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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第一章「Encounter Season」
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005 おせっかい

「……と、言うわけだ」

「へぇぇ。転校の前に病気で入院してたとは聞いていたけどね。まさか女になっちゃってるとは思わなかったな。どうりで顔も見せずに転校したわけかぁ」

 説明している間、珍しく黙って聞いていたメグが、ほぅっと息をはきながら言葉を漏らした。


 商店街まで出てきてすぐに、メグに引っ張られるようにラミスに連れ込まれた。

 ラミスとは、正式にはラミスバーガーと言って、素材にこだわった自然指向を売りにしている店だ。

 店内がオシャレなことや、制服が可愛い&学割が利く低価格が評判で中高生の人気が高い。

 今も制服姿ではないものの、学生らしきお客で賑わっている。

 まぁ雰囲気的にファーストフードと言うよりはファミレスに近いんだけど。


 で、結局支払いの全部が俺持ちになって、それぞれに注文を済ませて窓際の席を陣取った。

 そして、オーダーがくるまでの間にことの経緯を簡単に説明させられていたってわけなんだけど……。


「ま。あんたは昔から女顔だったけど、まさかホンモノの女の子だったってオチがつくとはねぇ」

 他人事のように(いや、実際に他人事だろうけど)メグが感想を漏らしながらマジマジと俺の顔を見つめる。


「別にオチがつけたくて、こんなになった訳じゃないぞ!」

「それにしては言葉遣いもしっかり『女の子』してたじゃない。最初は私も危うく騙されるところだったもの」

 メグが『やられたわ』って顔で俺を見る。


「でもお姉ちゃん、家では以前のままの言葉遣いだよ」

 こら瑞穂。余計なこと言うなってーの。


「そうね。今もそうだし」

 瑞穂の言葉に頷くメグ。


「うるさい! 昔からの知り合い相手に女言葉で喋れるか!」

「ほらほら、大きな声出すと周りの注目集めるわよ」

「……」

 メグの言葉に、憮然としながらも黙り込んだ。


「そう言えば、あんたってメガネかけてたっけ?」

 メグが不思議そうに俺の顔を見ながら尋ねる。


「そう言うメグこそ。メガネどうしたんだ?」

「私はちょっとね。前から悪くなってたんだけど、そうねぇ……一樹が引っ越した冬くらいに作ってもらったのよ」

「視力そんなに悪かったっけ?」

「両眼〇、六かな? なくても生活に支障はないんだけど、やっぱりはっきり見えないってのはなんかね。一樹も視力落ちたの?」

「……さくらって呼べよな。誰が聞いてるかわかんないんだから」

「あ。そっか。ゴメン」

「俺のは伊達だよ。ほら、レンズ薄いし平面だろ?」

 メガネをずらしてみせる。


「じゃ、どうしてメガネしてんの?」

「変装用~。メグをごまかすためだったんだけど、無駄になったな」

 メガネをはずして胸のポケットにしまう。長時間してると頭痛がしてくるんだよな。


「あら? あんたってばメガネしない方が美人よね」

「うんうん。瑞穂もメガネない方が好きだよ」

「う~うるさい!」

「結構さぁ、男の子が言い寄ってきてたりするんじゃないの~?」

 メグは、にへらっと嫌な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込む。


「……」

 コーラを飲むことで返事を誤魔化して黙っていた。


「それで一樹……じゃない、さくらは、今年光陵に進学するんだっけ?」

「ああ」

「じゃ、セーラー着るんだ」

「不本意だけどな」

「私も光陵だよ。明日からよろしくね」

「え? メグもなのか?」

「そうよ」

 なに言ってるの? 当たり前じゃないって顔をしてBLTバーガーにかじりつく。


「メグならもっと上の高校行けたんじゃないか?」

「かもしれなかったけど、通うには光陵が近くていいのよ」

「ふーん」

 メグはオレンジジュースを一口飲むと、真面目な表情で口を開いた。


「ねぇ、(しん)ちゃんは、さくらのこと、もう知ってるの?」

「いいや。引っ越してから一度も会ってないからな。知らないと思う」

 真ちゃん……『赤坂(あかさか)真吾(しんご)』は、俺とメグと一緒に小さい頃から遊んでいたもうひとりの幼なじみだ。


 小学校の高学年の頃、真吾の両親がマイホームを建てて引っ越しした。

 それで校区が変わってしまって、中学は別々になってしまったけど、休日前には泊まりに行ったりして一緒によく遊んでいた。


 真吾はなんでも器用にこなす方で、スポーツも全般得意そうだった。

 ご両親の育ちがいいこともあってか、性格も温厚でよく気がつく子どもだったと思う。

 俺やメグのフォロー役でもあり、互いに掛け値なしで信頼していた親友と呼べる間柄だった。

 ……俺が引っ越すまでは。


「真ちゃんも光陵なのよ」

「え!? そうなのか?」

「ふふん。真ちゃん今では格好良くなっちゃってモテモテなんだぞぉ」

「真吾は前から女の子に人気があったじゃないか」

「ちっちっちっ。それに輪をかけて人気あるのよ。ファンクラブまであるんだから」

「そうだよお姉ちゃん。真吾お兄ちゃんホントに格好良いんだから」

 瑞穂がまるで自分のことのように自慢する。


「へぇ。今度会うのが楽しみだな」

「で。どうする? なんなら私から真ちゃんに言おうか。一樹のこと」

「いや……そうだな。真吾にもちゃんと話しておかないとな。俺から直接言うことにするよ」

「そう。それが良いかもね~って、ちょっと待って。直接会いに行くつもり?」

「そうだなぁ。どうせ明日から学校だし、学校で話そうかな」

「それなら、私が真ちゃん呼び出してあげるよ。教室とかで驚かれるとなにかと不味いでしょ」

「あ。そうか。サンキュ。そうしてもらうと助かる」

「まね。色々大変だろうから出来るだけ協力してあげるわよ」

「ああ。それでこそ今日奢りにした甲斐があったってもんだ」

「瑞穂もねぇ、光陵を受けようかと思ってるんだよ」

 話が落ちついたところで、内緒話を打ち明けるように瑞穂が話す。


「あー? おまえ成績大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫。だってお姉ちゃんが入れるんだもん。楽勝だよ」

「あはは。それは言えるわねぇ」

 ふたりはクスクスと笑いあう。


「おまえらなぁ。俺の今の成績知らないからそんなこと言ってられるんだぞ」

「えぇ~。中学の時って成績イマイチだったじゃない?」

「ふふふ。真の実力を隠していたのだよ」

「はいはい。それじゃ瑞穂ちゃん、次行こっか」

 メグが話を聞き流して席を立つ。


「あ。恵ちゃん、トレーは瑞穂が片すよ」

「……おまえら俺の話聞けよ」

 そんな馬鹿げた、しかし、昔と変わらない会話に心が休まるのを感じた。

 なんか昔に戻ったみたいだな。


   


 それから、メグと瑞穂はショッピングに行くと言うので、なにを買うのか聞いてみたら『下着』と即答されたので迷わず別行動にした。


「え~? お姉ちゃんも行こうよ~」

「そうよ。何遠慮してるの?」

「ちょっとな。用事あるから」

 適当な理由をつけてふたりと別れた。過去を知られていないクラスメイトたちとかならともかく、男だったことを知ってるヤツラと、そんな場所に行けるかっての。


 メグや瑞穂と別れたあとは、本屋で適当に立ち読みしたり、コンビニを冷やかしたり、単に散歩したりして時間を潰した。家を出たのは昼前だったけど、すでに日差しはかなり傾いている。

 あてもなくふらふらと歩いてると、懐かしい公園にたどり着いた。


「へぇ、この公園って変わってないなぁ」

 当時の面影を色濃く残す公園を眺める。この公園で小学生の頃、真吾やメグとよく遊んだっけな。

 余談になるが、ここは『中央公園』とか、町名から『柏本町公園』とか呼ばれることが多い。

 でも、正式になんと言う公園なのかは誰も知らない。

 地図を見ても公園としか記されてなく、入り口にも名前が書かれたプレートなどは見あたらない。

 俺的町内七不思議のひとつに認定しているスポットだ。

 ……閑話休題。


 ボートも貸し出してる割と大きい池のそばまで行くと、ますます懐かしいって気持ちが溢れてくる。

 二年半程度しか離れてなかったけど、やっぱり故郷は良いなぁって感じる自分が少しだけ照れくさい。


「や、やめてください……あの、あたし、人を待ってるんです」

後ろから嫌がる女の子の声が聞こえてきた。

 振り向いてみると、十メートルほど離れた場所で、大学生くらいのふたりの男が女の子の手首や肩を掴まえて迫っていた。


 まったく。こんな奴らって、どこにでもいやがるんだな。

 そう言えば、二ヶ月程前にしつこいナンパにあって辟易したっけ。

 断っても無視してもつきまとってきて、あげくには抱きつかれもした、な……。


 あー!! なんだか思い出したら無性に腹立ってきた。

 別に正義感を振りかざすつもりはないけど、このまま見逃すのも寝覚めが悪くなりそうだ。

 大体、引き際も見極められない奴は声かけるんじゃねぇっての。

 小さく深呼吸して、小走りで近づくと三人の中に強引に割り込む。


「ごめーん。待った?」

 と、女の子に声をかける。男どもは当然無視だ。


「ごめんね~許して。この通り」

 三人は突然の成り行きについていけずに黙り込む。


「そんな怒らないで。そうだ。駅前のケーキ屋のチーズタルト奢るからさ。ね?」

 勢いに釣られたのか、それともチーズタルトに反応したのか、彼女が小さく頷く。


「よし。じゃぁ行こっか。売り切れるといけないから、早く行こ」

 どさくさに紛れて男の手から彼女を奪還し、肩を抱いて歩き出す。


「……おい。ちょっと待てよ!」

 完全に無視された男ふたりが、肩を掴んで引きとめてくる。


 顔だけで振り返って、男に冷ややかな視線を浴びせる。

 前にクラスメイトから聞いた話だけど、こういう時の俺の表情はホントに冷たく見えるんだそうだ。

 それ以来、なるべくそんな表情はしないようにしてるんだけど、今はそれが好都合だ。


「なに?」

 冷たく言い放つと、肩を掴んでいる男が気圧されたように口をつぐむ。

 もうひとりの方は、直接視線を合わせなかったからか、気にせずナンパを続行する。


「あれ? 君も女の子か。なかなか可愛いね。そうだ、ねぇねぇ。ドコ行くの? 女の子ふたりじゃ危ないよ。オレらも一緒に行ってあげよっか」

 頭悪そうな締まりのないツラで話しかけてくる男を避けるように、女の子がぎゅっと腕にすがりつく。よっぽど恐い思いしてたんだな。


「そう言えば誰? あんたら」

 その存在に今気がついたように問いかける。


「俺ら、この近くに住んでるんだけどさ、今から遊びに行くんだろ? 穴場スポットとかチョー詳しいからさ、一緒に遊ぼうぜ~」

「ありがとう。さようなら」

 真顔で返事して歩き出す。


「待てよ。いいじゃんか。人数多い方が楽しいぜぇ」

「でも、四月って言ってもまだ寒いねー。朝晩はコート着ててもいいんじゃないかなってくらい」

 女の子に笑いかけると、ようやくその表情が少しだけ綻ぶ。

 うん。とりあえず今だけは話を合わせてくれ。


「おい。待てってば」

「池とか湖のそばだと特に寒く感じるしね。だからこそ避暑にはいいんだろうけど」

「この! シカトしてんじゃ……」

 男が腕を掴んでくる。


 そして、視線が合ったところで言葉を無くす。

 怒りの表情が戸惑いに変わっていく。


「まだなにか?」

 にっこりと冷たい微笑みを浮かべて一瞥する。


「おい、もう他の娘のとこ行こうぜ」

「けっ。つまんねぇ奴。おう、行け行けブス共」

 男たちの言葉に女の子がびくんと震える。

 あぁ~もうなぁ~。だから嫌いなんだよ、この手の輩は。


「おまえらの目は節穴か」

 嘲るような声に男たちが立ち止まる。

 睨んでくる視線を真っ向から受け止めて、女の子を背後から抱きしめた。

「こんな可愛い娘そうそういないよ? おまえらの方が相手にされてないだけだって気づけよ。まったく、外見通りの知能指数しかないのかよ」

「て、てめぇ……」

 男たちの顔が怒りで赤く染まっていく。

 立ち位置を半回転して怯える女の子を背中に庇う。


「どうした。ほら、もう行けよ。バイバイ」

 男らの表情を読み取りながら少しだけ後悔する。

 言い過ぎだとは思わないけど、言わなくても良かった言葉で危険を招いてしまったようだったから。


 ふたりの男は、怒りで血走った目で睨みながら、囲むようにジワジワと距離を詰めてくる。

 その圧力に耐えかねたのか、背中の女の子が上着にしがみつく。


 さて、どうするか。

 最善は戦わずして勝つことなんだけど、今更話し合いで解決しそうな雰囲気じゃない。

 となると、残る手段は……。


 ジリジリと詰め寄る男たちに背中を向け、女の子と向かい合う。

 こわばっている女の子を安心させるように微笑んでから、その顔を挟むように両手で耳を塞いだ。


 そして、すぅ~っと大きく息を吸う。

 その時、男の手が俺の肩を掴んできた。振り向くと、予想以上に近く、その男の顔があった。


「きゃぁー! 誰か助けてー!!」

 絹を引き裂くような金切り声で助けを呼ぶ。


 草木がざわざわと揺れ、公園中に響いたのではないかと自負できるほどの大きな声。

 その声を至近で浴びた男が顔をしかめて耳を押さえる。


 何事かと周囲の視線が集まるのを確認して、男たちに向き直る。

 驚き、怒り、戸惑いと、いろんな感情で目まぐるしく変わる表情を観察しながら一歩距離を取る。


「あ。警察に通報してる」

 その背後に視線を向けてつぶやく。


 すると、男たちが慌てて振り返り、挙動不審者のようなぎこちなさで逃げていった。


 しばらく周辺の様子を見ていたけど、男たちの去り際が鮮やかだったためか、誰かが近づいてきたり、実際に警察を呼ばれたなんてこともなさそうだった。


「……なんてね」

 事態を飲み込めない女の子と視線を合わせて、ウインクする。


「あ、あの……」

 男たちが視界に居なくなって安心したのか、ようやく女の子が話しかけてきた。


「大丈夫だった?」

 肩にかけていた手を離して、女の子に向き直って声をかける。


「あの……お姉様ぁ。ありがとうございましたぁ」

 そう言って彼女は、ギュゥッと腕にしがみつくと泣き出してしまった。


 お、お姉様ぁ!?

 それに、泣かれても困るんですけど……。

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