表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第六章「Misfortune」
54/83

054 男装

 保健室。

 ノックのあと『どうぞ』という声を聞いてからそっと入室する。

 机に向かい背中を向けたままの未央先生は、声で俺だとわかっているのか振り向きもせずに書き物を続ける。


 ぽたりぽたりと、髪が含んだ水滴が頬を伝わり顎からこぼれ落ちた。

 立ち止まったところに全身と抱えた制服が水たまりを作っていく。


 他生徒の好奇の目が気になって気がつかなかったけど、これじゃ歩いてきた廊下もひどいものだろう。

 ただでさえ気分が悪いところに、下着とジャージが体にまとわりついて不快感を増幅させる。


(あぁ、もうっ!)

 誰にともなく心の中で吐き捨てると、ようやく机から振り向いた未央先生と視線が絡んだ。


「えっと、あの……」

 なんと説明したものか。

 どうしてこうなったのか、むしろ俺こそが説明して欲しい。


「詳しくはあとでいい。ほら、まずはこれで体を拭け」

 未央先生は説明を待たずに、ロッカーからバスタオルを取り出した。

 それを俺の頭にかぶせて、くしゃくしゃっと軽く髪が含んでいる水分を拭いてくれる。


「あとは自分で拭いておけ」

 と言うと、脱衣カゴを準備して濡れた制服とかを入れるようにとジェスチャーで指さす。

 軽く頭を下げてから抱えていた制服を入れる。

 そして、まとわりつくジャージを脱ごうとしたところで、未央先生が左手を挙げて俺を制止した。


「待て。……おい北倉」

 カーテン越しのベッドに向かって声をかける。


 数舜の沈黙。だけど、わずかにカーテン越しの影が動いたような気がした。

 それと同時に、未央先生が勢いよくカーテンを開ける。

 ベッドの上で不自然に身を乗り出していた男子生徒が慌てた様子でバランスを崩して転げ落ちた。


 ゴツっと痛そうな音。

 保健室を妙な静けさが支配する。


「あいったぁ~~ひどいよ未央先生……」

 床にぶつけたおでこをさすりながら立ち上がったのは北倉先輩だった。


「もう仮病も治っただろう。ほら授業にいけ」

 例によって、ぞんざいに言う未央先生。

 先生のことはまだ少ししか知らないけど、どうやら男子生徒には冷たいような感じがする。


「そんな~。だって、さっき来たばかりなのに……」

「……聞こえなかったのか?」

 その言葉にピリピリとした空気が辺りに漂う。


「まぁまぁ。それよりもさくらちゃん、一体どうしたんだ?」

 北倉先輩はそんな空気も気にせずに笑って聞き流し、俺に話を振ってくる。


「まぁ、ちょっと」

 だから俺の方が聞きたいんだってば。


「波綺はいいからカーテンの向こうで着替えろ」

 明らかに気分を害しているような未央先生が背中を軽く押す。


「あ、でも着替えが」

 視線の先……脱衣カゴに入っているずぶ濡れの制服に視線が集まる。

 そして、未央先生はしばらく俺の全身を眺めると、北倉先輩の襟首を掴んで保健室の外へとつまみ出そうとした。


「あ、あ。ちょっ、ちょっと待った……」

 引きずられながら俺に助けを求めるようなそぶりを見せる北倉先輩。


「聞く耳持たん」

 だが、その行為もむなしく、未央先生は北倉先輩を廊下に追い出すとドアに鍵をかけた。


「とにかくそれを脱げ。着替えが無いならこっちで準備する」

 未央先生の言葉に頷いて、カーテンの後ろに回ってからジャージを脱ぐ。


 肘や膝でひっかかりつつもなんとか脱いでしまう。

 脱いだジャージは絞れそうなほど濡れて重くなっていた。

 絞りたくなるのをぐっと堪えて制服と同じカゴに軽く畳んで入れる。

 靴下も脱ぎ、とりあえず下着姿になってからもう一度全身をバスタオルで拭いた。


 はぁ……。かぶったのがただの水でよかった。

 これで全身が雑巾臭かったら泣くぞ。マジで。

 もう一度髪の水分を拭きとっていた時に


「波綺。いいか?」

 と、未央先生が声をかけてきた。


「あ、はい」

「とりあえず替えの下着だ。ちょっとサイズが小さいかもしれんが、スポーツブラだからなんとか大丈夫だろう。今日のところはそれで我慢してくれ」

 カーテンの脇からベッドの上に畳まれた下着がそっと置かれる。

 手に取ると、それは小さなタンクトップみたいなブラと白いショーツだった。


「すみません……ありがとうございます」

 やっぱりあったか。と安堵しつつ下着を着替える。

 濡れたままの下着で今日一日過ごすハメにならなくてよかった。


 しかし、確かにブラ……というか、ぴったりなハーフタンクトップは小さく、なんとか着れはしたんだけどかなり胸が圧迫される。

 ちょっと苦しいけどサラシ巻いた時よかマシかな。


「で、とりあえずこれでも羽織っておけ」

 次に置かれたのは白衣。先日も袖を通したアレだ。


 しかし、下着姿で白衣ってのは……。

 ちょっとした予感を抱きつつ白衣に袖を通した。

 置いてあった姿見に映る白衣姿。


(……うわ~~、やっぱ透けてるし)


 よく見るとうっすらと下着が透けて見えた。

 うぅ、下着姿に白衣とゆ~のは、なんかヒジョーに変態っぽい。

 これで白衣の前をがばっと開けば露出狂になれそうだ。

 そんな変なことを考えてしまい、ちょっとだけ鬱になった。


「っくしゅん」

 しかも寒いし……。

 背に腹は変えられぬ。

 と言うわけで、ベッドの毛布をマントのように背中から巻き付けた。



「心当たりは無い……か」

 例によってコーヒーカップを渡してくれながら未央先生が椅子に腰掛ける。


 俺はと言えば毛布にくるまったまま、ちょこんと椅子に座って辛うじて外に出した右手でカップを受け取った。

 支えを失った毛布が肩から滑り落ちる。

 それを見た未央先生が毛布を持ち上げて、襟元で交差するようにかけ直してくれた。


「あ、ありがとうございます。心当たりは……ないですね。ただ、制服の方は更衣室にあったわけだから男の子の仕業じゃないとは思うんですが」

「まぁな。仮に犯人が男だったとしたら、こんなことはしないだろうしな」

「こんなこと?」

 雑巾臭かった制服は、臭いが染みつかないようにと応急処置的に水ですすいでから、またバケツの中に浸かっている。


 こんなこと。

 あ、あれかな? 盗むってことかな。

 あるところに持って行けば高く売れるそうだし。

 でも、聞いた話では売った本人の写真が必要だとかなんとか。

 それって下着とかそ~ゆ~類のものだけだっけ?


「体育の時間、なにかあったか?」

「ん~、先生が遅れてきて、結局は自習だったんですよね」

「あぁ、ちょっと怪我人が出てな。応急処置はしたんだが結局病院に搬送することになったし、付き添いやら連絡やら忙しかったからな」

「そうだったんですか」

 それもそうか。

 怪我人が出たら、まずは校医である未央先生が診ることになるのは当たり前か。


「で。他には?」

「え~っと、あ。真吾とサッカーで勝負しました」

「赤坂と?」

「はい。ワンオンワンのドリブル勝負。でも、なんとか勝てたんですよ」

 いや、しかし本当に勝てるとは思ってなかっただけに嬉しい。


「……。そうか。なるほど」

 ニコニコと笑う俺に、未央先生は少し困ったようなような表情を見せた。


「??」

「いや、いい。他には?」

「見学して……ボールを茜……荏原さんと体育倉庫にかたづけたくらいです」

「ふむ。わかった」

 コーヒーを飲み干すと、カップをソーサーに戻す。


 わかったって、なにがわかったんだ?

 まぁ、今の情報量で誰が犯人だ~なんてわかるわけはない。

 そればかり気にしてたら疑心暗鬼になるだけか。

 この件は置いといて、これから気をつけるってのが妥当な線だろう。

 こういうことが起こると思ってれば対処のしようもあるだろ。


「そうだな。濡れた制服などは、すぐにでも洗濯しよう。部室棟に洗濯機があるからそれで洗うとして、問題は着替えだな。今はそれでいいとしても、さすがにその恰好で授業に出すわけにもいかんしな」

 未央先生は困ったように腕組みする。

 確かに毛布マントじゃ『ワケアリです』って公言しているようなものだし、白衣姿も色々と嫌すぎる。

 ……透けてるトコとか。


 すると、残る手段は誰かのジャージを借りることなんだろうけど、知り合いの中で一番大きそうな茜の借りてもサイズが合わないだろうし……。

 最終手段としては男の子に借りるって方法もありか。

 そうだ。真吾に……ってあいつは部活があるか。


 と、考えを巡らしているとノックの音が聞こえてきた。

 わずかに眉をしかめた未央先生がドアへと向かう。

 小さな声で問答したあげく、入ってきたのは北倉先輩だった。


「は~い、さくらちゃん」

 なにが嬉しいのかニコニコとした北倉先輩。

 その後ろには不機嫌そうな未央先生が立っている。


「着替え困ってるんだろ? よかったらこれ使ってもらえないかな?」

 と言って差し出されたのは紙袋。

 カップを机に置いてから胸元でごそごそと中身を取り出してみる。

 それは……。


「制服だ」

 しかも当然男物の学生服。

 いや、ここでセーラー服とかブレザーが出てきても、それはそれで嫌な感じがするし、これはこれで良い。うん。


「前に、もう卒業した先輩に貰ったヤツでさ。何回か着たんだけど今じゃ小さくなってて。俺がでかくなったんだけどね。多分さくらちゃんには、ちょうどいいかなって思って持ってきたんだ。あっ大丈夫。ちゃんとクリーニングに出してから一回も着てないし」

 学生服の匂いを嗅いでみると、確かに洗濯したてのいい匂いがした。


「ありがと」

 見上げてお礼を言うと、北倉先輩は照れたように視線をそらした。


「いいって。いいって。男モンで悪いけど、無いよかマシだと思って」

「確かに。おまえにしては気が利いてるな」

 誉めたくないのに仕方ないといった感じの未央先生。

 あはは。相当嫌われてんなぁ北倉先輩。


「任せてよセンセ。それより着替えた着替えた」

 でも、北倉先輩はめげてない。


「よし、北倉。ご苦労だった。授業に戻っていいぞ」

「は? またまた~って、あ~~! ちょっちょっとっ! あて、いててて」

 またもや引きずられるように追い出される北倉先輩だった。



「ほう」

 と、俺の姿を見た未央先生が感心する。


 未央先生の予備のシャツを借り、北倉先輩が持ってきてくれた制服に着替えた俺の姿を見た未央先生の言葉だった。

 自分でも思うんだけど、男物の学生服の方がかなりしっくりくる。

 元々私服でもジーンズメインだし、スカートひとつで大騒ぎしてるんだから、そりゃそうだろうと思う。


 ちょっと短めでスリムな上着と、ヤケに細身のズボン。

 幸か不幸か窮屈な下着で、ちょっぴり膨らんではいるものの胸もほとんど目立たない。

 肩幅が少しあまってるくらいで、サイズは俺にぴったりだった。

 確かにこれじゃ北倉先輩には小さいだろう。


「さすがに似合うな。その恰好」

 未央先生がニヤリと笑って誉めてくれる。


「自分でもそう思います」

 ニコッと笑って同意すると、未央先生は、おやって表情を一瞬見せた。


「あ、なにか変ですか?」

「あーいや、なんでもない。それより、今日一日はそれで過ごしてくれ。制服とジャージはこちらで洗っておく」

「あ、いいですよ。自分でやりますから」

「いいから任せておけ。それより波綺は授業に出ること。学生は学業が本分だからな。服は私が放課後までには仕上げておくから、ホームルーム終わったら取りに来い」

「じゃぁお言葉に甘えて。すみませんお願いします」

 未央先生の申し出にお礼を言う。

 この際だから甘えておこう。

 あとになにかありそうで怖いんだけど。


 そんな俺の胸中とは関係なく、未央先生はコーヒーをクイっと飲んでから立ち上がった。

 そして、おもむろに近寄ると俺の後頭部を抱えるように引き寄せた。


「え? え?」

 不意に引き寄せられて、危うく未央先生の胸に埋もれそうになる。

 ギリギリのところで耐えていると、すぐに手を離してくれた。


「どれ。髪を乾かしておこうか」

 なぜか嬉しそうな未央先生が机の引き出しからドライヤーを取り出す。


 俺を椅子に座らせ背中を向けさせると、そのスイッチを入れた。

 髪を一房手に取ると、軽い唸りを上げるドライヤーの風をあてる。

 未央先生に背中を向けたので、こちらの顔を見られずにすんで助かった。

 ゆっくりと深呼吸して高鳴ってる鼓動を鎮めることに集中する。


「まだ寒いからな。このままじゃ風邪をひきそうだ」

 返事を期待していなさそうな独り言っぽい口調だったので、黙って未央先生の手の動きに集中する。

 指先で髪を梳きながら、濡れた髪を一房、また一房と手にとってドライヤーで乾かしていく。


「別に変な臭いとかはしなかったから、今のところは乾かすだけでいいだろう」

 毛先にも風をあてながら満足そうにつぶやく。


 あぁ、そうか。さっき引き寄せられたのは匂いを確かめてたのか。


「よしっと」

 ドライヤーを机に置くと、今度はコームで髪を梳かしてくれる。


「ありがとうございます」

「ん? あぁ気にするな。それにしても波綺は髪の毛細いな。枝毛もほとんどないし」

 次第にコームの感覚がなくなるほど軽く感じる髪を撫でるようにして、未央先生は満足そうにつぶやいた。

 そうして髪を撫でられるとすごく気持ちいい。


「未央先生も髪、綺麗ですよね」

「私は癖っ毛でな、波綺みたいな綺麗なストレートにはちょっと憧れてる」

 未央先生はゴムバンドを出して、くるくると巻くように後髪をまとめてくれた。


「よし。ちょっとこっち向いてみてくれ」

 言われた通り未央先生に向き直る。

 しばらく眺めたあと二回ほど納得したように頷いた。


「よし。じゃぁ教室に戻れ。今日一日はその恰好でいられるように、先生たちには私から話を通しておく」

「ありがとうございます。あ、先生……」

「わかってる。理由は適当に作っておくさ」

 嫌がらせを受けてる……と、ありのまま報告されるのも具合が悪い。

 そのことをお願いしようとしたんだけど、未央先生は全て了承しているみたいに意を汲んでくれる。


「すみません……」

「だから気にするな。世話をすると言っただろう? これも仕事のうちだと思ってくれればいい」

「はい……」

 申しわけない思いが心を占める。


「しかし、あまり必要はないかもしれないな」

 ニヤリと笑う未央先生。


「なにがですか?」

「わからないか?」

「??」

「いや、ならばいい。さて、行こうか」

 保健室を出て鍵をかけると、未央先生はくるりと教室とは反対方向に歩き出す。

 教室にいる先生に説明してくれるんじゃなかったのかな? と思って見送っていると、


「あとで寄る。先に行っててくれ」

 振り向きもせず手を上げて歩き去った。


 ……まぁ、いいんだけどね。


 当然だけど今は授業中で、廊下を歩いていても人っ子ひとり見あたらない。

 時折、開いた窓から授業中の生徒と目が合うくらいで、なんとなく落ち着かない気分で教室へと向かう。

 歩きながら腕を伸ばして、少しだけ長い……と言っても肩幅のせいで長いんであって、決して俺の手が短いわけじゃない袖を調節して、襟カラーのホックをパチンと閉じる。

 懐かしいなぁ。

 こうやって学生服着るのって三年ぶりくらいじゃないかな。

 でも、北倉先輩が貸してくれたこの制服は少々いじってある。

 見事に上着の裾は短くて少し手を上げるとへそのあたりが見えるほどだし、ズボンもかなり絞ってある。

 これって、間違いなく校則違反だな。

 だけど、今は事情が事情だし選り好みもしてられない。

 スケスケ白衣との二択じゃ選ぶまでもないし。

 なにより自分自身、学制服を着ていることがすごく嬉しい。


「っ!」

「っと……」

 階段のところで学生服姿の男の子とお互いにぶつかりそうになった。

 なにぶん誰もいないだろうと思っていただけに、直前まで気づけなかった。

 それは向こうも同じらしく、驚いたことを隠すように敵意の視線を送ってくる。


「あ~悪い」

 あんまり睨んでくることに苦笑いしながら謝った。

 しかし、それでもなお睨んでくる。


 どこかで恨みでも買ってたのかな? と考えたけど、こいつとは初対面だと思う。

 こんな目つきが悪いのは、そうそう忘れないと思うし間違いないだろう。

 なら、どうしてこんなに睨んでくるのか。


 確かにぶつかりそうにはなったけど、結果的にぶつかってはいない。

 あ~。ひょっとして、もっと謝れってことなんだろうか。

 でも、今のはお互い様だし、こちらが一方的に謝るって筋合いでもないだろう。

 よくよく見ると、身長は俺より少し高いくらいで、がっちりとした体つきから、なにか武道とかやってるのかもしれない。


「おい」

 う~んと考えていると、先方から声をかけてきた。

 やっぱり初対面じゃないのかなぁ。それなら本人に聞くのが手っ取り早いか。


「どこかで会ったっけ?」

 と言うと、怪訝そうな顔つきになる。

 違ったかな。やっぱ初対面なんだろう。


「おまえ誰だ?」

「一のA波綺さくら。そっちは?」

「…………はん」

 そいつは黙ったまま鼻で嘲笑った。

 それが、無性に癪に障った。

 自然と口元が歪む。ふふふ。腕を組んで、片手を顎にあてて微笑む。


「なにか面白かったかな。坊~や」

 こっちも元から機嫌が悪い。


「なんだと!」

 挑発に乗ったそいつは襟元を掴もうと手を伸ばしてくる。

 その腕を払いのけ無防備の胸を手の平で突いた。


 そいつは、なんとかバランスを取って二、三歩後ろに下がって踏みこたえた。

 抵抗されたのが予想外だったのか、呆気に取られた表情を見せるも、それは一瞬で怒気をはらんで赤く変わった。


「キサマァ」

 怒りで体を震わす。一触即発の状態に対応すべく半身に構える。


「なんだ波綺。まだそんなところにいたのか」

 背後から未央先生の声。


「ん? 蔡紋(さいもん)か? おまえ授業はどうした?」

 未央先生が男子生徒に声をかけると、サイモンと呼ばれたそいつは逃げるように走っていってしまった。


 ふぅ。災難は去ったけど、ちょっとだけ残念。

 少し暴れた方がすっきりしそうだったのに。


「しょうのない奴だな。ところで波綺。おまえ蔡紋と知り合いなのか?」

 やれやれと溜め息をついた未央先生が聞いてくる。


「サイモンって、あいつ日本人に見えましたけど、日系二世かなにかなんですか?」

「……」

 しばらく黙っていた未央先生は、プッと笑うと俺の頭を持っていた書類でポンポンと叩いた。


「そうじゃない。草冠に祭り、紋様の紋で蔡紋。蔡紋兼人だ」

「さいもんかねと……」

 やっぱり心当たりはなかった。


「知り合いじゃないならいい。ほら行くぞ」

 先に歩き出す未央先生を慌てて追いかけた。

 未央先生の口振りでは蔡紋という男は色々と問題がありそうだ。

 ふぅん。なるほどね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ