルを修正し、内容との整合性を重視しました。
八月朔日 3時半 東の草原
始まりの街ーーイグニから東。かつて食料需給の対策で牧草地帯として開発が進められていたが、魔物の流入によって捨てられた土地。当時の名残である納屋や農具は古びており、経過した年月を感じさせる。牛や兎など、草食動物が栄えているのを見ればかつての政策が実ったとも言えるのが皮肉的だった。
芝の爽やかな香りを生温い風が運んでくる。芝を揺らし、波を作る風は大地の息吹の様にも感じた。
街の東門をくぐりテオとルミナは草原を歩いていた。
街を出て既に30分は経っているが、やはり次の街は姿を見せなかった。
「結構距離がありそうだ」
「んだなぁ……地図も持たずに飛び出した俺たちって案外アレか?」
「アレだな、うん」
「考えても仕方がねぇさ。まあ、戦闘は俺に任せとけ! しっかり稼いでやんぜ」
ククリを手の上で躍らせながらルミナは獰猛な笑みを浮かべた。彼女は根っからの戦闘狂だ。道すがらこのゲームを始めた動機を語った。
勝負事が好きだ。競い合うのが好きだ。PKしたいってのも相手と真剣勝負がしたいのが理由だ、と楽しそうに語る彼女は輝いて見えた。
ルミナの態度が荒っぽいのはそれが起因していたのだと、テオは納得した。
「にしてもよ、敵いなくね?」
先を歩くルミナが不満気な声を漏らした。それはテオも感じていた事だった。草原にでてしばらく経つが襲ってくる様な魔物は居らず、人畜無害な草食動物しかいない。
「闇市場行ってる間に軒並み狩られたのかもな」
「ぐううう……だぁぁぁぁ! なんかないんかっ」
テオが言うとルミナは唸ったと思えば走り出し、小さな丘を駆け上った。草原に僅かに隆起したそれの頂点でルミナが叫んだ。一方を指差し飛び跳ねる。
「オォイ! 森があんぞー」
そう叫ぶ彼女の指先に視線を送れば確かに樹々の並木が見えた。鬱蒼とした森の中であれば魔物とも会えるかも知れない。テオも森の景観をよく見るために丘を登り始める。
不意に気配を感じた。テオのカスタムスキルである【察知】が反応を捉えたのだ。視界を巡らすと、地面の一部が不自然に盛り上がっていた。それは一つでは無く幾つもあった。
ルミナが振り返った一瞬、地面が身動ぎをみせ土が盛り上がる。その奥から鋭い眼光が覗きテオの視線とぶつかった。
(……ッ! 敵だ! 地面に隠れている!)
テオは投げナイフを握りしめ声を張り上げた。
「ルミナッ! 下だ!」
瞬間ーー不自然な盛り上がりから塊が飛び出した。
緑色の小さな身体ーーゴブリンだった。
それは高く飛び上がりルミナの頭上を捉えた。ゴブリンはその手に握る鉈を振りかぶり吠えた。背後、さらに地中からの不意打ちにルミナは振り返る事もできない。既に襲撃者の勝利は確実だった。
ーーーーそれが彼女でなければ。
唐竹割りに振り下ろされる鉈をそのまま半歩引いて紙一重で交わし、振り向きざまに握った刃を一閃した。
ただの一撃でゴブリンは赤い粒子を散らした。彼らの奇襲は無為に終る。
しかし、まだ彼らは数においてルミナ達を圧倒していた。
「……きた」
ぼそりと、息を吐くような声が聞こえた。ぎゃいぎゃいと喚いていたゴブリンが一斉に黙る。
声の主はルミナだ。
「きた、きたきたきたぁぁぁぁ! ようやくキタぜオォイ! テオッ……絶対に手を出すなよ」
彼女は歓喜していた。獰猛な笑みを浮かべようやく現れた敵に視線を向ける。
ゴブリンの一刀は確かに命を奪う意思を感じられた。真剣勝負、命のやり取りだ。やはりこの世界にはルミナが求めていた物がしっかりと存在していた。
彼女を取り囲むゴブリンは4体。先ほど消滅したゴブリンを合わせて5体ので組まれるグループだ。彼女に近い3体はそれぞれナイフ、槍、鉈を構えている。離れた一体はボウガンをルミナに向けていた。
初めの1体を仕留めた事で敵の攻撃対象ーーヘイトがルミナに釘付けだった。枠外にいるテオには見向きもしない。
「わかった。任せた」
彼はその場に腰掛けルミナの戦いを見守る事にした。PTを組んでいようと何もしなければ敵意が向く事はない。当然討伐時の報酬も無い。
(お手並み拝見……といやつだな)
テオはルミナが豪語する戦闘技術に期待を寄せていた。彼女が近接特化であり、戦闘センスも申し分無いとなれば正式にパートナーを申し込みたいと考えていた。
もちろん受けてもらえるかは別として。
「無駄口は無しだ。初戦闘だからな……マジで、やらせて貰うぜ…ッ!」
彼女はそれだけ言うと、息を大きく吸って口をつぐんだ。
ゴブリン達を見据えたルミナは左手にククリを握り正面に構えた。切っ先を敵に向け、右手は刃に添えるよう構える。腰を僅かに沈めた。
そして数瞬ーー地を蹴る音と共にルミナが駆けた。10m程の相対距離を一瞬で埋め、右足を軸に制動。側面から倒れこむように横回転、刃を合わせて振り抜いた。刃は確実に敵の喉を切り裂き赤い粒子を散らした。
一撃だった。
彼女のスキルと弱点特効によるダメージ上昇である。
確かな手ごたえを感じたルミナは断末魔を置き去り次の獲物を見定める。仲間が倒された事に激昂するゴブリン。
ぎゃいぎゃいと甲高い濁音で喚き散らす。
しかし、激昂だけでは無い。彼らも動き出したのだ。
空気が抜けるような乾いた音と共に短矢が走った。ゴブリンのボウガンだ。ルミナの頭を狙ったそれは、刃に阻まれ地に刺るーーと同時に彼女の両脇を2体のゴブリンが捉えていた。片や鉈を腰だめに、片や槍を引き絞り、同時にルミナを斬り穿とうと踏み込んだ。
「……ッ」
ルミナは眼前に迫った敵の気迫に僅かに圧され息を小さく漏らす。だが、咄嗟に半歩下がり振り抜いた刃を返した。そしてそのまま刃の付け根に刻まれた溝を槍の刃に当てがった。さらに槍を右から迫る鉈に向かい弾いた。
金属同士がぶつかり合う甲高い衝撃音が響きわたる。
パリィーーと呼ばれる高等技術。ルミナはそれを操って見せた。右側へと振り抜いた勢いのまま、足を軸に一回転。武器を弾かれ胴がガラ空きになった2体のゴブリンをその勢いのまま一閃に伏した。首筋から粒子を吹き出し、2体のゴブリンが霧散していく。
勝負はあった。
後に残されたのはボウガンを持った遠隔攻撃職のゴブリンだけだ。血糊を払う仕草を共にルミナがゴブリンに肉薄した。獰猛な笑みを浮かべククリを振りかぶる姿をみれば、どちらが襲撃者か分からない。
反射か咄嗟の判断か、ゴブリンはボウガンを投げ捨て腰に差したナイフを引き抜いた。そしてそれを自らの喉に突き立てた。
「……んなぁっ?! ってうぉあっ!」
ルミナは驚きの声をあげ急制動。そのまま前のめりに転がった。顔を土で汚した彼女がゴブリンに目をやると、彼は粒子へと変わり果て消えていた。
ルミナの戦闘技術にも驚いたテオだったが、このゴブリン達のAIの精度にも驚愕した。
自害したのだ。勝てないことを悟り、自刃ーー昔の戦場を生きた兵士のようだった。
予想外の展開に多少瞠目したが、テオは気を取り直すとルミナの元へ歩み寄った。
「お疲れ」
「……おう。なんか納得いかねー」
ルミナは不機嫌な様子で口を尖らせている。彼女からすれば真剣勝負に水を差された気分だった。しかし、それと同時に充足感を感じてもいた。
ーー生きている、と実感出来た。
「これだけリアルな敵もいるんだ、今後もっと楽しめそうだな」
一部始終を見届けたテオが励ます様に言う。そして言葉を繋げた。
「それにしても、お前凄いな。初戦闘でたった1人で5倍の戦力を完封したんだぞ?」
ルミナの体捌きはっきり言えば異常だった。スキルの組み合わせが上手く合致したのもあるが、それを含めても彼女は普通ではなかった。
テオ自身、サービス開始までの間に現実で身のこなしを練習したり、VR内のアクションゲームで無茶したりしていた。それで多少は様になる動きが出来ると自負していたのだ。
しかし、ルミナは桁違いだった。
「正直驚いた。お前がここまで戦えるとは思わなかった。見縊った、すまん」
「わかりゃいいんだよ! んまぁ努力だよ努力! めっちゃ鍛えたからな」
「お前もリアルで身体鍛えた口か?」
「……いや、ゲームで延々ナイフ振り回してた」
テオが彼女に抱いた感想を偽り無く述べた。テオは戦闘前に考えていた通り今後もルミナと組みたいと思った。彼女がテオの戦い方に乗ってくれるかどうかは分からない。しかし、それでも引っ込み思案なテオが当たって砕けても良いと思える程彼女は強さを見せた。
現実の話が出た時、一瞬ルミナの表情が翳ったが、何事も無く彼女は土を払いながら言った。
「ま、これで俺が役に立つ事が証明出来たわけだ」
「そうだな。この調子で頼むぞ」
「ハッ……ガレオン船に乗ったつもりで任せとけ」
深夜 4時過ぎ 東の草原
夜の風がそよぐ草原は一面黄色に輝き、その光を吸い込む空は藍色の世界が広がっていた。
流れる雲が朱色に染まり、なんとも言えない感動が2人の心に生まれた。おそらくリアルでは見ることは叶わないであろう風景だった。
初戦闘で初勝利を収めた2人は、先程見つけた森を目指して歩き始めていた。見渡しても見えない街を探すより、セーフポイントがありそうなダンジョンを探すことにしたのだ。
この世界に入って既に4時間。戦闘をしていないテオはともかく休み無く動き続けているルミナには休息が必要だった。
ここは現実と時間が反転している世界だ。ここで夕方迎えたという事は現実は朝日が顔を覗かせている筈だ。
つまるところ2人とも猛烈な睡魔に襲われていた。
先程までわいわい武勇伝を語っていたルミナも今は押し黙っていた。テオも特に口を開くこと無く歩を進めていた。
既に2人の視界には森の入り口が姿を見せていた。
あと5分も歩けば着くであろう距離まで迫っていた。
そこでようやくルミナが口を開く。
「つ、ついた。ねむぅ……」
そして大欠伸。それを見たテオもつられて欠伸が出そうだったが噛み殺した。ゲームの世界でも身体は現実にある。不節制なゲームプレイが行われない様に、睡魔や空腹に関しては現実の肉体の強いフィードバックを受けるのだ。つまり、ゲーム内の時間帯に関係無く現実で眠ければ眠くなるという事だ。
「さすがに限界だな」
「だなぁ」
森の入り口までついた2人はためらい無く自然の中を進んだ。
しばらく進むと森に似つかわしくないものが視界に入った。
土の壁と松明だ。
「こりゃあれか? まさかの大当たりッてやつ?」
「そうみたいだ」
ルミナが驚きと歓喜に満ちた声を漏らした。
テオは視線を巡らせた。
急がば回れ、とでも言うのだろう。彼らがたどり着いた場所はただの森ではなかった。木々の間には木材と泥で築かれた壁がそびえていた。それは見る限り森深くまで続いていた。
そこは門だった。その奥に続くのは大きな通りと建ち並ぶ木で出来た建物。屋台が並び、無数の人が忙しなく動いていた。
森に囲まれた森の民達の街。
聖樹鄕ーーイー・ネスへとたどり着いたのだ。
「しゃぁぁぁぁ! テオ! はよ宿取って寝ようぜ!つか俺は我慢出来ねぇっ、先行くわ」
「あ、ルミナーー」
唐突に元気を取り戻したルミナが言葉を残して疾走した。
ここまでの戦いで彼女の速さをよく知ったテオは追いかけようとは思えなかった。
はあ、と溜め息を一つ零し、ゆっくりと足を街の中へと進めた。
次回はシステムの表現が多くなると思います。