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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第五章「Shadow of malice」
41/83

041 友達

(はぁ……なんだか、茜すごかったな)

 思い出し笑いを辛うじて堪える。


 妙な方向に感心させられるほどの茜の必死さは、本人にはすまないと思うけどちょっと笑えるかも。

 それはそうと。数学のアレは失敗だったよな~。

 最後の問題が予想以上に難しくて、でも、なんとか解けそうだったからそればっかりに集中してしまって、見直す余裕もなかったからなぁ。

 まぁ、いいんだけどね。

 今は奈月さん(下宿先で同居してた大学生で、家庭教師してくれてた人)に報告しなくてもいいし。

 少々悪かろうが、もうなにも言われないからね。

 いや、奈月さんは成績が悪くても『次はがんばろうね』くらいしか言わないんだけど。


「あら、さくらさん。こんにちは」

 階段の踊り場で、ちひろさんとばったり出会う。


「あっ、こんにちは。ちひろさん」

 軽く会釈しながら挨拶すると、「はい」と静かな返事でニッコリと笑ってくれた。


 初めて会った時にも思ったんだけど、ちひろさんはいつも自然体で立ち姿もかっこいい。

 茜が目標にするのも頷けるし俺もこんな風になりたいと思う。


「試験。どうでした?」

 俺のそばで立ち止まったちひろさんが、目の前の髪を指ですくいながら上品な物腰で訊いてくる。


「あ、はい。まずまず……でした」

「そう、良かった。ちょっと心配していたんですよ」

「どうも。無事乗り越えられました」

 まぁ、結果、数学が零点だったなんて言えないよな。


「斉藤先輩!」

 その時、同じ階段を下りてきた二年の娘がちひろさんを見つけて駆け寄ってきた。


「宮間さん、こんにちは」

 ちひろさんは、さっきと同じように笑顔で会釈する。


「先輩。今からお時間ありますか? ちょっと部活の件で相談したいことがあるんですけど」

 その娘も笑顔でちひろさんに話しかける。


 部活? 合気道部の後輩の人なのかな?


「あ。宮間さん、ちょっとごめんなさい。あの、さくらさん?」

 二年の娘に断りを入れて、ちひろさんがこっちに視線を移す。


「は、はい?」

「さくらさんは、今からお時間ありますか?」

「えぇ。昼休み中なら別に用事もないですし」

「そう」

 ちひろさんは微笑んでから後輩の方に向き直る。


「宮間さん、ごめんなさい。その相談は今日の部活の時にいいかしら?」

「そ、そうですか……」

 宮間と呼ばれた二年の娘は、予想外のちひろさんの言葉にしょんぼりとする。

 そして、俺を鋭い視線で睨んだ。


「……はい。それでしたら部活の時にお願いします。それでは失礼します」

 ちひろさんに頭を下げ、俺たちの間を通って階段を下りていく。


 すれ違う時に嫌な感じがして、反射的に足を後ろに下げた。

 その、寸前まで俺の上履きがあった場所を力一杯踏みしめて宮間という人が通り過ぎる。

 意外そうな顔で一瞬だけこっちを見ると、女生徒はそのまま無言で下りていった。


 あぶないなぁ。大体、俺にあたるのは筋違いだろ。


「ごめんなさい、さくらさん。私から、よく言っておきますから」

 今のに気がついたらしいちひろさんが頭を下げる。


「なんのことですか?」

 そんなちひろさんに対し素知らぬ振りを決め込む。

 なんでもなかったんだし流しちゃっていいだろ。


「うぅん。そうね。ありがとう。なんでもないの。それより、お話があるんだけど」

「はい。今は晴れてるみたいですから、中庭へ行きませんか?」

「いいですよ」

 そう返事して、ちひろさんと中庭へ向かった。


 ちひろさんと並んで、中庭のベンチに腰を下ろす。

 今朝方どんよりしていた雲は、まだまばらに空を覆っていたけど、今は辛うじて太陽が顔を覗かせていた。


 少し肌寒く感じるせいか、中庭に出ている生徒は少なかった。

 それでもグラウンドや体育館は例外のようで、サッカーやバスケを楽しむ生徒で賑わっているみたいだ。


「それで、話ってなんですか?」

 こちらからちひろさんの言葉をうながす。


「しーちゃん……志保ちゃんから聞いたんですけど、さくらさんって合気道やってらしたんですって?」

 はにかむように、志保ちゃんの呼び方を直すちひろさん。

 普段の凛とした立ち振る舞いの間に見え隠れする、そんな可愛らしい仕草が人を惹きつける一因なんだろうな。


「あ、はい。中三の時に入ってました。一年に満たない期間でしたけど」

「一年……そう。それで学校はどこだったの?」

「斎凰院です。結構強いらしくて、部員もかなりの数がいましたよ」

 確か二十七人だったかな。

 生徒数を考えれば、かなりの大所帯な部だった。


「さ、斎凰院、ですか」

 ちひろさんが真剣な顔で見つめてくる。


「どうかしましたか?」

「いえ。斎凰院というと、全国大会常連校ですから」

「へぇ~。そうなんですか」

「そうなんですかって。さくらさん、斎凰院の合気柔術部だったんでしょう?」

 不思議そうな表情のちひろさん。


「えぇ。でも、在籍してただけ、と言うか、組み手や練習には参加してたんですが。ほら。三年の時にポッと入部したもので、大会とかには出なかったんです。出れなかった。の方が正しいですけど」

「そうなんですか……。そうだ。それなら九條響さんはご存じですか? 有名な方なんですが」

「響ですか? えぇ知ってます。と言うか、響に無理矢理入部させられましたから」

「そ、そうなの?」

 あは。ちひろさんの驚いた表情の変化に思わず笑ってしまう。

 それに気づいたのか、ちひろさんも少し恥ずかしそうに笑った。


「はい。響って、そんなに有名なんですか?」

「それは有名ですよ。技の美しさとキレとのバランスがよくて。一度だけ私もお手合わせしたことがあるんですけど負けてしまって。彼女が中一、私が中三の時でした」

「へぇ。そんな小さな頃からやってたんですね」

 響が中一って言えば、まだ俺がなにも知らずに遊んでた頃だよな。

 あれ? それとも入院してた時か?


「ふふ。私はもっと小さな頃からやってますよ。それは九條さんも同じだと思いますけど」

「そ、そうなんですか。はぁ~。なんだか去年からのにわか部員の身には、想像つかないなぁ」

「九條さんはどこに進学されたのか、さくらさん知ってますか?」

「響なら、そのまま斎凰院の高等部に進みましたよ。あそこは九條グループの私設学校ですから」

「そうですか。なら、今年の斎凰院は一段と要注意になりますね」

「響、そんなに強いんですか?」

 確かに、ただものじゃない強さだけど。


「大会では直接の立ち会いはしませんから、強い、と言うには語弊があるんですが。去年、一昨年と個人の部で全国ベスト四入りしてますよ」

「へぇ。そんなにすごいんだ」

「ふふふ。さくらさんって、自分が入ってた部のこと、あんまり知らないんですね」

「あ~、それはですね。ほら、下積み無しの三年生から入部したわけじゃないですか。だから他の部員の風当たりも結構強かったんですよ。それに自分から入部したんじゃなくて、響に無理矢理入れられたんですよね」

「すごいじゃないですか。あの九條さんに、そこまで買われるなんて」

「う~ん、それもどうなんだかって思うんですけどね。響は自分の練習相手が欲しかっただけなんじゃないかって思うんです。響とばっかり組み手してたし」

「あら? でも部員多いんでしょう? 九條さんに迫るレベルの人も、何人かいらっしゃったんじゃないですか?」

「確かに、実力的に迫るレベルの娘も二~三人いたんですが……。ほら、九條家って、財閥で名門で斎凰院の設立出資元で。とにかく家柄的にすごいでしょ? それがあって、どうしても手加減されると言うか、ちやほやされるみたいなんです。本人それが嫌だったみたいで」

「さくらさんなら、そう言うことはなかった。と?」

「まぁ、そんなところですかね」

 実際は、家柄がどうとか遠慮してたら、体がいくつあっても足りなかっただけなんだけど。


 当時、いまさら女の子と一緒に仲良く部活ってのもピンとこなくて、かと言って男と一緒にやるわけにもいかず、そんな行き場がなかった俺を、なかば無理矢理に合気道部に入部させたのが響だった。

 入部してわかったんだけど、技術や体力など、あらゆる面で俺よりも響の方が秀でていた。

 空手をかじっていた程度の腕では、ハンデを貰った上に本気を出しても、まったく歯が立たなかった。

 そんな、遠慮もなにもなくぶつかれる相手がいるのは、とても心地よかった。

 マゾってわけでもないんだけど、完膚無きまでに負けることで、立ち直るきっかけにもなったし。


「でも、さくらさんが合気道を始めたのは三年生……昨年からなんでしょう?」

「は、はい」

 ちひろさんの言葉に、物思いに沈んでいた心を慌てて現実にたぐり寄せる。


「失礼かもしれませんけど、それで、あの九條さんの相手が務まったの?」

「最初はズタボロでしたよ。もうシゴキって感じで。三ヶ月目くらいかなぁ。一方的じゃなくなったのは。で、初めて勝てたのは半年くらいしてからです」

「勝てた?」

「えぇ。今年に入ってからは勝率三割はありましたよ。でも、響って負けず嫌いなところがあるから、今度はあんまり相手してもらえなくなりましたけど。まぁ、それだけが理由じゃなくて、進学も控えてるし、三年生は部活動を卒業してないといけなかった時期でしたし。でも響の進路はエスカレーターだったから、卒業寸前まで在籍してたんですけど」


 あれ? すると、あまり誘われなくなったのは俺の受験が理由だったんじゃないか。

 響はなにも言ってなかったけど、それとなく気を遣ってくれていたのかも。

 あ~きっとそうだ。

 まったく、敵わないなぁ響には。


「さくらさん」

「は、はい。なんですか?」

「今日の放課後、私に付き合ってくれませんか?」

 真剣な表情のちひろさん。


「えぇ、それは構いませんけど。なんですか?」

「私と、お手合わせして欲しいんです」

 立ち上がって俺の肩に手をかける。


「えぇぇえぇぇ!! そんな」

「お願いします、さくらさん。九條さんと互角な腕前を見せてください」

「ちょ、ちょっとちひろさん、無理言わないで」

「だめ……ですか?」

 ちひろさんの顔が悲痛に歪む。


「いや、ダメとか言うんじゃなくて。これこれ」

 左手のギプスをちひろさんに差し出す。


「面倒なんで今日は肩から吊してませんが、腕が折れてるんです」

 そのことに気がついたちひろさんは、呆気に取られた表情でストンとベンチに座る。


「それに互角って言ったって、正式な立ち会いじゃないんですよ。ルールなんてあってないようなものだったし。勝てるようになったのは、響の癖とかパターンが読めるようになったってこともあるし……」

「ごめんなさい、さくらさん。ちょっと取り乱しちゃったかな」

 ぺろっと舌を出して謝る。


「そんな、いいですって謝らなくても。でも、買いかぶりすぎですよ?」

「腕が治ったら、お手合わせしてくれませんか?」

 さっきの真剣な表情を覗かせて、ちひろさんが俺の手を取る。


「だから、買いかぶりなんですってばぁ~」

「約束。ですよ」

 にっこりと、ちひろさんが微笑む。


「うぅ~。強引だ~」

「前に九條さんと手合わせをした時……」

「え?」

「三年前のことなんですが、全然歯が立たなくて。完敗でした」

 静かな表情と、たんたんとした口調は、逆に悔しさを噛みしめているように感じた。

 それだけに、ちひろさんの当時の思いが伝わってくるような気がした。


「それで、今の自分が響にどこまで迫ったのか確かめてみたかったんですか?」

「……」

 しばらくの無言のあと、ちひろさんは静かに頷く。

 うん。それなら。


「それなら本人とやった方が早いですよ」

「もう。それが出来れば苦労しません。本来、合気道は競うような武道じゃないですし、試合をしていたとしても斎凰院は他校を迎えての親善試合とかやらないんですから」

 そーいや、そうだったか? でも。


「個人的に受けてもらえば問題ないでしょ?」

「え?」

「学校とかを通さずに、響が個人でちひろさんと手合わせする分には、大丈夫ですよね?」

「それは……そうですけど。どうやって?」

「俺が橋渡ししますよ」

「はい? さくらさん、今『俺』って言いませんでした?」

 あぅ。しまった……。


「あ、あはは。昔、自分のこと、そう呼んでたんですよ~。今は矯正中なんです」

「そうなの? ごめんなさい。大げさにしちゃって。ちょっと意外だったもので」

「とにかく。響の予定を聞いておきますから」

「本当に、そんなこと頼んでいいんですか?」

「友達ですから大丈夫ですよ」

「友達……」

 ちひろさんが小さくつぶやいたその時、予鈴のチャイムが鳴った。


「あ。ごめんなさい。長々引き留めてしまって」

 立ち上がったちひろさんが軽く頭を下げる。

 本当に礼儀正しいよな、ちひろさんって。


「いえ、いいですよ」

「あの、本当に?」

「響もなにかと忙しいみたいですから、すぐには無理だと思いますけど大丈夫ですよ。でも、過剰な期待はしないで待っててもらえると助かります。連絡がついたらお知らせしますね」

「はい。よろしくお願いします。それと、よかったらさくらさんも、部活を見学しにきてくださいね。体育館一階の格技場でやってますから」

「わかりました。では、また後ほど」

 階段で小さく手を振って、ちひろさんを見送った。

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