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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第六章「Misfortune」
57/83

057 対決

 ざわっと声にならない声が放課後の廊下を支配する。

 驚いたような、理解出来ないものを見たような表情で次々と立ち止まる生徒たち。

 好奇や羨望、あるいは嫉妬や嫌悪。さまざまな感情をはらんだ視線が集中する。


「あの~……」

 そんな状況に耐えられなくなって、溜め息とともに話を切り出した。


「えへへ。なぁに? さくらちゃん」

「ん? どうかした? さくら」

 俺を挟んで右と左。それぞれに俺と腕を組んで歩いている楓ちゃんと茜が返事をする。

 ふたりとも抱きしめるように腕を抱えてるもんだから歩きにくい上に……。


 いかん。意識するな。

 お昼の志保ちゃんといい、今日はそう言う日なのかもしれない。

 第一、志保ちゃんと比べると、まだまだふたりは……。


 いやいやいや。比べるんじゃないってば。

 こういう運命の日なのかもしれないって話だったっけ? と思ったところでこの現状が変わるわけではないが。


「その……歩きにくいんだけど」

 犯人連行みたいでバランスが取りにくい。


「ふふ。大丈夫。支えててあげるから」

 そう言うと、楓ちゃんはピトっと頬を寄せ、頭までもたれかかってきた。


「そうそう。いいじゃん。なんか楽しいし」

 ニコニコとした茜も真似するように頭を預けてくる。


(はぁ~……どうするよ? これ)

 内心で大きな溜め息をついた……。


 ことの起こりはホームルーム終了後。

 保健室へ制服を取りに行こうと教室を出ようとした時のことだった。


 そこで楓ちゃんに呼び止められ「えいっ」っと急に腕を組んでこられた。

 そして、それを見た茜が面白そうに真似してきて……。

 保健室に行くのでやめるように言ったんだけど、ふたりは『なら保健室までついていく』って感じで話にならなかった。

 どうも昼休みに雲隠れしたことが、この状況に繋がってるらしい。

 ……なぜそうなるのか、よくわからないけど。


 次第に静かになっていく教室に居たたまれなくなって、とにかく保健室へ急ごうと思ったんだけど。

 それは当然、廊下に出ても変わらなかった。

 いや、少なくとも男装してるって事情がわかってるクラスメイトたちよりも誤解を生んでるような気がする。

 なにより、俺たちを見る視線が雄弁にそれを物語っていた。


「♪~~」

 妙に機嫌が良さそうな楓ちゃんと『腕を組む』という行為を楽しそうに試行錯誤してる茜は、そんな視線にはまるっきり気がついてないようだ。


(それとも、元から気にしてないのかも……)

 注目を集めている中。その生徒たちの中に颯の姿を見つけた。

 助けを求める視線を送ったんだけど、呆れたような溜め息をついて自分の教室へ戻ってしまった。


 ぉ~ぃ……。ちぇっ。役にたたないなっ。

 心の中で、半ば八つ当たりな感情の悪態をついていると、廊下の先が別のなにかでざわめいていた。

 なんにしろ周囲の気がそれるのならありがたい。

 なにも考えずにそんなことを考えていたんだけど……。


「おらっなんとか言えよっ!」

「ひぃっ……」

 それはケンカの真っ最中だった。

 しかも、襟首掴んで脅してるほうは……やっぱり蔡紋。

 相手の男子生徒は、もはや覇気などなく震えて泣きそうだった。


「俺が、どうしたって? あぁ?」

「ぁ、ぁ……ぃゃ……別に……」

 なおも因縁をつけて締め上げる蔡紋。

 周囲の生徒は遠巻きに見る者、無視している者はいても、積極的に関わろうとする者はいなかった。


「ちょっと。なに突っ立ってんの。通れないって!」

 茜を先頭にギャラリーで込み合う廊下を掻き分け、傍迷惑にも三人繋がったままで、ふたりを中心にしたエアポケットのような空間に抜けた。


「わわ。ケンカしてるよ」

 場違いなほど気楽そうな茜の声。

 その声に反応して蔡紋が振り返り……目が合った。


(あちゃ~~~)

 マズイ。

 根拠はないけど、今このタイミングでコイツと視線が合うのはマズイ気がする。


「………………」

 あ~、ほら。襟首を掴んでた手を離し、こっちへ体を向けた。


「おまえ……」

 心なしか、殺意さえ感じられる視線を向ける蔡紋。


 きゅっと腕を掴んでいる楓ちゃんの手に力が入るのを感じた。

 反射的に身構え……ようとしたけど、犯人連行状態で身じろぎしただけで終わった。


「……もうそれくらいにしておけば?」

 やれやれと思いつつも、そんな言葉が口から出る。

 その時、蔡紋の背後でさっきの男子生徒がバタバタと逃げ出すのが見えた。


「確か波綺……とか言ったな?」

 近づいてくる蔡紋に比例して、楓ちゃんのしがみつく力も強くなってくる。


「じゃ、そ~ゆ~ことで」

 苦笑いしつつ通り過ぎようとしたけど、あっさり前に立ちふさがる蔡紋。


 …………はぁ。そもそも三人繋がってる時点で、容易に逃げられる状況じゃない。


「いい身分だな色男」

 蔑んだ口調で挑発してくる。


 いい身分って……出来れば代わってやりたいくらいだ。

 それにしても、俺のことは男として認識してるんだな。

 普通、男装してる生徒がいるとは思わないんだろうし無理もないのかもしれない。


「無視してんじゃねぇ!」

 襟元に伸びてくる手。


 こいつ襟首掴むの趣味なのか? と、のんびり考えている間に、あっさりと襟首を掴まれて捻り上げられる。

 ふたりに押さえつけられてるのと同じ状態だからなぁ、避けようがないってば。

 でも、さすがに詰め襟が喉に食いこんで苦し……。


「さくらちゃんっ!」

 楓ちゃんの声。


「わわっ」

 茜の声も重なって、やっとふたりが離れてくれた。


 正直、吊り上げられる→ふたりがしがみついてる→窒息コンボが完成。

 に、なりかけてただけに助かった。相変わらず苦しいけど。


「ちょっとっ! さくらちゃんを離しなさい」

 楓ちゃんが蔡紋に詰め寄る。


「るせぇ、引っ込んでろ!」

 ドンッと、蔡紋が空いた手で楓ちゃんを突き飛ばす。


「きゃっ」

 後ろに倒れそうになる楓ちゃん。


「わわ。楓大丈夫!?」

 だけど、なんとか茜が受け止めてくれたらしい。


 横目で楓ちゃんの無事を確認した直後。締め上げられて血が上りかけてた頭が一気に覚めた。

 自由になった右手で、襟を掴んでいる蔡紋の親指を掴んで……捻る。


「痛っ」

 思わず手を離す蔡紋。

 ようやく解放され、指で襟元を緩めるように左右に動かしながら呼吸を整える。


「てめぇ……」

 捻られた指を確かめるように動かしつつ臨戦態勢で構える。


「楓ちゃんに謝れ」

 自分の口から冷たい声が発せられた。感情もなく、ただただ冷たい声。


「…………な……」

 その声に気圧される様に、蔡紋が一歩下がる。


「謝れ」

「…………っ」

 一歩下がってしまった自分に怒ったのか、顔を赤くした蔡紋の腕が振り上がる。


(来るっ!)

 だが、振り上がった右手ではなく左手が先に伸びてきた。

 なんとか右手で払い落としたけど、すぐに右ストレートが迫ってくる。

 ボクシングで言うワンツーの連携。

 だけど右腕のフェイクのせいで一瞬反応が遅れた。

 なにより、左を払うために自由な右腕を使ってしまった俺には右ストレートを払い落とすだけの余裕は残ってない……。


「~~っ!!」

 楓ちゃんの悲鳴が短く上がる。


「くっ」

 払い落とすのは間に合わないと感じて、とっさに体を捻ると左腕を上げ、顔を狙ってきたそれを肩口で受け止めて……流す。

 その衝撃を堪えながら、捻る体を利用して……踏み込む! フック気味の掌底を側頭部にっ!


「!?」

 捕らえた! と思った瞬間。

 掌底に予想した衝撃はなく空を切る感触。

 カウンターで決まる予定の掌底は、スウェーバックした蔡紋に紙一重でかわされた。


(やる……)

 攻撃の直後を狙ったはずなのに。

 カウンターで決まるタイミングだったのに。

 これがかわされるとするとヤバイかもしれない。


 肩の痛みを堪えながら体勢を整える。

 こっちもコンビネーションで攻めてみるか。

 いや、こいつの反応速度と、今の肩へのダメージを考えると、やっぱり分が悪い。

 でも、逃げるにしてもどうする。

 楓ちゃんたちから引き離すには追ってこられるように……って……あれ?


 蔡紋はふらふらしたかと思うと、廊下にペタンと座り込んだ。


「……あ?」

 立ち上がろうとするが、膝が笑っていてふらついてまた座り込む。


 平衡感覚を失ってる?

 用心しつつも、はぁ……と息をはいて緊張を解く。

 さっきの掌底が顎先を掠めたのかもしれない。


「さくらちゃん……」

 心配そうな楓ちゃんと一瞬目を合わせて頷き、すぐに蔡紋の様子を観察する。


「くそっ!」

 悪態をつきながら何度か立ち上がろうとするものの、膝が言うことを利かずに座ってしまう。


「……しばらく大人しくしてろ」

「くそっ! よくも!」

「ほら。立てるか?」

 差し出した手は、怒りに染まった蔡紋に払われた。


「まぁ、そのままでもいいけど。とにかく謝れ」

「…………」

 すごい顔で睨まれる。


 やれやれ。今の状況わかってるのかね。

 足腰が立たない以上、勝敗はほぼ決しているのに。


「さくらちゃん。私のことはいいから……」

 くいっと袖を引かれる。

 しばらく楓ちゃんと視線を合わせて、心配そうに揺れる瞳に笑ってみせた。


「……なら、いいや。今回は許してやる」

「……このっ」

 立ち去ろうとする俺の左腕を蔡紋が掴む。

 ギプス越しの感触はさほどでもなかったけれど、かなり強い力で握られている。

 が、その手はあっさりと離された。


「おまえ……」

 複雑な表情で睨む蔡紋。


「停学明けたばっかなんだろ? あんまり問題起こすなよ」

「なにモンだ?」

「またな、蔡紋」

 軽く手を上げて立ち去る。

 心配げな楓ちゃんと茜に教室へ戻るように言って、ひとり保健室へと向かった。




「で? 蔡紋はどうなった?」

 むすっとした未央先生が左肩に湿布を貼ってくれる。


 あいたたた。楓ちゃんと茜を教室に戻しておいて良かった。

 こんな痣になってるって知ったら余計な心配させちゃうと思うし。


「三半規管を揺すったらしくて。しばらく立ち上がれないだろうし置いてきました」

「はぁ……。仮にもおまえは女なんだから蔡紋とケンカで渡り合うな」

 溜め息をつく未央先生。


「あはは。俺としてもことを荒立てたくはなかったんですけど、先に手を出されたもんだから」

「これくらいで済んでよかったよ。波綺も蔡紋も」

「ですね~」

「……本当にわかってるのか?」

 未央先生は気楽に笑う俺に呆れ顔を返す。


「……あはは」

「とにかく、波綺に怪我がなくてなによりだ。それに、顔に傷でも作ったらどうする? 蔡紋の方も次は停学じゃ済まなくなるんだぞ」

 はぁ……再び溜め息をつく未央先生。


 う~ん……。どうも負けるのを前提に話されてるような……。

 確かに、あの掌底が避けられるとすると、かなり場慣れしてると思う。

 まぁ、お互い足技出してないし、組まなければ力負けしないと思うし。

 でも、左腕がギプスな今は分が悪いのは確かかな。

 左が使えれば肩口に貰わずに払えただろうし、勝算も高くなるんだけど。

 現時点では、どう良く見積もっても五分五分……いやもっと分が悪いか。


「聞いてるのか?」

「は、はい」

 ギラリとした視線で睨まれた。

 未央先生……恐い……。


「わかったな。無茶な真似はするなよ」

「はい……でも」

「蔡紋には私からも釘を刺しておくから。おまえも挑発に乗るなよ」

「わかりました」

 う~。あんまり信用されてないかも。

 こんな怪我作ってきた手前無理もないが。


「で、制服なんだが」

「あ、すみませんでした。……ど、どうかしました?」

「うむ」

 難しい顔の未央先生。なにかあったのかな?


「上は問題なかったんだが、スカートがな。ちょっとほつれてたんで、補正に出しておいた」

「補正?」

「あぁ。もう一着持ってるだろう。しばらくはそれで我慢してくれ」

「はい……わかりました」

 補正? どこかほつれてたっけ?


「制服の上とシャツ。他一式はここに入ってる」

 ブランド名がプリントされた紙袋を手渡される。


「ありがとうございます」

「うむ。今日のところはコレで帰ってくれ」

 と、脱いでた学生服を指す。


「はい。……っ~~~!」

 シャツに袖を通そうと、上げた左肩に激痛が走る。


「痣になってるんだ。無理に動かすなよ」

 コクコクと涙目で頷く。今、声を出すと悲鳴になりそうだった。

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