004 幼なじみ
翌朝。
入学式を明日に控えた俺は、バタバタとその準備をして、残った部屋の整理もサクサクと終わらせる。
荷物少ないとこんな時楽だよな。
朝食兼昼食を食べ終わった頃、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「さくらちゃん、ちょっと出てくれる?」
「はーい。っと」
食事の後片づけで手が離せない母さんの代わりに玄関へ向かう。
コホン……。
「はい。どちら様でしょうか?」
よそ行き声と笑顔でドアを開けると、そこには良く見知った人物が立っていた。
「あの。瑞穂ちゃん………………」
そこまで言って固まってしまったのは、隣に住んでる『羽鳥恵』。
平たく紹介すれば同じ歳の幼なじみで、今年十七歳になる。
ジャギーが利いたボブカットでメガネの女の子……って、引っ越す前まではメガネしていなかったんだけどな。そんなことを考えてて、互いに十秒あまり見つめ合う。
「えぇ!! ひょっとして一樹なの!?」
驚きを隠しきれずに、大声を出して指さしてくるメグ。
「い、いえ……」
なんと返事していいものかと言いよどんでいると、ちょうど二階から瑞穂が下りてきた。
「あ~。恵ちゃんだ~。やっほ~」
お気楽に手を振りながら近寄ってくる。
いいタイミングで瑞穂が現れた。これでメグの気をそらすことができる。
「瑞穂ちゃんのお友達の方ですか? 初めまして。先日からこちらにご厄介になっている、従姉の波綺さくらです」
一方的にまくし立てて、にっこり自己紹介する。
しかし、よそ行き演技が珍しいのか、瑞穂が面白いモノでも見つけたかのようにキラキラと瞳を輝かせている。
「従姉? あ、すみません。こ、こちらこそ初めまして。隣に住んでる羽鳥恵です」
お互いにペコリとお辞儀をして笑顔を返しあう。
このまま有無を言わせずに話をそらそう。
「瑞穂ちゃん、出かけるの?」
メグの手前、中学時代に培った演技力を総動員して瑞穂に話しかける。
「う、うん。恵ちゃんと遊びに行くんだよ。そだ! お姉ちゃんも一緒しよ?」
ちゃんづけで呼ばれて、瑞穂が一瞬戸惑う。
しかし、すぐにいつもの調子に戻ると、腕をとって左右にぶらぶらと引っ張ってくる。
「え? お邪魔じゃないかな」
「ないない。恵ちゃんもいいでしょ?」
「そうね。良かったらご一緒しませんか?」
うー。瑞穂め余計なことを。これは行かなきゃ不味そうな雰囲気だな。
まぁ、余計なことを喋らないか監視の意味も含めてついていくかな。
「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」
メグに会釈する。
「やったね」
瑞穂が腕に抱きついて無邪気に喜ぶ。
その様子は、俺が心配してることなんて少しもわかってないと確信させるほど気楽に見えた。
「ちょっと着替えてきますから、しばらく待ってていただけますか」
笑顔が引きつらないように注意する。瑞穂に頼れない以上、自分で頑張らないと。
「ええ。瑞穂ちゃんは大丈夫?」
「あ。瑞穂も用意してくるね。恵ちゃん、上がって待ってて」
「そうね。それじゃ、おじゃまします」
勝手知ったるなんとやら。メグはリビングへと向かう。
その後ろ姿を見送って、念のためさらに二階に上がってから瑞穂に忠告する。
「いいか、余計なこと言うなよ」
「あはっ。わかってるってば。お姉ちゃん」
ニコニコ笑顔の瑞穂に、ちょっとだけ不安を覚えたけど、自分でフォローを入れりゃいいんだしと思い直して自室に戻った。
さぁて。メグにもバレないようにしないとな。
厚手のTシャツにジャケットを軽くはおって、お気に入りのジーンズに足を通す。
髪は、後ろでサクっとまとめて、こんな時のために買っておいた伊達メガネをかけて鏡を覗き込んだ。
うん、これでかなり印象変わるかな。
ささっと着替えて廊下に出ると、瑞穂とばったり出会う。と言うか俺を待ってたみたいだ。
「あー。お姉ちゃ~ん、もっとオシャレしないと~」
着替えた服装を見た瑞穂がダメ出しする。
変じゃないとは思うんだけど、確かに飾り気なんかは一切無い地味な服装ではある。
しかし、オシャレとか言われても、似たようなものしか持ってないから変わり映えしない。
まさかパーティードレスを着ていくわけにもいかないし。
「いいんだよ。これで」
「う~もったいないなぁー」
「い・い・の」
なにがもったいないんだよ……。
リビングでは、メグと母さんが談笑していた。
「恵ちゃん、おっ待たせ~」
「お待たせしました」
「あらあら、来たみたいね。いいわね。みんなでお出かけって」
「えへへぇ~」
母さんの言葉を受けて、瑞穂が満面の笑みを浮かべる。
「それじゃ~恵ちゃん。行こっか」
瑞穂はメグの返事を聞くより先に玄関に向かう。
「それではおばさま。失礼します」
メグも母さんに挨拶して立ち上がった。
「はい。気をつけてね」
メグにウインクする母さん。
(なんだ?)
そのやりとりが気になったものの、すでに玄関で靴を履いている瑞穂の急かす声に返事する。
メグが立ち上がるのを確認してから、玄関へ向かおうと踵を返した。
「あ。一樹ちょっと」
「なに?」
「……なるほど」
メグのメガネが窓から差し込んだ光を反射する。
やってしまった……。
メグの言葉に条件反射で振り返ったことで、頭が真っ白になる。
「ぷっ。くすす、あははははは」
母さんがこらえきれずに笑い出す。
「あきれた。やっぱり一樹なんだ」
心底脱力した表情のメグが凝視してくる。
「…………」
思わず視線をはずして、どう取り繕うかと思考をフル回転させる。
でも空転するばかりで、起死回生の手だてなんてひとつも浮かんでこない。
「ふふ。そうなのよ。どう? なかなかの美人でしょ?」
「か……母さん!」
「いいじゃない。恵さんならバレたって問題ないわよ。幼なじみだったんだし。それに母さん、一樹が死んだなんて恵さんに嘘はつけないわ」
メグは、珍しそうに俺の顔を見ながらクルクルと周りを回り、ヘぇとか、ほぉとか頷きながら、しきりに感心している。
「……メグ。もちろんこのことは内緒だからな」
「わかってるわよ」
人が悪そうな笑みを浮かべてウインクする。
これでますますメグに頭が上がらなくなった。
「ラミスのベーコンレタストマトバーガースペシャルセットで手を打ってあげるわよ」
「……わかった」
このあと、間違いなく起こるであろう質問責めを思って、心の中で深く嘆息したのだった。