とぐろくんthe origin
1
「コレはないだろ、コレは!」
辺母市市役所内にある「辺母市観光推進課」と書かれた札の下がってる部屋の中で、斉藤安雄は苦り切った表情を浮かべていた。
「えー、かわいいと思うけどなぁ」
その隣にいる同僚の小松美穂子は首をかしげていた。
「そうだぞ、何が悪いってんだ?」
二人の上司である課長の染谷は、口をとがらせた。
三人は現在、観光客誘致のために用意されたあるモノを巡って意見を戦わせていた。
「この形でこの色は絶対NGでしょう」
斉藤は断固として譲らない姿勢を見せた。
「何言ってんだ、これは辺母市に伝わる伝説をモチーフにしてるんだぞ。これ以外の形は考えられないだろう」
染谷も一歩も引かない。
「そうですよ。斉藤さんも知ってるでしょう?大蛇の鬼退治の話」
美穂子が染谷を後押しするように発言した。
「知ってるよ。昔々、悪さばかりして人々を苦しめていた悪い鬼を、巨大な蛇の姿をした神様がグルグル巻きにして絞め殺した。おかげで人々は救われたけど、蛇の神様は力尽きてそのままの姿で死んじゃったって。ガキの時分からさんざん聞かされてきたからな」
斉藤は露骨にうんざりした表情をしてみせた。
「だったら、この形でも納得できるだろうに」
斉藤が反対姿勢をとる理由がどうしても理解できない染谷が問い詰める。
「蛇の部分が少なすぎるんですよ、どう見ても。蛇がとぐろを巻いてる形にするなら、もっと蛇の頭の部分を大きくするなりしないと」
斉藤は斉藤で、コレを良しとする染谷の心情がさっぱり理解できなかった。
「ちゃんと、この先っちょのとこに目と口が付いてるじゃないか」
「だから、それが小さすぎるんですよ。ほとんど点と線にしか見えないし、それもよく見ないとわかんないし」
「でも、こっちに大きな目と口が付いてるし、あんまり蛇に寄せちゃうと子供とか怖がっちゃうと思いますよ」
染谷をフォローするように美穂子が口をはさんだ。
「蛇から遠ざかると、別なもんに似ずぎちゃうだろうが」
「別なモノって?」
本当にわからないといった顔で美穂子は斉藤に聞いた。
「この形で蛇以外のモノといえばアレしかないだろ」
苛立ちを押さえきれない様子で声を荒げ気味に斉藤は言った。
「何ですか?」
「何なんだよ?」
美穂子だけでなく、染谷までもがまるで見当もつかないといった表情で聞いてきた。
斉藤は、こめかみに血管を浮かべて言い放った。
「ウンコだよ、ウンコ!クソだよ」
そう言われた染谷と美穂子は、今初めて気が付いたといった様子で
「あ~~~」
といってうなずいた。
2
「二人とも今気が付いたのか?」
斉藤は、二人のリアクションを見て心底驚いた。
「こいつら、どんな目、イヤ、どんな脳ミソの造りしてんだ?」
口にこそ出さなかったものの、それ以上にわかりやすい意志を込めた目で斉藤は二人を見た。
「ん~・・・」
会議用の折りたたみ式テーブルの上に置かれた、懸案のモノを見ていた染谷がうなるようにつぶやいた。
「そう言われれば、そういう風に見えなくもないかもしれないような気もするけど・・・・」
口が重くなった染谷に代わって、美穂子が反論の口火を切った。
「でも、そう見えるのは斉藤さんがいつもそういうことばっかり考えてるからじゃないですか?」
「オレはそんなにウンコのことばかり考えてない」
「っていうか、ああいう形のモノを見るとソレを連想しちゃう体質なんじゃないですか?ソフトクリームとか、電気ドリルとか」
「どんな体質だ?ああ、もう当分ソフトクリーム食えなくなった」
斉藤は顔を手で覆って、ことさら落胆してるように見せた。
「小松くんの言うとおりだ。おまえちょっと神経質だぞ、言われなきゃ誰もコレがウンコだと思わない・・・・多分」
さっきまでよりは、いくらか自信なさげに染谷が言った。
斉藤は大きく溜息をついた。
「いいでしょう、100歩譲って形はこれでいいとして、全然良くないんだけど、形はともかくこの色はダメでしょう、茶色は」
「何を言うか、茶色は辺母市のシンボルカラーだぞ」
染谷が憤然とした口調で言った。
「そうですよ、この色は昔このへんの主力産業だったレンガ製造をイメージしたものですから。アレの色とは違いますよ」
後半、やや口ごもりながら美穂子も反論した。
「レンガだったら、もっと赤っぽくないか?」
「もうひとつの名物だった、味噌作りにも由来してるんですよ。レンガとお味噌の色を合体させて・・・」
「合体させるな。それにレンガ製造も味噌作りも戦前に廃れちまってるじゃないか」
そう言いきる斉藤に、染谷が諭すように言った。
「だから、そういうことをやっていたという歴史を再認識してもらうためにも、この色に・・・」
「だったら、レンガか味噌をモチーフにすればいいんですよ。それを大蛇伝説とくっつけて、何でもかんでも足しすぎなんですよ」
「でも、ご当地キャラってそんなもんじゃないの?名産品やら名所やら全部くっつけちゃって」
美穂子が思い出したように言った。
「まったく、他に何か無かったのかよ、この土地は?」
斉藤が吐き出すように言った。
「ハハハ、代わりになるような物が無いから、必死になってご当地キャラのモチーフになりそうなものをひねり出したんじゃないか」
笑いながらそう言った染谷に、かすかな殺意を覚える斉藤であった。
3
そもそも「観光推進課」などと仰々しく名乗っているが、課員が課長の染谷と斉藤、美穂子の3人だけということで、市役所自体がこのプロジェクトにあまり本気で取り組んでいないことがよくわかるというもの。
ご当地キャラのひとつでも作れば、あわよくば一儲けできるかもしれないという程度の思惑にすぎなかった。
それでも秋の市民祭りで、着ぐるみをお披露目するという段取りになっていたため、この時点で観光推進課のメンバーにはあまり時間的なゆとりは無かった。
にも拘らず、3人の意思統一がなされないまま時間だけがすぎていくのであった。
「大体何でデザインから着ぐるみの発注まで課長が一人で決めちゃったんですか?普通、デザインの段階でオレの・・・オレたちの意見も聞くもんでしょう?」
一応、美穂子の立場も考慮して斉藤は詰問した。
染谷は、多少困惑しながら答えた。
「だって、みんな気に入ってくれると思ったし、それに・・・」
「それに?」
「サプライズって必要だと思わない?」
斉藤の染谷に対する殺意が30%増幅した。
「私はいいと思いますよ。愛嬌もあるし、斉藤さんが変な事言いだすまでは、ちゃんと大蛇がとぐろ巻いてる風に見えたし」
美穂子の無邪気な発言に、斉藤は新たな殺意に似た暴力衝動が湧き上がってくるのを感じた。
「オレがおかしいっていうのか?」
「おかしいっていうか、自分の考えが世間一般の価値観や常識と一致してるみたいな言い方するから、どうなのかなぁ?って」
「イヤイヤイヤ、誰がどう見たってウンコにしか見えないって、コレは」
美穂子が眉をひそめた。
「さっきから、アレのことをストレートな言い方してるけどやめてください。私、下ネタとかキライなんです」
「そうだぞ斉藤。年頃の女の子がいるのにウンコウンコって」
「課長もやめてください」
美穂子は染谷にツンドラ地帯並みの冷たい視線を浴びせた。
「じゃあ、何て言えばいいんだ?排泄物?」
普段見た事のない美穂子の表情を目の当たりにした斉藤は、たじろぎながら聞いてみた。
「それでもいいけど、かわいくないからウンちゃん、とか?」
「日本中の輸送業関係者を敵に回すぞ」
「じゃ、ウンくん。うん、ウンくんでいきましょう」
「そのまま、このキャラの名前になりそうだな」
斉藤がげんなりした口調でそう言うと、染谷がたしなめた。
「コラコラ、このキャラの名前は『とぐろくん』で決まってるじゃないか」
「その名前もなぁ・・・。一層、コレをウン・・・くんっぽく思わせちゃうんだよなあ」
斉藤は顔をしかめた。
「何を言ってるんだ。『とぐろくん』というのは、戦国時代にこの地を治めていた名将の誉れも高い戸黒辺母左エ門馬路兼(とぐろへぼざえもんまじかね)から来てるんだぞ。おまえは本当に郷土史を知らんなぁ」
染谷がなかば呆れ顔でのたまわった。
「また、くっつけるぅ。引き算の美学ってもんもあるんですから」
「でも、全然関係ない名前付けても意味わかんないし、偶然形にも合ってるし」
「合いすぎなんだよ、この場合」
美穂子の言葉に斉藤は頭をかかえた。
4
「それと、ずっと気になってたんだけど・・・」
テーブルの上に置かれた「とぐろくん」の着ぐるみらしきものを見やりながら、斉藤は重い口を開いた。
「コレ、小さくないか?」
「イヤ、むしろちょっと大きいぐらいだろ?」
斉藤の疑問に染谷が答えた。
「だって、この大きさじゃ人が中に入れませんよ?せいぜい、頭に・・・」
そこまで言って斉藤は息を呑んだ。
「まさか、コレって・・・・?」
「そうだけど、何か問題あるかな?」
テーブルの上に置かれていたのは、実は「とぐろくん」の頭部だけなのであった。
「じゃあ何?コレを頭にかぶって、下には別に衣装か何か着るわけ?」
うろたえながら質問する斉藤に対して、今さら何を言ってるんだ?といった顔つきで染谷は言った。
「それ以外の何かあるのか?」
「でもご当地キャラっていったら、普通はでっかい頭っつーか顔があって、そこから短い手足が出ててちょこちょこ動かすもんじゃないんすか?」
「んー、そいうのもあるけど『とぐろくん』は違うパターンで攻めてみようかと思ってね」
どこから出てくるのかわからなかったが、染谷は自信たっぷりにしてやったりといった顔でそう言った。
「攻めなくていいから、この場合」
不安しか感じられない斉藤に、美穂子が言った。
「でも、聞いた話だとこうやって頭と胴体が別々になってる方が、着たり脱いだりする時に楽らしいですよ」
「でもなぁ・・・」
と言って斉藤は、自分が「とぐろくん」の全体像を知らないことを思い出した。着ぐるみのデザインから発注まで、独断で進めていった染谷以外「とぐろくん」の全貌を知る者はいないのだった。
「し、下は?コイツの首から下はどうなってるんですか?」
「あ、そっちももうできてるから」
そう言って染谷は、「とぐろくん」の頭部の横に置かれていた小ぶりなダンボール箱のふたを開け、中のモノを取り出した。それは、「とぐろくん」の頭部と同じ色の全身タイツであった。
「無い無い無い、絶対それは無い!」
激しく首を振りながら、斉藤は全身タイツを否定した。
「イヤ~、この頭部を作るだけでけっこう予算かかちゃってねえ。これだけ用意するのが精一杯だったよ」
屈託なく笑いながらそう言う染谷に対して、斉藤の殺意はさらに上昇した。
そんな斉藤の気持ちを察することなどできるはずもなく、染谷は言葉を続けた。
「でも、手足はちゃんとあるよ」
そう言って取り出されたモノは、頭部と全身タイツに比較的近い色のゴム手袋とゴム長であった。
5
何より時間が無かった。いや、時間が無さすぎた。「とぐろくん」のデザインを一新して着ぐるみを発注し、秋の市民祭りでお披露目発表するにはあまりにも時間が無さすぎた。
決して「とぐろくん」を認めたわけではない。認めるわけが無かった。
しかし、ここでこれ以上突っぱねたところで事態が好転するはずもなく、斉藤はあきらめざるをえなかった。
ただ、もうひとつだけハッキリさせておかなければならないことがあった。
「で・・・」
斉藤は、過去最高に低いトーンで染谷に聞いた。
「誰が『とぐろくん』を着るんですか?」
染谷は、美穂子と顔を見合わせてから、斉藤の方に向き直った。
「まあ、さっきも言ったようにもう予算に余裕は無いからプロの人に頼むわけにはいかないだろ?となると、この手の仕事は若くて体力のある者がやるのが常道だと思うけど・・・」
そこまで言ったところで、染谷と美穂子は斉藤の顔をこれ以上無いぐらい凝視した。
「イ、イヤだああぁぁぁーっ!」
斉藤の咆哮は、最上階のトイレで用を足していた市長の耳にまで届いたという。
そして迎えた秋の市民祭り当日。各種イベント用に設置されたステージ横の
カンバス地で四方を囲まれた白い仮設テントのなかで、斉藤と美穂子は並んでパイプチェアに腰を降ろしていた。
「やっぱり、やめておけばよかったんだ」
斉藤が苦々しくぼやいた。
「まだ言ってるんですか?」
美穂子が少し呆れたようにそう言った。
「さっきのステージでのお披露目の時の観客の反応見たろ?失笑すら怒ってなかったぞ」
「みんな驚いたんじゃないですか?で、言葉にならなかったと」
「そりゃ、驚いたろうさ、悪い意味でな」
「もう、斉藤さんたら悪い方にばっかり取るんだから」
「良い方に取りようがないんだが・・・・。あのさぁ・・・」
「何ですかぁ?」
「せめて、全身タイツの上からTシャツぐらい着ようぜ。このままじゃ恥ずかしすぎる」
「ダメですよ、そんなの。それは『とぐろくん』らしくないです」
「何なの?そのこだわりは?つか、君は恥ずかしくないのか?」
「全然。むしろ、誇らしいぐらいです」
「ほ、誇らしいって、あのなぁ・・・」
その時、テントの中に染谷が入ってきた。
「オーイ、グリーティングの時間だ。準備して外に出てくれ」
「わかりました」
そう言って美穂子は立ち上がり、膝の上に乗せていた「とぐろくん」の頭部を頭の上からスッポリかぶった。そしてくすんだ色のゴム手袋を両手にはめた。もちろん、首から下は頭部と同色の全身タイツで覆われていた。
「さあ、斉藤さんも準備してください。ちゃんとサポートしてくれなきゃ困りますよ」
そう言われて、市民祭り用のハッピをはおった斉藤はノロノロと立ち上がった。
「君・・・本当にいいのか・・・?」
「何言ってるんですか?斉藤さんが死んでもイヤだって言うから、私がやるしかないじゃないですか」
大きな目と大きく開かれた口で笑顔を作っている「とぐろくん」姿の美穂子が腰に手を当て怒ったような素振りをしてみせた。
「そりゃ、そうなんだけどさあ・・・」
これ以上無いぐらい体にフィットしている全身タイツ姿で「とぐろくん」の顔をした美穂子の姿を上から下まで見渡して、斉藤はつぶやくようにそう言うのが精一杯だった。
「さあ、行きますよ」
そう言って美穂子はテントを飛び出した。慌てて斉藤もあとを追った。
会場である市民公園には子どもたちも大勢遊びに来ていたが、飛び出してきた「とぐろくん」を見て逃げ出した。その子供たちと触れ合うべく、追いかける美穂子を見て斉藤は思った。
「あいつ、けっこう胸デカイな」
(終)




